【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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ピエロ

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昨日の夜、仕事の帰り道だったんだけどさ。
新宿駅の東口の方から、家に向かって歩いてたんだ。もう夜の10時半過ぎてて。
大通りはまだ人も車も多かったけど、一本、いつも使うちょっと静かな脇道に入ったんだ。

そしたら、少し先の、古びた街灯の下に、誰か立ってるのが見えた。
こんな時間に、こんなとこで何してんだろ? と思って近づいていったら…
それが、ピエロだったんだよ。

派手な衣装じゃなくて、もっと、こう、昔のサーカスみたいな、色褪せた感じの服着てて。
顔は、真っ白に塗られてて、目の周りは黒く縁取られて、口は、真っ赤な三日月みたいに、大きく笑ってるメイク。
でも、その笑顔が、全然、笑ってるように見えなくて。
貼り付けたみたいに、ピクリとも動かない。

音楽も流れてないし、周りには誰もいない。
そのピエロは、ただ、ぼーっと、虚空を見つめて立ってるだけ。
なんか、気味悪いな…って思って、足早に通り過ぎようとしたんだ。

俺が、ピエロの真横を通り過ぎる、まさにその瞬間。
そいつ、ゆっくりと、動き出したんだよ。

カクン、カクン、って、ぜんまい仕掛けの人形みたいに、ぎこちない動きで。
何もない空間で、見えないボールをジャグリングするような仕草をしたり、
見えない壁にぶつかって、よろけるようなパントマイムをしたり。
でも、それが、全然面白くない。むしろ、下手すぎて、見てて不安になる感じ。
そして、その間も、顔の笑顔は、全く変わらない。

俺、もう、怖くなってきて。
なるべく見ないようにして、早足で通り過ぎようとした。
そしたら、背後から、

……フフ……フフフ……

って、乾いた、息が漏れるみたいな、笑い声が聞こえてきたんだ。
男の声か女の声かも分からない、変な声。
絶対に、あのピエロの声だ。

もう、ダメだと思って、ほとんど駆け足みたいに、その場を離れようとした。
最後に、どうしても気になって、ちらっとだけ、振り返っちゃったんだよ。

そしたら、ピエロは、さっきまでいた街灯の下で、まだ立ってた。
パントマイムは、もうやめてた。
ただ、こっちを、じっと見てた。

そして、その顔。
さっきまでの、貼り付けた笑顔じゃなくて。
口が、ありえないくらい、もっと、もっと横に大きく裂けて、
三日月じゃなくて、満月みたいに、丸く、大きく、笑ってたんだ。
目の奥は、真っ暗で、何も見えなかった。

そして、そのピエロが、ゆっくりと、白い手袋をした手を上げてさ。
俺に向かって、指を一本立てて、くいっ、て、招くような仕草をしたんだ。
ぎこちない、人形みたいな動きで。

俺は、もう、悲鳴も出なくて。
そのまま、全力で走って逃げた。
途中、怖くて何度も振り返ったけど、もう、あのピエロの姿は見えなかった。

あれは、ただの、ちょっと変わった大道芸人だったのかな…?
でも、あの、人間離れした笑顔と、真っ暗な目、そして、最後の、あの手招き。
思い出すだけで、今も、全身の鳥肌が止まらない。

もう、あの脇道は、絶対に、通れない。
夜道で、もし、また、あのピエロに会ってしまったらって思うと…
本当に、ぞっとする。
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