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第百二十七話:新たなる契約
書斎の中は砕け散った机の木片が散らばり、異様な静寂に包まれていた。
父アークライト侯爵は、僕が提示したあまりに巨大な利益と、そしてその利益を生み出す僕という未知数の力を天秤にかけていた。
その琥珀色の瞳の奥で激しい思考の火花が散っているのを僕は感じていた。
兄ガイウスは、僕のそのあまりに不遜な提案に怒りで顔を赤く染め、今にも僕に掴みかからんばかりの勢いだった。
だが父がそれを手で制した。
やがて父は重々しく口を開いた。その声はもはや出来損ないの息子に向けるものではない。対等な交渉相手に対するそれだった。
「……よかろう。その取引、受け入れよう」
僕の心の中で、静かな勝利の鐘が鳴り響いた。だが父は続ける。
「ただしいくつか条件がある。それを呑めぬのならこの話はなかったことにする」
「お聞かせください父上」
「第一に『アストライト』の年間供給量。その決定権は私にある。貴様は私が定めた量を毎年滞りなくアークライト本家へと納めること。これが絶対の条件だ」
それは僕の生み出す富の一部を本家が確実に吸い上げるための枷。
僕は頷いた。
「承知いたしました」と。
「第二にノーランドの自治権。内政に関する一切は貴様に任せよう。だが軍事及び外交に関する最終決定権は、アークライト家の当主である私が持つ。貴様はあくまで北の国境を守る『盾』であって独立した王ではない。他国と勝手な同盟を結ぶなど断じて許さん」
それは僕の力をアークライト家という枠の中に縛り付けておくための鎖。
僕は再び頷いた。
「異存はございません」と。
「そして最後だ」
父は僕の目を真っ直ぐに見据えた。
「セバスは引き続き貴様の後見人としてノーランドに常駐させる。彼は貴様の筆頭家臣であると同時に、私の目であり耳だ。その忠誠は何よりもまずこのアークライト家そのものにあることを忘れるな」
それは僕のすぐそばに最も信頼できる監視役を置くという、最後の楔。
僕は部屋の隅に立つセバスへと一瞥を送った。彼の表情は変わらない。
僕は父へと向き直りそして深く頭を下げた。
「全ての条件、謹んでお受けいたします」
僕のその言葉をもって、僕と父の間に新しい契約が成立した。
それは親子という血の繋がりではなく、利益と力によって結ばれた冷たい政治的な契約だった。
「……下がれ。近いうちに正式な契約書を作成し王家からの承認も取り付ける。それまで王都で大人しくしていろ」
「御意に」
僕は一礼するとその書斎を後にした。
廊下へ出た僕の横を、ガイウスが怒りに肩を震わせながら通り過ぎていく。
彼は僕に一言も発しなかった。
だがその視線は明確に語っていた。
「貴様を決して認めん」と。
僕と兄との関係もまた新しいステージへと移行したのだ。
自室へと戻る長い廊下。
僕の後ろを歩くセバスが静かに口を開いた。
「……実に見事な交渉でございましたなルキウス様」
「いや」僕は足を止めずに答えた。
「これは交渉ではない。ただの確認作業だ。父上は最初から僕の提案を呑むしかなかったのだから」
僕が手にしたカードがあまりに強力すぎたのだ。
セバスはそれ以上何も言わなかった。
僕は窓の外に広がる王都の夜景を見つめる。
父は、僕にセバスという名の首輪をつけたつもりだろう。
だが彼は知らない。
その首輪の本当の主人がすでに僕であるということを。
僕の手に入れた自由はまだ不完全なものだ。
だが僕は、その不完全な自由の中で僕だけの王国を築き上げていく。
父も母も兄も、そして王国さえも気づかぬうちに、この世界のパワーバランスを根底から塗り替えるその日まで。
父アークライト侯爵は、僕が提示したあまりに巨大な利益と、そしてその利益を生み出す僕という未知数の力を天秤にかけていた。
その琥珀色の瞳の奥で激しい思考の火花が散っているのを僕は感じていた。
兄ガイウスは、僕のそのあまりに不遜な提案に怒りで顔を赤く染め、今にも僕に掴みかからんばかりの勢いだった。
だが父がそれを手で制した。
やがて父は重々しく口を開いた。その声はもはや出来損ないの息子に向けるものではない。対等な交渉相手に対するそれだった。
「……よかろう。その取引、受け入れよう」
僕の心の中で、静かな勝利の鐘が鳴り響いた。だが父は続ける。
「ただしいくつか条件がある。それを呑めぬのならこの話はなかったことにする」
「お聞かせください父上」
「第一に『アストライト』の年間供給量。その決定権は私にある。貴様は私が定めた量を毎年滞りなくアークライト本家へと納めること。これが絶対の条件だ」
それは僕の生み出す富の一部を本家が確実に吸い上げるための枷。
僕は頷いた。
「承知いたしました」と。
「第二にノーランドの自治権。内政に関する一切は貴様に任せよう。だが軍事及び外交に関する最終決定権は、アークライト家の当主である私が持つ。貴様はあくまで北の国境を守る『盾』であって独立した王ではない。他国と勝手な同盟を結ぶなど断じて許さん」
それは僕の力をアークライト家という枠の中に縛り付けておくための鎖。
僕は再び頷いた。
「異存はございません」と。
「そして最後だ」
父は僕の目を真っ直ぐに見据えた。
「セバスは引き続き貴様の後見人としてノーランドに常駐させる。彼は貴様の筆頭家臣であると同時に、私の目であり耳だ。その忠誠は何よりもまずこのアークライト家そのものにあることを忘れるな」
それは僕のすぐそばに最も信頼できる監視役を置くという、最後の楔。
僕は部屋の隅に立つセバスへと一瞥を送った。彼の表情は変わらない。
僕は父へと向き直りそして深く頭を下げた。
「全ての条件、謹んでお受けいたします」
僕のその言葉をもって、僕と父の間に新しい契約が成立した。
それは親子という血の繋がりではなく、利益と力によって結ばれた冷たい政治的な契約だった。
「……下がれ。近いうちに正式な契約書を作成し王家からの承認も取り付ける。それまで王都で大人しくしていろ」
「御意に」
僕は一礼するとその書斎を後にした。
廊下へ出た僕の横を、ガイウスが怒りに肩を震わせながら通り過ぎていく。
彼は僕に一言も発しなかった。
だがその視線は明確に語っていた。
「貴様を決して認めん」と。
僕と兄との関係もまた新しいステージへと移行したのだ。
自室へと戻る長い廊下。
僕の後ろを歩くセバスが静かに口を開いた。
「……実に見事な交渉でございましたなルキウス様」
「いや」僕は足を止めずに答えた。
「これは交渉ではない。ただの確認作業だ。父上は最初から僕の提案を呑むしかなかったのだから」
僕が手にしたカードがあまりに強力すぎたのだ。
セバスはそれ以上何も言わなかった。
僕は窓の外に広がる王都の夜景を見つめる。
父は、僕にセバスという名の首輪をつけたつもりだろう。
だが彼は知らない。
その首輪の本当の主人がすでに僕であるということを。
僕の手に入れた自由はまだ不完全なものだ。
だが僕は、その不完全な自由の中で僕だけの王国を築き上げていく。
父も母も兄も、そして王国さえも気づかぬうちに、この世界のパワーバランスを根底から塗り替えるその日まで。
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