「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

文字の大きさ
46 / 50

46

しおりを挟む
秋の空は澄みわたり、風は少しだけ冷たかった。

「準備できたよー!」

子どもたちの声が朝の庭に響く。

薬草の匂いが残る小道には、手製の屋台が並べられ、  
テーブルには小さな焼き菓子、乾燥ハーブの包み、色とりどりの布細工が並べられていた。

《アウストリアの灯》、初めての秋祭り。  
主役は、ここに集った名もなき子どもたち。

けれど今日だけは、全員が自分の“名札”を胸に付けていた。

「名前を書いたら、ちゃんと“わたしのお店”って言えるんだよね」

そう話していたのは、かつて王都から連れてこられた少年──  
名乗ることを避け、“他人のふり”でしか居られなかったリュカだった。

「リュカ、お店出すの?」

クラウディアが聞くと、彼は少しだけうつむいて笑った。

「……うん。でも、“あの名前”は使いたくないから、違う名前で呼ばれてることにした」

そう言って、彼が名札に書いていたのは──

《ルカ》

ほんの一文字しか違わない。  
けれど、それは“自分が選んだ形”で、“過去をなぞらない新しい音”だった。

「今日は、ルカとして頑張るから」

祭りが始まると、笑い声と香ばしい匂いが広場に満ちた。

小さな焼き菓子の店を開いたクラウディアは、ラベンダーの砂糖を混ぜたクッキーを配り、  
エリクは薬草のくじ引きを作って、子どもたちに大人気だった。

そして──

一番小さな角のテーブルで、ルカが置いていたのは、自作の木の小物入れだった。

不器用で、いびつで、でも一つずつ丁寧に彫られたその木片には、  
小さく“L”の焼き印が押されていた。

「お名前は?」

そう聞かれた瞬間、彼はほんの少し迷って、  
けれど顔を上げて言った。

「……ルカです」

たったそれだけの言葉に、周囲の空気がふっとやわらいだ。

自分で選び、自分で名乗った名。

その声は、制度や記録ではなく、ただ“生きたい”という意志から生まれたものだった。

祭りの終わり、私はルカの隣に並んだ。

「よく、名乗ったわね」

「……ちょっとだけ、怖かったけど。  
でも、呼ばれるたびに“自分になれる”のって、すごく気持ちよかった」

私は微笑んだ。

「それが、名を持つということ。  
あなたは、もう誰かの影じゃないわ。  
“ルカ”という一人の人間として、今日を生きたのよ」

空には秋の星が滲みはじめていた。

その夜、焚き火を囲んで子どもたちが歌った歌の中に──  
確かに“名を持った声”が、いくつも重なって響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

処理中です...