64 / 74
第63話:王墓の番人と聖女の鎮魂歌
しおりを挟む
王家の霊廟の内部は、ひんやりとした静寂に包まれていた。
壁には歴代の王や王妃の肖像画が掲げられ、その荘厳な眼差しが私たち侵入者を見下ろしている。
通路の両脇には、鎧を纏った騎士の石像が、まるで永遠の衛兵のように立ち並んでいた。
「ふふ、ずいぶんと物々しい歓迎じゃないの。
でも、ただの石ころでは、私の遊び相手にはならないわよ」
私がそう呟いた、その時だった。
カッ、と石像の瞳に青白い光が灯った。
そして、一体、また一体と、石像の騎士たちがゆっくりと動き始める。
その動きは滑らかで、生前の気高さと威厳を保ったまま、私たちに剣先を向けてきた。
「こ、こいつら、動くぞ!」
「王家の守護霊か……!」
同行していた騎士たちが、恐怖に顔を引きつらせて叫ぶ。
彼らが剣で斬りかかっても、その刃は石像の体をすり抜けるだけで、何の手応えもない。
しかし、守護霊たちが振るう半透明の剣が騎士に触れると、その体から生命力が吸い取られるかのように、彼らは苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちていった。
物理攻撃が効かない、厄介な相手ね。
「リリアーナ様!
これは聖なる力でしか……!」
神官長が悲鳴のような声を上げる。
しかし、私は彼を一瞥するだけだった。
「聖なる力、ね。
それもいいけれど、もっと楽しい方法があるじゃない」
私は鉄塊を構えるのをやめ、代わりに、その場で鼻歌交じりに歌い始めた。
それは、私が夜な夜な街に繰り出した時に覚えた、酒場の陽気な歌。
神聖な霊廟には、あまりにも不釣り合いな、下品で、陽気なメロディー。
「♪酒を飲め、踊り明かせ、明日のことなど知ったことか~」
私の歌声が響き渡った瞬間、守護霊たちの動きがピタリと止まった。
その青白い顔は、まるで困惑と苦痛に歪んでいるように見える。
彼らは、王家の安寧と尊厳を守るために存在している。
この冒涜的な歌は、彼らの存在意義そのものを揺るがす、何よりも不快な攻撃だったのだ。
「どうしたの、騎士さんたち?
私の歌で、踊りたくなったのかしら?」
私はさらに声を張り上げ、今度は銀色の宝珠――精神感応の力を解放した。
私の歌声は、ただの音ではなく、彼らの精神に直接響き渡る魔力の波となる。
守護霊たちは、頭を抱えるようにして苦しみ始め、その姿が陽炎のように揺らめきだした。
「や、やめてくれ……我らが王の安寧を……乱すな……」
一体の守護霊が、苦しげに言葉を紡ぐ。
「あら、お喋りもできるのね。
でも、残念。
私は、あなたたちの安らかな眠りを妨げるために来たのだから」
私は最高の笑顔で言い放ち、歌のボリュームをさらに上げる。
ついに、守護霊たちはその存在を維持できなくなり、一人、また一人と、光の粒子となって消滅していった。
後に残ったのは、元の静寂を取り戻した石像だけ。
「ふう、気持ちいい。
やはり、歌は心を豊かにするわね」
私は満足げに息をつく。
生き残った騎士たちは、もはや恐怖を通り越し、私を人間ではない何かを見るような目で、ただただ見つめている。
神官長は、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
その隣で、アルノーだけが、悔しそうに唇を噛み締め、私を睨みつけている。
ああ、その目、その目よ、アルノー!
もっと私を憎みなさい。
その絶望が、私をさらに強くするのだから。
その頃、別の通路から霊廟に侵入していたセレスと、彼女に薬で無理やり回復させられたアルノーは、壁に刻まれた古代文字を発見していた。
「……『偽りの聖女が星々の力を集めし時、王家の眠りは破られ、真の墓守が目覚める』……だと?
坊や、あんたの元カノ、とんでもないものを叩き起こそうとしてるぜ」
セレスが、忌々しげに吐き捨てる。
「リリアーナ……!」
アルノーは、その碑文を読み、リリアーナが何をしようとしているのかを悟った。
彼女は、ただ「鍵」を手に入れるだけではない。
この王家の霊廟そのものを、自らの力と愉悦のために利用しようとしているのだ。
アルノーたちが急いでリリアーナの元へ向かおうとした、その時。
霊廟の最深部、ひときわ巨大な石棺が安置されている広間から、地響きのような音が鳴り響いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
私がいる広間の空気が一変する。
これまでとは比較にならない、圧倒的なプレッシャーと、何百年もの間蓄積された王の怒りが、空間を満たしていく。
「あらあら。
どうやら、前座は終わりのようね」
私は、ゆっくりと開いていく巨大な石棺を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、お目覚めの時間よ、初代国王陛下。
あなたの眠りを妨げた、この無礼な聖女に、直々にご挨拶していただかないと」
私は、王家の亡霊との「お茶会」を前に、最高の興奮に震えていた。
壁には歴代の王や王妃の肖像画が掲げられ、その荘厳な眼差しが私たち侵入者を見下ろしている。
通路の両脇には、鎧を纏った騎士の石像が、まるで永遠の衛兵のように立ち並んでいた。
「ふふ、ずいぶんと物々しい歓迎じゃないの。
でも、ただの石ころでは、私の遊び相手にはならないわよ」
私がそう呟いた、その時だった。
カッ、と石像の瞳に青白い光が灯った。
そして、一体、また一体と、石像の騎士たちがゆっくりと動き始める。
その動きは滑らかで、生前の気高さと威厳を保ったまま、私たちに剣先を向けてきた。
「こ、こいつら、動くぞ!」
「王家の守護霊か……!」
同行していた騎士たちが、恐怖に顔を引きつらせて叫ぶ。
彼らが剣で斬りかかっても、その刃は石像の体をすり抜けるだけで、何の手応えもない。
しかし、守護霊たちが振るう半透明の剣が騎士に触れると、その体から生命力が吸い取られるかのように、彼らは苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちていった。
物理攻撃が効かない、厄介な相手ね。
「リリアーナ様!
これは聖なる力でしか……!」
神官長が悲鳴のような声を上げる。
しかし、私は彼を一瞥するだけだった。
「聖なる力、ね。
それもいいけれど、もっと楽しい方法があるじゃない」
私は鉄塊を構えるのをやめ、代わりに、その場で鼻歌交じりに歌い始めた。
それは、私が夜な夜な街に繰り出した時に覚えた、酒場の陽気な歌。
神聖な霊廟には、あまりにも不釣り合いな、下品で、陽気なメロディー。
「♪酒を飲め、踊り明かせ、明日のことなど知ったことか~」
私の歌声が響き渡った瞬間、守護霊たちの動きがピタリと止まった。
その青白い顔は、まるで困惑と苦痛に歪んでいるように見える。
彼らは、王家の安寧と尊厳を守るために存在している。
この冒涜的な歌は、彼らの存在意義そのものを揺るがす、何よりも不快な攻撃だったのだ。
「どうしたの、騎士さんたち?
私の歌で、踊りたくなったのかしら?」
私はさらに声を張り上げ、今度は銀色の宝珠――精神感応の力を解放した。
私の歌声は、ただの音ではなく、彼らの精神に直接響き渡る魔力の波となる。
守護霊たちは、頭を抱えるようにして苦しみ始め、その姿が陽炎のように揺らめきだした。
「や、やめてくれ……我らが王の安寧を……乱すな……」
一体の守護霊が、苦しげに言葉を紡ぐ。
「あら、お喋りもできるのね。
でも、残念。
私は、あなたたちの安らかな眠りを妨げるために来たのだから」
私は最高の笑顔で言い放ち、歌のボリュームをさらに上げる。
ついに、守護霊たちはその存在を維持できなくなり、一人、また一人と、光の粒子となって消滅していった。
後に残ったのは、元の静寂を取り戻した石像だけ。
「ふう、気持ちいい。
やはり、歌は心を豊かにするわね」
私は満足げに息をつく。
生き残った騎士たちは、もはや恐怖を通り越し、私を人間ではない何かを見るような目で、ただただ見つめている。
神官長は、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
その隣で、アルノーだけが、悔しそうに唇を噛み締め、私を睨みつけている。
ああ、その目、その目よ、アルノー!
もっと私を憎みなさい。
その絶望が、私をさらに強くするのだから。
その頃、別の通路から霊廟に侵入していたセレスと、彼女に薬で無理やり回復させられたアルノーは、壁に刻まれた古代文字を発見していた。
「……『偽りの聖女が星々の力を集めし時、王家の眠りは破られ、真の墓守が目覚める』……だと?
坊や、あんたの元カノ、とんでもないものを叩き起こそうとしてるぜ」
セレスが、忌々しげに吐き捨てる。
「リリアーナ……!」
アルノーは、その碑文を読み、リリアーナが何をしようとしているのかを悟った。
彼女は、ただ「鍵」を手に入れるだけではない。
この王家の霊廟そのものを、自らの力と愉悦のために利用しようとしているのだ。
アルノーたちが急いでリリアーナの元へ向かおうとした、その時。
霊廟の最深部、ひときわ巨大な石棺が安置されている広間から、地響きのような音が鳴り響いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
私がいる広間の空気が一変する。
これまでとは比較にならない、圧倒的なプレッシャーと、何百年もの間蓄積された王の怒りが、空間を満たしていく。
「あらあら。
どうやら、前座は終わりのようね」
私は、ゆっくりと開いていく巨大な石棺を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、お目覚めの時間よ、初代国王陛下。
あなたの眠りを妨げた、この無礼な聖女に、直々にご挨拶していただかないと」
私は、王家の亡霊との「お茶会」を前に、最高の興奮に震えていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる