【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第51話『戦場の宴と魔王のメッセージ』

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魔族の四天王が、傷一つなく、ただ穏やかな寝息を立てている。
その、あまりにも非現実的な光景を前に、戦場は、奇妙な静寂に包まれていた。

やがて、誰からともなく、歓声が上がった。
はじめは、ぽつり、ぽつり。
だが、それは瞬く間に、地響きのような大歓声へと変わっていった。
絶望的な戦況を、たった一人の少年が、たった一つのスキルで、覆したのだ。

グレイと各国の騎士たちは、指揮官を失い、完全に戦意を喪失した魔族兵士たちを、大きな抵抗もなく、次々と武装解除し、捕虜にしていく。
リナリアとルミナは、負傷した兵士たちの元へと駆け回り、その傷の手当てに奔走した。
アレンも、すぐに彼女たちを手伝い、ポケットから、たくさんの『いやしの木の実』を取り出しては、「これ、すごく美味しいから、食べてみて!」と、敵味方の区別なく、配って回った。



戦後処理が一段落した頃。
アストライア王国の国王陛下をはじめ、ドワーフの国の頑固な王、獣人族の猛々しい族長など、この場にいた各国の指導者たちが、アレンの元へと集まってきた。

ドワーフの王が、その大きな体を折り曲げ、アレンに深々と頭を下げた。

「小僧!
いや……アレン・リンク殿!
見事であった!
貴殿のその戦いぶり、わしらの鍛え上げたどの戦士よりも、勇ましく、そして、賢かったわ!」

獣人族の族長も、その鋭い瞳を細めて、感嘆の声を漏らす。

「力で敵をねじ伏せるのではなく、その戦意をくじき、無力化する……。
貴殿こそ、この大陸が、永きに渡って待ち望んでいた、真の守護者なのかもしれん」

彼らは、アレンの規格外の力だけでなく、その「誰も傷つけずに争いを収める」という、あまりにも慈悲深い戦い方に、心の底から感銘を受けていた。
アレンの社会的地位は、今この瞬間、彼自身の意思とは全く関係なく、大陸の英雄として、不動のものとなっていた。

「アレン・リンク殿、この大いなる功績に、我らから、望むだけの褒美を与えよう。
金銀財宝か、あるいは、我が国の名誉騎士の称号か。
何なりと、望みを言ってほしい」

各国の王たちから、次々と破格の褒美が提示される。
だが、アレンは、その全てに、きょとんとした顔で首を傾げると、いつものように、しかし、今は大陸中の指導者たちを前にして、こう言った。

「えっと、それより、みんな、戦ってお腹がすいてると思うんです。
だから、僕の作った野菜で、美味しいご飯をいっぱい作って、みんなで、お腹いっぱい食べたいです!」

その、あまりにも純粋で、あまりにもアレンらしい願いに、歴戦の王たちは、初めは驚きに目を丸くし、そして、次の瞬間、腹の底から、温かい笑い声を上げた。

その提案は、すぐに実行に移された。
ついさっきまで戦場だった祭りの会場は、一夜にして、大陸中のあらゆる種族が、敵も味方もなく、同じテーブルで食事をする、奇跡のような大宴会場へと姿を変えた。

アレンの育てた奇跡の作物が、各国の最高の料理人たちによって、素晴らしいご馳走へと生まれ変わる。
その、魂を癒すほどに美味しい料理は、人々の傷ついた体と、ささくれだった心を、優しく、温かく、解きほぐしていった。



宴が、最高潮に達した、その時だった。

会場の隅で、ぐっすりと眠らされていた魔将軍バザックスの体から、一体の、黒いコウモリのような、小さな使い魔が、ふわりと飛び出した。
そして、宴会場の真ん中の空中で、禍々しい魔方陣を展開し、一人の男の立体映像を、そこに映し出した。

現れたのは、若く、理知的で、そして、吸い込まれるような、冷たい美貌を持つ、一人の魔族の青年。
彼こそが、新たなる魔王、ゾルディアス。

魔王ゾルディアスは、眼下に広がる、種族を超えた平和な宴の光景と、その中心で、大きな肉にかじりついているアレンの姿を、静かに、値踏みするように見つめた。

そして、その声が、全ての者の頭の中に、直接、響き渡った。

『――我が四天王が一人を、こうも容易く、しかも、傷一つつけずに無力化するとは。
面白い。
実に、面白い力が、この大陸にはあるようだ』

その声は、穏やかだが、底知れない威圧感を秘めていた。

『アレン・リンク、だったか』

魔王は、初めて、アレンの名を呼んだ。

『君のその力、我が魔族の、輝かしい未来のために、是非とも欲しい。
我らの元へ来る気はないか?』

それは、敵からの、あまりにも堂々とした、スカウトの誘いだった。

魔王ゾルディアスは、アレンの返事を待たずに、その氷のような微笑を、さらに深くした。

『まあ、すぐに答えは出せまい。
だが、覚えておくといい。
次に会う時は、我らは、この大陸の全てを、力ずくで奪う』

そして、彼は、アレンを、まっすぐに見据えて、言った。

『君のその、豊かな『豊穣』の力も、含めて、な』

そう言い残すと、映像は、すっと消え、使い魔も、闇に溶けるようにして、その姿を消した。

束の間の平和な宴の場に、魔王本人からの、宣戦布告とも、勧誘ともとれる、あまりにも不気味なメッセージが、重く、のしかかる。

その事実が、今、大陸中の指導者たちの前で、明確に示された。

アレンは、口に頬張ったお肉をもぐもぐさせながら、自分が、ついに、世界の『争いの原因』として、名指しで狙われているという、とてつもない事態の大きさに、まだ、全く、ピンときていなかった。
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