【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

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第13話 完璧な王者

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闘技場は、水を打ったような静寂に包まれていた。
アレクシス・フォン・ヴァイスの切り札であった『静謐の結界』を、アッシュ・リンクスは、たった一振りの「薪割り」で、術者ごと粉砕してしまった。
その一振りは、魔法でもなければ、幸運でもない。誰の目にも明らかな、完璧なまでに純粋な「技」だった。

観客たちは、ようやく理解した。
この少年は、不思議な現象を操る怪異ではない。
この少年自身が、一つの「現象」なのだと。

医務室に運ばれていくアレクシスは、もはや悔しそうな顔もしていなかった。ただ、遠い目をして、アッシュが立っていた場所を静かに見つめているだけだった。彼の探求は、想像を絶する形で、一つの答えにたどり着いてしまったのだ。

「やったー、終わったー!」

一方のアッシュは、勝利の余韻に浸るでもなく、試合が終わった解放感に大喜びしていた。

「リリアナさん!今の試合、すっごくいい運動になったよ!お腹ぺこぺこだ!おやつの時間にしていいかな!?」

観客席にいるリリアナに向かって、ぶんぶんと手を振る。
リリアナは、まだ目の前の出来事が信じられないまま、力なく微笑み返すことしかできなかった。

そして、運命の決勝戦。
アッシュの最後の対戦相手が決まった。
もう一方のブロックを、圧倒的な実力で勝ち上がってきた、学院最強の男。

「決勝戦、アッシュ・リンクス!対するは、最終学年、生徒会長、マーカス・アシュトン!」

その名が呼ばれると、今度こそ、闘技場は割れんばかりの歓声に包まれた。
マーカスは、この二年間、学院の頂点に君臨し続けてきた『完璧な王者』。貴族ではあるが、その家柄を鼻にかけることなく、誰に対しても公正。その剣技と魔法は、どちらも教科書に載せたいほどに、完璧で、美しく、そして、強い。
彼は、学院の誰もが尊敬し、目標とする、理想の騎士そのものだった。

そのマーカスは、壇上から、これから戦うことになる後輩を、冷静に分析していた。
(不可解な現象と、根本的だが故に完璧な一振りか……。面白い。だが、未完成なものは、完成されたものの前には、決して及ばない)
彼は、アッシュの力を認めつつも、自らの勝利を微塵も疑っていなかった。

「始め!」

ついに、決勝戦の火蓋が切られた。
『規格外の怪物』対『完璧な王者』。

「リンクス君、君との試合を光栄に思う。正々堂々、戦おう」

「はい!よろしくお願いします!楽しみましょう!」

マーカスは、教科書通りの美しい構えから、流れるような剣技を繰り出す。対するアッシュも、木の枝を構えてそれに応じた。
キィン、キン、カンッ!
綺麗な音が、闘技場に響き渡る。

しかし、試合はすぐに奇妙な均衡状態に陥った。
マーカスの攻撃は、完璧だった。一切の無駄がなく、隙もない。
アッシュは、それを防ぐので精一杯だった。彼の野生の勘も、薪割りの一撃も、完璧すぎるマーカスの「型」の前では、入り込む隙を見つけられない。
だが、それはマーカスも同じだった。
彼の完璧な攻撃は、アッシュの、これまた完璧な「反応」によって、全ていなされてしまう。まるで、答えを知っているかのように、アッシュの体は、マーカスの次の動きに、無意識に対応していた。

数分間、同じような攻防が続く。
アッシュは、だんだん眠くなってきた。

「(なんだか、この人の動き、ずーっと同じことの繰り返しみたいだ……。飽きてきちゃったな……)」

あろうことか、アッシュは完璧な王者との試合の最中に、ふあ~、と大きなあくびをした。

その態度に、マーカスは苛立つどころか、逆に背筋に冷たいものを感じていた。
(僕の完璧な剣技が、彼には単調な反復運動にしか見えていないというのか……!?)

「もう、お腹すいちゃって、限界です」

ついに、アッシュはそう宣言した。

「だから、これで終わりにしますね」

マーカスは、相手の捨て身の攻撃を予測し、身構える。
しかし、アッシュは、すっと木の枝を下ろし、全ての構えを解いてしまった。そして、まるで森の中でそうするように、すーっと目を閉じた。

「(相手が強すぎるときは、相手と戦うな。ただ、世界の声を聞け。道は、世界が教えてくれる)」

祖父の言葉が、脳裏をよぎる。
アッシュが、全ての意識を手放し、ただ「そこ」に存在した、その瞬間。

彼の内にある、本人も知らない、膨大で純粋な生命エネルギーが、無意識のうちに溢れ出した。
それは攻撃ではない。ただ、彼の存在そのものが、闘技場の理を塗り替えていく。
アッシュが持つ木の枝の先端から、ぽつ、と小さな緑の若葉が芽吹いた。

その異常な現象を、マーカスは肌で感じ取っていた。
まるで、深い海の底にいるかのような、圧倒的なプレッシャー。清浄だが、あまりにも濃密な生命の気に、呼吸が苦しくなる。完璧だったはずの自分の構えが、維持できない。
これは、魔法ではない。技でもない。だから、防ぎようがない。

「ぐ……っ!」

マーカスは、一歩、また一歩と後ずさる。そして、ついに、そのプレッシャーに耐えきれず、膝から崩れ落ちた。カラン、と音を立てて、愛剣が手からこぼれ落ちる。

アッシュは、ゆっくりと目を開けた。

「あれ?どうして倒れてるんですか?」

彼は、自分の木の枝に芽吹いた若葉に気づき、目を輝かせた。
「わあ!葉っぱが生えた!すごい!」

審判が、震える足で二人に近づき、戦意を喪失したマーカスを確認すると、少し掠れた声で宣言した。

「しょ、勝者、アッシュ・リンクス!よって、総合戦闘部門、優勝者は、アッシュ・リンクスに決定!」

トーナメントが終わった。
優勝者は、退屈と空腹のあまり、無意識に「存在の格」の違いを見せつけ、最強の王者を戦わずして屈服させた、規格外の少年だった。

貴賓席で、エリアス学院長は、天を仰いだ。
その目尻には、笑いとも呆れともつかない、一筋の涙が光っていた。

「……あの古馴染みめ。とんでもない規格外を、わしに押し付けてくれたものじゃわい」
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