【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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鏡の中

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私の部屋には、アンティーク調の大きな姿見が置いてある。毎朝、その鏡の前で身支度を整えるのが日課だった。異変に気づいたのは、ほんの些細なことだった。

鏡の中の私が、ほんの一瞬だけ、私より遅れて瞬きをしたのだ。

疲れているのだろう。最近、仕事が忙しかったから。私はそう思い、深く気に留めないことにした。

しかし、それから鏡の中の「私」は、少しずつ、奇妙なずれを見せるようになった。私が微笑むと、鏡の中の口角は、ほんの僅かに、私よりも大きく上がっている。私が真顔で鏡を見つめていると、鏡の中の瞳は、ふと、部屋の隅に視線を送る。

気のせいだと思おうとしても、その違和感は積み重なっていった。そして、鏡を見ていない時でさえ、あの姿見の方から、誰かに見られているような、妙な圧力を感じるようになった。

気味が悪くなって、姿見に大きな布をかけた。だが、翌朝になると、その布はなぜか床に落ちているのだ。まるで、鏡の中の何者かが、外を見たがっているかのように。

鏡の中の私は、日に日に生き生きとしていくように見えた。肌には艶があり、瞳は爛々としている。それとは対照的に、現実の私は、原因不明の倦怠感に悩まされ、目の下の隈は濃くなる一方だった。

まさか、と思った。鏡の中の存在が、私の生気を吸い取っている?

そして、ある夜のことだった。
金縛りにあったかのように体が動かせず、ふと目が覚めた。部屋は月明かりでぼんやりと明るい。視線を感じて、恐る恐る姿見の方へ目を向けた。

そこに、「私」が立っていた。

鏡の中から抜け出して、私のベッドを、静かに見下ろしていたのだ。その表情は、見たこともないほど穏やかで、それでいて、底知れない何かを湛えていた。

声を出そうとしても、喉がひきつって音にならない。体が粟立つ。

鏡の前に立つ「私」は、ゆっくりと人差し指を口元に当てた。「しーっ」とでも言うように。
そして、まるで水面に溶け込むように、すーっ、と滑らかに、姿見の中へと後退し、定位置に戻った。寸分違わぬ、私の「鏡像」として。

翌日、私は半狂乱でその姿見を叩き割り、粗大ゴミに出した。

けれど、恐怖は消えなかった。
窓ガラスに映る自分の姿。電車の窓。ショーウィンドウ。磨かれたテーブル。スプーンの裏。
あらゆる反射するものを見るたびに、心臓が縮み上がる。

鏡の中の「あれ」は、あの姿見と共に消えたのだろうか?
それとも、今もどこかの「鏡の中」で、あるいは、私のすぐそばの反射面で、再び現れる機会を、じっと待っているのだろうか?
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