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第百十二話:偽りの鉱脈
王都からの監察官ゲルラッハ子爵がノーランドに滞在するようになってから一月が過ぎた。
館の中の空気は二つの決して交わることのない勢力によって完全に分断されていた。
僕とリリアそしてセバス。
僕に心からの忠誠を誓う鉱夫たち。
そしてゲルラッハ子爵と、彼が王都から連れてきた数名の取り巻きたち。
彼は僕の統治に口を挟むのをやめて以来、自らの部屋に閉じこもり、僕を弾劾するための報告書を父である侯爵へとせっせと書き送っているようだった。
その報告書が僕にとって致命的なものとなる前に、僕はこの厄介な害虫を僕の王国から駆除する必要があった。
僕は彼の弱点を正確に把握していた。
それは「傲慢さ」とそして「強欲さ」。
彼は僕を無能な子供だと見下している。
そしてこのノーランドという土地の価値もまた見誤っている。
僕はその二つの弱点を利用した一つの罠を仕掛けることにした。
僕は鉱山長のボリンを密かに執務室へと呼び出した。
「ボリン。君にしか頼めない仕事がある」
「若様、何なりと」
「数日後、君の部下の一人に酒場でこう噂を流させてほしい。『町の東の外れで新しい金鉱を見つけた』と。ただしこれはあくまで内密の話としてだ」
「金鉱でございますか? ですが若様、あの辺りの岩盤から金など……」
「いいんだボリン。これは芝居なのだから」
僕は彼に一枚の地図を渡した。
そこには僕が地質調査の知識を元に選び出した一つの古い廃坑の位置が記されている。
「君の信頼できる部下だけでこの廃坑の奥に、見せかけの鉱脈を作ってほしい。これを使え」
僕が彼に渡したのは一袋の黄色く輝く鉱石だった。それは一見純金のようにも見えるが、その実態はただの黄鉄鉱——いわゆる「愚か者の金」だ。僕がノーランドの地質を調べている過程で偶然発見したものだった。
ボリンは僕のその計画の意図をすぐに理解したようだった。彼の口元に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「……承知いたしました。最高の舞台をご用意いたしますぜ、若様」
数日後、グレイロックの町の酒場に一つの噂が流れた。
「おい聞いたか。東の廃坑で新しい金の鉱脈が見つかったらしいぞ」
「馬鹿言え。この土地で金なんて出るわけが……」
「だが本当なんだ。鉱夫仲間がこっそり見せてくれた。こんなにでけえ金塊だったぜ」
その噂は僕の計算通り風に乗って、ゲルラッハ子爵の耳へと届いた。
彼の取り巻きの一人がその噂を報告した時、彼の目は強欲な光でぎらりと輝いたという。
その日の深夜、ゲルラッハ子爵は一人供も連れずその東の廃坑へと向かった。
そして彼はそこで「発見」したのだ。
ボリンたちが見事に作り上げた偽りの金鉱脈を。
月明かりに照らされて妖しく輝く黄金色の岩肌。
彼はその輝きに完全に我を忘れた。
これは手柄だ。
僕という無能な領主が見過ごしていた莫大な富を、自分自身が発見したのだと。
彼は僕を失脚させそしてこの金鉱の利権を独り占めできるという、甘い妄想に酔いしれた。
彼はその場で父である侯爵へと緊急の報告書を書き上げた。
『——ノーランドにて巨大金鉱脈を発見せり。現領主ルキウスはこれに気づかず領地を放置。至急私に採掘の全権を委譲されんことを請う』
そのあまりに功名心に逸った報告書は、王都の父の元へと届けられた。
父はその報告に半信半疑だった。だが「金」という言葉の魔力は彼の冷静な判断を鈍らせた。彼は真相を確かめるため王都から最高の地質学者と鉱山技師からなる専門の調査団を、ノーランドへと派遣した。
そしてさらに数週間後、ものものしい雰囲気の調査団がグレイロックへと到着した。
彼らはゲルラッハ子爵の案内の下、意気揚々とあの東の廃坑へと向かう。
そしてその調査結果はあまりに無慈悲なものだった。
「……これは金ではありませんな。ただの価値のない黄鉄鉱です」
調査団の長が吐き捨てるようにそう言った。
その瞬間ゲルラッハ子爵の顔から血の気が引いていく。
彼の野望は今目の前でただの石ころとなって砕け散ったのだ。
数日後、一通の公式な辞令が僕の元へと届いた。
『監察官ゲルラッハ・フォン・ヴァイスを虚偽報告の罪により任を解き、王都への即刻の帰還を命ずる』
彼は父の逆鱗に触れその地位も名誉も全てを失った。
僕の仕掛けた蜘蛛の巣にかかった愚かな蝶は、自らの羽を焼かれ墜落していったのだ。
セバスが僕の執務室に紅茶を運んできた。
「……ゲルラッハ子爵は少々物事を早合点なさる癖がおありだったようですな」
彼のその皮肉めいた言葉に僕は静かに答える。
「そうだなセバス。この北の厳しい大地は時に人に幻を見せるらしい」
僕の王国から最初の害虫が駆除された。
邪魔者はいなくなった。
これで僕の本当の計画——『星屑鉄』の採掘を本格的に始めることができる。
僕は窓の外に広がる雪景色を見ながら、次なる一手を静かに思考していた。
館の中の空気は二つの決して交わることのない勢力によって完全に分断されていた。
僕とリリアそしてセバス。
僕に心からの忠誠を誓う鉱夫たち。
そしてゲルラッハ子爵と、彼が王都から連れてきた数名の取り巻きたち。
彼は僕の統治に口を挟むのをやめて以来、自らの部屋に閉じこもり、僕を弾劾するための報告書を父である侯爵へとせっせと書き送っているようだった。
その報告書が僕にとって致命的なものとなる前に、僕はこの厄介な害虫を僕の王国から駆除する必要があった。
僕は彼の弱点を正確に把握していた。
それは「傲慢さ」とそして「強欲さ」。
彼は僕を無能な子供だと見下している。
そしてこのノーランドという土地の価値もまた見誤っている。
僕はその二つの弱点を利用した一つの罠を仕掛けることにした。
僕は鉱山長のボリンを密かに執務室へと呼び出した。
「ボリン。君にしか頼めない仕事がある」
「若様、何なりと」
「数日後、君の部下の一人に酒場でこう噂を流させてほしい。『町の東の外れで新しい金鉱を見つけた』と。ただしこれはあくまで内密の話としてだ」
「金鉱でございますか? ですが若様、あの辺りの岩盤から金など……」
「いいんだボリン。これは芝居なのだから」
僕は彼に一枚の地図を渡した。
そこには僕が地質調査の知識を元に選び出した一つの古い廃坑の位置が記されている。
「君の信頼できる部下だけでこの廃坑の奥に、見せかけの鉱脈を作ってほしい。これを使え」
僕が彼に渡したのは一袋の黄色く輝く鉱石だった。それは一見純金のようにも見えるが、その実態はただの黄鉄鉱——いわゆる「愚か者の金」だ。僕がノーランドの地質を調べている過程で偶然発見したものだった。
ボリンは僕のその計画の意図をすぐに理解したようだった。彼の口元に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「……承知いたしました。最高の舞台をご用意いたしますぜ、若様」
数日後、グレイロックの町の酒場に一つの噂が流れた。
「おい聞いたか。東の廃坑で新しい金の鉱脈が見つかったらしいぞ」
「馬鹿言え。この土地で金なんて出るわけが……」
「だが本当なんだ。鉱夫仲間がこっそり見せてくれた。こんなにでけえ金塊だったぜ」
その噂は僕の計算通り風に乗って、ゲルラッハ子爵の耳へと届いた。
彼の取り巻きの一人がその噂を報告した時、彼の目は強欲な光でぎらりと輝いたという。
その日の深夜、ゲルラッハ子爵は一人供も連れずその東の廃坑へと向かった。
そして彼はそこで「発見」したのだ。
ボリンたちが見事に作り上げた偽りの金鉱脈を。
月明かりに照らされて妖しく輝く黄金色の岩肌。
彼はその輝きに完全に我を忘れた。
これは手柄だ。
僕という無能な領主が見過ごしていた莫大な富を、自分自身が発見したのだと。
彼は僕を失脚させそしてこの金鉱の利権を独り占めできるという、甘い妄想に酔いしれた。
彼はその場で父である侯爵へと緊急の報告書を書き上げた。
『——ノーランドにて巨大金鉱脈を発見せり。現領主ルキウスはこれに気づかず領地を放置。至急私に採掘の全権を委譲されんことを請う』
そのあまりに功名心に逸った報告書は、王都の父の元へと届けられた。
父はその報告に半信半疑だった。だが「金」という言葉の魔力は彼の冷静な判断を鈍らせた。彼は真相を確かめるため王都から最高の地質学者と鉱山技師からなる専門の調査団を、ノーランドへと派遣した。
そしてさらに数週間後、ものものしい雰囲気の調査団がグレイロックへと到着した。
彼らはゲルラッハ子爵の案内の下、意気揚々とあの東の廃坑へと向かう。
そしてその調査結果はあまりに無慈悲なものだった。
「……これは金ではありませんな。ただの価値のない黄鉄鉱です」
調査団の長が吐き捨てるようにそう言った。
その瞬間ゲルラッハ子爵の顔から血の気が引いていく。
彼の野望は今目の前でただの石ころとなって砕け散ったのだ。
数日後、一通の公式な辞令が僕の元へと届いた。
『監察官ゲルラッハ・フォン・ヴァイスを虚偽報告の罪により任を解き、王都への即刻の帰還を命ずる』
彼は父の逆鱗に触れその地位も名誉も全てを失った。
僕の仕掛けた蜘蛛の巣にかかった愚かな蝶は、自らの羽を焼かれ墜落していったのだ。
セバスが僕の執務室に紅茶を運んできた。
「……ゲルラッハ子爵は少々物事を早合点なさる癖がおありだったようですな」
彼のその皮肉めいた言葉に僕は静かに答える。
「そうだなセバス。この北の厳しい大地は時に人に幻を見せるらしい」
僕の王国から最初の害虫が駆除された。
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