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片目の達磨
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夏休み、俺は父方の実家がある、山間の小さな村に帰省していた。古い家屋の掃除を手伝っていた時、埃っぽい納屋の奥で、それを見つけた。
片方の目だけが黒く塗られた、古びた達磨だった。
赤い色は褪せ、表面には細かなひびが入っている。普通、達磨は願い事をする時に片目を入れ、成就したらもう片方を入れるものだ。しかし、この達磨には最初から片目しか入っていないように見えた。そして、何も描かれていない白いままの目が、妙にこちらを窺っているような気がして、気味が悪かった。
「あら、そんなものどこから…」
母屋に持って入ろうとすると、祖母が嫌な顔をした。「それは、昔から納屋の奥にあったもんだ。触らない方がいいよ。ましてや、家の中に入れるもんじゃない」
何か曰く付きなのだろうか。祖母はそれ以上語ろうとしなかったが、その達磨から感じる不穏な気配は、俺の好奇心を刺激した。
結局、俺は達磨を、自分が寝泊まりしている離れの部屋の隅に置くことにした。
その夜から、奇妙なことが起こり始めた。
部屋で本を読んでいると、視線を感じる。ふと顔を上げると、達磨の黒い片目が、じっとこちらを見ている気がするのだ。気のせいだと思おうとしても、その感覚は拭えない。
そして、達磨の空白の目を、黒く塗りつぶしたいという、奇妙な衝動に駆られるようになった。意味もなくペンを手に取り、達磨に近づいては、すんでのところで思いとどまる。祖母の言葉と、達磨が放つ言いようのない圧力が、俺を押しとどめていた。
夜中には、どこからともなく、かすかな囁き声のようなものが聞こえるようになった。それは達磨の方角から聞こえてくるようで、耳を澄ましても内容は聞き取れない。
達磨の周りには、俺が置いた覚えのないものが増えていた。乾いた虫の死骸、枯れ葉、小さな石ころ。まるで、誰かが捧げ物をしているかのように。
気味が悪くなって、達磨を村外れのゴミ捨て場に捨てに行った。しかし翌朝、離れの部屋に戻ると、達磨は元の場所に鎮座していた。表面の埃が少し増えただけで。
数日後、衝動は抑えきれないほど強くなっていた。まるで、達磨そのものが俺に「目を入れろ」と命じているかのようだ。
ある晩、俺は意を決して、マジックペンを握りしめ、達磨の前に立った。震える手で、ペン先を空白の目に近づける。
その瞬間。
達磨の黒い片目が、ギョロリ、と動いて、俺を真正面から捉えた。
そして、頭の中に直接、冷たい声が響いた。
『願いは、なんだ?』
全身の血が凍るような感覚。同時に、理解した。この達磨に願いを叶えてもらうということは、何かとてつもなく、取り返しのつかない代償を支払うことなのだと。
「うわあああっ!」
俺はペンを投げ捨て、離れを飛び出した。その晩のうちに荷物をまとめ、翌朝一番のバスで村を去った。
あの達磨は、今もあの離れで、片方の目だけで、次の誰かを待っているのだろうか。空白の目に、どんな願いが込められるのを? そして、その代償は何なのかを。
片方の目だけが黒く塗られた、古びた達磨だった。
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「あら、そんなものどこから…」
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結局、俺は達磨を、自分が寝泊まりしている離れの部屋の隅に置くことにした。
その夜から、奇妙なことが起こり始めた。
部屋で本を読んでいると、視線を感じる。ふと顔を上げると、達磨の黒い片目が、じっとこちらを見ている気がするのだ。気のせいだと思おうとしても、その感覚は拭えない。
そして、達磨の空白の目を、黒く塗りつぶしたいという、奇妙な衝動に駆られるようになった。意味もなくペンを手に取り、達磨に近づいては、すんでのところで思いとどまる。祖母の言葉と、達磨が放つ言いようのない圧力が、俺を押しとどめていた。
夜中には、どこからともなく、かすかな囁き声のようなものが聞こえるようになった。それは達磨の方角から聞こえてくるようで、耳を澄ましても内容は聞き取れない。
達磨の周りには、俺が置いた覚えのないものが増えていた。乾いた虫の死骸、枯れ葉、小さな石ころ。まるで、誰かが捧げ物をしているかのように。
気味が悪くなって、達磨を村外れのゴミ捨て場に捨てに行った。しかし翌朝、離れの部屋に戻ると、達磨は元の場所に鎮座していた。表面の埃が少し増えただけで。
数日後、衝動は抑えきれないほど強くなっていた。まるで、達磨そのものが俺に「目を入れろ」と命じているかのようだ。
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その瞬間。
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「うわあああっ!」
俺はペンを投げ捨て、離れを飛び出した。その晩のうちに荷物をまとめ、翌朝一番のバスで村を去った。
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