サイコパス聖女 〜裁きの鉄槌〜

シマセイ

文字の大きさ
68 / 74

第67話:凱旋の茶番と情報屋の密告

しおりを挟む
王家の霊廟からの帰還は、静かなものだった。
神官長は、私とアルノー、そして気を失った騎士たちを秘密の通路から王宮の一室へと運び込み、何事もなかったかのように取り繕った。
彼のその手際の良さだけは、評価してあげてもいいわね。

数日後、王都は「聖女リリアーナ様、王家の霊廟の邪気を鎮める」という、神官長がでっち上げた物語に沸いていた。
もちろん、その裏で騎士たちが何人か行方不明になっていることなど、誰も気にしない。
私は再び完璧な聖女の仮面を被り、民衆の前に姿を現した。

「皆さまの祈りが、私に力を与えてくれました。
王家の安寧は、今や盤石なものとなりましょう」

私の言葉に、民衆は熱狂し、涙を流して感謝の祈りを捧げる。
この光景、何度見ても飽きないわ。
愚かな者たちが、私という存在にひれ伏す。
これ以上の快感があるかしら。

公務を終え、自室に戻ると、私は手の中で一つに融合しようとしている四つの「鍵」を眺めた。
月、星、炎、太陽。
四つの力が混じり合い、全ての色彩を飲み込んだかのような、禍々しくも美しい漆黒の水晶へと姿を変えつつあった。
これが完成した時、私は一体どんな力を手に入れるのかしら。
考えるだけで、身震いがするわ。

その時、バルコニーの方から、ドタッ!と間抜けな物音が聞こえた。
あら、この音は……。

「い、痛たた……。
また足を滑らせた……」

聞き覚えのある、情けない声。
私はクスクスと笑いながらバルコニーに出ると、案の定、そこには黒装束に身を包んだバーティが、植木鉢をひっくり返して尻餅をついていた。

「ごきげんよう、バーティ。
あなた、少しは学習するということを知らないのかしら?
そろそろ、正面から訪ねてきたらどう?」

「ひゃっ!リ、リリアーナ様!
ご、ご無事で何よりです!」

バーティは慌てて立ち上がり、私の前で深々と頭を下げる。
その丸い眼鏡が、またずり落ちそうになっているわ。
本当に、見ていて飽きない子ね。

「それで、何か面白い情報はあったのかしら?
あなたを私の専属情報屋にしてあげたのだから、それなりの働きは期待しているわよ?」

私の言葉に、バーティはゴクリと唾を飲み込み、懐からくしゃくしゃになったメモを取り出した。

「は、はい!
それが……大変なことになっております!」

「大変なこと?」

「はい!
リリアーナ様が全ての『鍵』を手に入れたという情報が、『影の評議会』に伝わったようで……内部は、大混乱に陥っているとのことです!」

「あらあら、それは愉快ね」

バーティの報告によると、評議会は完全に二つに割れているらしい。
神官長のような、私を利用しようとしていた派閥は、私が制御不能な力を手に入れたことに恐怖し、どう対応すべきか右往左往している。
一方で、最初から私を危険視し、排除しようとしていた強硬派は、「もはや猶予はない」として、私を抹殺するための最終手段を画策している、と。

「最終手段、ですって?
どんな手で、この私を殺そうというのかしら」

私が面白そうに尋ねると、バーティは声を潜めて答えた。

「そ、それが……彼らは、評議会が秘匿していた、最後の切り札を動かそうとしているようです。
その名は、『虚無の使徒』……」

「虚無の使徒?」

「はい……。
『虚無の神』の力を、不完全ながらもその身に宿した、恐るべき存在だと聞いています。
その力は、これまでの番人や、あの紅蓮の魔女すらも凌駕するとか……」

「へえ……」

私の口元が、自然と吊り上がる。
虚無の力、ね。
ちょうど、私もその力を手に入れたところよ。
どちらの「虚無」が本物か、試してみるのも面白そうだわ。

「それで、その『使徒』とやらは、どこにいるの?」

「現在、評議会の本拠地である『忘れられた都』で、覚醒の儀式の最終段階にあると……。
強硬派は、リリアーナ様が『鍵』の力を完全に掌握する前に、その使徒を差し向けるつもりのようです!」

バーティは、必死の形相で報告を終えた。

「そう。
ご苦労様、バーティ。
なかなか有益な情報だったわ」

私は彼の頭をポンと撫でてやる。
バーティは、ビクッと体を震わせながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。
単純で扱いやすい子。

(忘れられた都……『影の評議会』の本拠地、ね)

神官長からは聞き出せなかった、核心的な情報が手に入ったわ。
向こうが私を殺しに来るというのなら、こちらから出向いてあげるのも一興ね。
彼らの本拠地に乗り込んで、その自慢の「使徒」とやらもろとも、評議会を根絶やしにしてあげる。

「バーティ、あなたには次の仕事を与えるわ。
その『忘れられた都』への、一番安全で、一番早い道を調べなさい。
もし失敗したら……分かるわね?」

私の言葉に、バーティは顔面蒼白になりながらも、力強く頷いた。

「は、はい!
このバーティ、命に代えましても!」

「ふふ、期待しているわよ、私の可愛い情報屋さん」

バーティが慌てて部屋から去っていくのを見送りながら、私は手の中の黒いクリスタルを握りしめた。
四つの「鍵」が完全に一つとなり、その力は、もはや私の想像すら超えた領域に達しつつある。

聖女と評議会。
虚無と虚無。
さあ、始めましょうか。
この世界の運命を決める、戦いを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王家の血を引いていないと判明した私は、何故か変わらず愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女であるスレリアは、自身が王家の血筋ではないことを知った。 それによって彼女は、家族との関係が終わると思っていた。父や母、兄弟の面々に事実をどう受け止められるのか、彼女は不安だったのだ。 しかしそれは、杞憂に終わった。 スレリアの家族は、彼女を家族として愛しており、排斥するつもりなどはなかったのだ。 ただその愛し方は、それぞれであった。 今まで通りの距離を保つ者、溺愛してくる者、さらには求婚してくる者、そんな家族の様々な対応に、スレリアは少々困惑するのだった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...