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第四十四話:再燃するプライド
クロムウェル家の嫡男、エドガーが、敗北の屈辱を胸に屋敷を去ってから、数日が過ぎた。
彼という、強烈な「劇薬」は、シルヴァ兄さんの心に、僕が意図した通りの、化学反応を引き起こしたようだった。
屋敷の空気が、僅かに、しかし、確実に変わった。
最も大きな変化は、もちろん、シルヴァ兄さん自身に訪れた。
彼の背筋は、以前よりも、少しだけ、伸びていた。虚ろだったその瞳には、再び、思考の色が戻り、新しい家庭教師である老魔導師の言葉に、真剣に耳を傾けるようになった。
あの、魂の抜け殻のような状態は、脱したのだ。
もちろん、かつてのような、傲慢なまでの自信が、完全に戻ったわけではない。だが、彼の心の奥底で、一度は消えかけた、天才としてのプライドの火種が、再び、静かに、そして、確かに、熾火のように、熱を帯び始めていた。
その変化は、父の目にも、明らかだった。
ある日の夕食の席で、父は、珍しく、シルヴァに、穏やかな声で、話しかけた。
「シルヴァよ。家庭教師からの報告を聞いた。近頃、勉学への集中力が、戻ってきたそうだな。クロムウェル家の若造との一件が、良い薬になったと見える。……二度と、私を、失望させるなよ」
それは、手放しの賞賛ではない。だが、以前の、冷え切った侮蔑と比べれば、天と地ほどの差があった。
シルヴァは、父のその言葉に、顔を伏せることなく、はっきりと、こう答えた。
「はい、父上。……必ず」
その声には、まだ、硬さは残っていたが、力強い、意志の響きがあった。
僕は、その全ての光景を、ただ、黙って、見ていた。
僕が描いた設計図通りに、舞台の上の役者たちが、動いている。
その事実に、僕は、静かな満足感を覚えていた。
そして、その月の、対価の支払日が、やってきた。
僕は、地下の修練場で、瞑想をしながら、その時を待つ。
まず、マティウス先生から、『大陸史』の知識が、流れ込んできた。僕の頭の中の、歴史の地図が、さらに、詳細になっていく。
次に、シルヴァからの、『魔力総量』が、僕の元へと、支払われた。
僕は、その魔力の「味」を、注意深く、吟味する。
(……よし)
僕の予測通りだった。
魔力に混じっていた、あの、不快な「淀み」が、明らかに、薄まっている。
彼の心に、再び、火が灯ったことで、僕の「源泉」の質は、見事に、回復しつつあった。
僕の、あの、一世一代の、舞台裏工作は、完璧な「投資」となり、そして今、僕は、その「配当」を、確かに、受け取ったのだ。
僕の計画は、順調だった。
だが、この屋敷には、僕の、その完璧な計画の、全てを、見透かしているかのような、一人の観客がいる。
その日、僕は、新しく取り寄せた、統治学の本を、廊下の窓辺で、読んでいた。
すると、背後から、静かな足音と共に、セバスが現れた。
彼は、僕の隣に、控えるように立つと、いつもの、完璧な作法で、一礼した。
そして、僕の読んでいる本には、一瞥もくれず、ただ、窓の外の、手入れの行き届いた庭園を、眺めながら、低い声で、呟いた。
「……手入れの行き届いた庭というものは、たとえ、どれほど厳しい冬の後でも、美しい花を咲かせるものでございますな、ルキウス様」
その言葉に、僕は、ページをめくる手を、一瞬だけ、止めた。
心臓が、ドクン、と、大きく、跳ねる。
庭? 冬? 花?
彼の言葉は、一見、何気ない時候の挨拶のようだ。
だが、僕には、その言葉の裏にある、本当の意味が、痛いほど、分かっていた。
「庭」とは、シルヴァ兄さんのこと。
「厳しい冬」とは、彼の、絶望の日々のこと。
そして、その庭に、再び、花を咲かせた、名もなき「庭師」。
——それは、僕のことだ。
彼は、僕が、シルヴァの復活を、裏で、全て、仕組んでいたことを、完全に、見抜いている。
そして、その事実を、この、あまりに、詩的で、そして、遠回しな言葉で、僕に、告げてきたのだ。
「あなたのしたことは、全て、お見通しですよ」と。
僕は、顔を上げない。声も、出さない。
ただ、何事もなかったかのように、本のページを、一枚、めくるだけ。
それが、僕の、彼に対する、無言の「答え」だった。
セバスは、それ以上、何も言わず、再び、完璧な一礼をすると、静かに、その場を去っていった。
僕は、一人、本を読み続ける。
だが、その文字は、もう、僕の頭には、入ってこなかった。
セバス。あの、老獪な執事。
彼は、もはや、僕の、何を、どう、探ろうとしているのか。
僕の、その力の、源泉か。それとも、僕の、最終的な、目的なのか。
彼という、強烈な「劇薬」は、シルヴァ兄さんの心に、僕が意図した通りの、化学反応を引き起こしたようだった。
屋敷の空気が、僅かに、しかし、確実に変わった。
最も大きな変化は、もちろん、シルヴァ兄さん自身に訪れた。
彼の背筋は、以前よりも、少しだけ、伸びていた。虚ろだったその瞳には、再び、思考の色が戻り、新しい家庭教師である老魔導師の言葉に、真剣に耳を傾けるようになった。
あの、魂の抜け殻のような状態は、脱したのだ。
もちろん、かつてのような、傲慢なまでの自信が、完全に戻ったわけではない。だが、彼の心の奥底で、一度は消えかけた、天才としてのプライドの火種が、再び、静かに、そして、確かに、熾火のように、熱を帯び始めていた。
その変化は、父の目にも、明らかだった。
ある日の夕食の席で、父は、珍しく、シルヴァに、穏やかな声で、話しかけた。
「シルヴァよ。家庭教師からの報告を聞いた。近頃、勉学への集中力が、戻ってきたそうだな。クロムウェル家の若造との一件が、良い薬になったと見える。……二度と、私を、失望させるなよ」
それは、手放しの賞賛ではない。だが、以前の、冷え切った侮蔑と比べれば、天と地ほどの差があった。
シルヴァは、父のその言葉に、顔を伏せることなく、はっきりと、こう答えた。
「はい、父上。……必ず」
その声には、まだ、硬さは残っていたが、力強い、意志の響きがあった。
僕は、その全ての光景を、ただ、黙って、見ていた。
僕が描いた設計図通りに、舞台の上の役者たちが、動いている。
その事実に、僕は、静かな満足感を覚えていた。
そして、その月の、対価の支払日が、やってきた。
僕は、地下の修練場で、瞑想をしながら、その時を待つ。
まず、マティウス先生から、『大陸史』の知識が、流れ込んできた。僕の頭の中の、歴史の地図が、さらに、詳細になっていく。
次に、シルヴァからの、『魔力総量』が、僕の元へと、支払われた。
僕は、その魔力の「味」を、注意深く、吟味する。
(……よし)
僕の予測通りだった。
魔力に混じっていた、あの、不快な「淀み」が、明らかに、薄まっている。
彼の心に、再び、火が灯ったことで、僕の「源泉」の質は、見事に、回復しつつあった。
僕の、あの、一世一代の、舞台裏工作は、完璧な「投資」となり、そして今、僕は、その「配当」を、確かに、受け取ったのだ。
僕の計画は、順調だった。
だが、この屋敷には、僕の、その完璧な計画の、全てを、見透かしているかのような、一人の観客がいる。
その日、僕は、新しく取り寄せた、統治学の本を、廊下の窓辺で、読んでいた。
すると、背後から、静かな足音と共に、セバスが現れた。
彼は、僕の隣に、控えるように立つと、いつもの、完璧な作法で、一礼した。
そして、僕の読んでいる本には、一瞥もくれず、ただ、窓の外の、手入れの行き届いた庭園を、眺めながら、低い声で、呟いた。
「……手入れの行き届いた庭というものは、たとえ、どれほど厳しい冬の後でも、美しい花を咲かせるものでございますな、ルキウス様」
その言葉に、僕は、ページをめくる手を、一瞬だけ、止めた。
心臓が、ドクン、と、大きく、跳ねる。
庭? 冬? 花?
彼の言葉は、一見、何気ない時候の挨拶のようだ。
だが、僕には、その言葉の裏にある、本当の意味が、痛いほど、分かっていた。
「庭」とは、シルヴァ兄さんのこと。
「厳しい冬」とは、彼の、絶望の日々のこと。
そして、その庭に、再び、花を咲かせた、名もなき「庭師」。
——それは、僕のことだ。
彼は、僕が、シルヴァの復活を、裏で、全て、仕組んでいたことを、完全に、見抜いている。
そして、その事実を、この、あまりに、詩的で、そして、遠回しな言葉で、僕に、告げてきたのだ。
「あなたのしたことは、全て、お見通しですよ」と。
僕は、顔を上げない。声も、出さない。
ただ、何事もなかったかのように、本のページを、一枚、めくるだけ。
それが、僕の、彼に対する、無言の「答え」だった。
セバスは、それ以上、何も言わず、再び、完璧な一礼をすると、静かに、その場を去っていった。
僕は、一人、本を読み続ける。
だが、その文字は、もう、僕の頭には、入ってこなかった。
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僕の、その力の、源泉か。それとも、僕の、最終的な、目的なのか。
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