サイコパス聖女 〜裁きの鉄槌〜

シマセイ

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第69話:霧中の都と虚無の使徒

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境界山脈の麓は、一年中晴れることのない濃い霧に包まれていた。
視界は数メートル先も見通せず、方向感覚を狂わせる。
バーティが用意した地図がなければ、熟練の冒険者でも迷い込むことは必至だろう。

「ふふ、これは……大規模な認識阻害結界ね。
評議会の連中も、なかなか手の込んだことをしてくれるじゃないの」

私は、まるで散歩でもするように、平然と霧の中を進んでいく。
モモちゃんが、私の周囲の魔力の流れを敏感に感じ取り、結界の弱い部分、つまり正規のルートを教えてくれるからだ。
こんな結界、私にとってはあってないようなものよ。

しばらく進むと、霧の中に巨大な門がぼんやりと姿を現した。
黒曜石で作られたその門には、奇妙な紋様が刻まれ、魔術的な力で固く閉ざされている。

「リリアーナ様、ここからは物理的な破壊は困難かと……」

私の頭の中に、バーティから預かった通信用の魔道具を通じて、彼のドジな声が響く。
彼は王都に残り、後方支援という名の私のパシリをさせられているのだ。

「分かっているわ。
力ずくでこじ開けるなんて、美しくないものね」

私は銀色の宝珠(精神感応の力を持つ「鍵」)を取り出した。
そして、その力を使い、門にかけられた魔術の構造を解析し、その術式を内側から解きほぐしていく。
まるで、複雑に絡まった糸を一本一本、丁寧にほどいていくように。
ああ、なんて楽しいパズルなのかしら。

数分後、巨大な黒曜石の門は、音もなく静かに開いた。
その先には、信じられないような光景が広がっていた。
そこは、霧の中に存在するとは思えないほど巨大な都市だった。
黒い石で造られた建物が天を突き、その建築様式は非ユークリッド幾何学を思わせる、どこか歪で、しかし洗練された美しさを持っている。
街路には人影一つなく、ただ不気味な静寂が支配していた。

「ここが『忘れられた都』……。
悪趣味だけど、嫌いじゃないわ、この雰囲気」

私が都に足を踏み入れると、背後で門が自動的に閉まった。
どうやら、歓迎の準備は整っているようね。
私は鉄塊を肩に担ぎ、モモちゃんを警戒させながら、都の中央広場へと向かった。

広場の中央には、巨大な黒水晶のオベリスクがそびえ立っており、その周囲に黒ローブをまとった者たちが数十人、私を待ち構えていた。
彼らが、「影の評議会」の強硬派の連中ね。

「よくぞ来た、偽りの聖女リリアーナよ」

中心に立つ、ひときわ豪華なローブを纏った老人が、憎々しげに言い放った。
彼がこの派閥のリーダー、ヴァレリウス長老という男かしら。

「偽りの聖女ですって?
失礼ね。
今の私は、あなたたちが崇める神々よりも、よほど力を持っているというのに」

私の言葉に、ヴァレリウスは顔を歪ませた。

「貴様のような制御不能な『器』は、我らの大いなる計画にとって邪魔なだけだ!
貴様が手に入れた『鍵』は、我らが至高の存在、『虚無の使徒』様を完全なるものとするために使わせてもらう!」

ヴァレリウスが高らかに叫ぶと、彼の背後に控えていた者たちが一斉に道を開けた。
そして、オベリスクの影から、ゆっくりと一人の少年が姿を現す。
銀色の髪、雪のように白い肌、そして、全ての感情を吸い取ったかのような、虚ろな黄金色の瞳。
その体からは、底知れぬ「虚無」の力が溢れ出していた。
彼が、評議会の最終兵器……。

「……あら」

私は、その少年を見て、思わず声を漏らした。
恐ろしいとか、禍々しいとか、そんな感情ではない。
ただ、純粋な好奇心。

「あなた、面白い瞳をしているのね。
中身は空っぽみたいだけれど」

私が微笑みかけると、少年――虚無の使徒は、その黄金の瞳を私に向けた。
その瞬間、私の足元の石畳から、急速に色彩が失われていく。
命が、存在が、無に還っていくかのような感覚。

「ふふ、面白い『遊び』を仕掛けてくるじゃないの」

私は、四つの「鍵」が統合された漆黒のクリスタルを握りしめた。
虚無には虚無を。
破壊には、さらなる破壊を。
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