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第一章
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初めは剣と魔法の異世界に転生したのだと思っていた。しかし成長して義務教育だというアカデミーに入学したその日、私はそれが勘違いだと知った。
オレンジと赤を混ぜた夕陽のような髪に、燃えるような赤い瞳。そして満天の星空のような取り合わせの濃藍の髪と銀の瞳。"彼ら"をそのまま幼くしたような容貌のその少年達を見つけたとき、私は確かめたいという衝動を抑えられなかった。
「ねぇ! わたし、エルザっていうの。あなたたちの名前をおしえて?」
突然話しかけられたことに驚いた様子の二人は大きな丸い瞳を更に大きくしてこちらを見てきたが、すぐににっこり笑って名前を教えてくれた。その名前は予想に違わず私のよく知っている名前で。
私はこの日、大好きだった乙女ゲームの一般人――モブに転生していたことを知ったのだった。
※
断頭台に登るような気持ちで足を進める。私の後ろには何百という兵隊達。そして私の前には星空と夕陽の幼馴染がいる。
夕陽色の幼馴染の前まで進んだところで膝を折り、頭を下げた。
「エルザ。本日より、お前にスペードの10の位を授ける。……やっと観念したな。お前だけ逃がさねえからな」
「謹んでお受け致します。……わかったってば、もう」
後半は小声でのやり取りだ。この幼馴染ときたら、人前では見事に特大の猫を被ることに成功している。
唯一聞こえたらしいもう一人の幼馴染は、こっそりと溜息をついていた。
アカデミーを卒業して五年。私はとうとう、乙女ゲームの中枢に片足を突っ込んでしまった。
私が生前大好きだった乙女ゲーム『ワンダーランドへようこそ!』は、某ふしぎの国がモチーフになっていた。私が生きているこの世界がその舞台だ。
この世界にはハート、ダイヤ、スペード、クローバーの四つと、中立の白の国がある。シリーズの一作目に出てくるのは四つの国のうちの二つ、ハートとスペード。私はそのスペードの国に転生していた。
それぞれの国にはトランプになぞらえたK、Q、J、その下に10からAまでの十三の位がある。
一作目の攻略対象はそれぞれの二つの国のキング、クイーン、ジャック。それに加えて一般国民として、有名なキャラクターになぞらえた人達がいる。
アカデミーで見かけた夕陽と星空の少年達は、そのゲームのスペードの国のキングとクイーンにそっくりだったのだ。
幼少時代のスチルなどなかったから、アカデミーでの数年間は眼福だった。初めて会話してから、大好きなゲームのキャラクターであり、おまけに幼少時代が可愛すぎるせいで話しかけに話しかけまくって、いつの間にか一緒にいることが当たり前となり、これまたいつの間にか親友といっていいほどに親交を深めてしまっていた。
しかし時の流れとは残酷なもので。
「いつまでものらりくらりとかわし続けやがって。お前だけ楽に一兵卒やらせてたまるか! 残念だったな!」
高笑いするその姿に、かつての可愛らしい面影はない。
「ああもう、うるさいうるさい。こんな上司がいるなんて最悪な職場だわ。転職しよ」
「させるか! 俺だってキングを押し付けられてんだ。逃がすと思うなよ!」
「二人ともやめなさい! まったく……いつまで子供気分でいるんですかあなた達は!」
綺麗な夕陽色の少年、ルーファスは月日が経つごとに粗暴な言葉使いを覚え、可愛らしかった星空の少年、ゼンはすっかり口うるさくなってしまった。ああ、あの少年達とはもう会えないのか。これがゲームなら最初からやり直しているのに。
嘆いていると、扉が開いてクリーム色のふわふわした髪が覗いた。
「兄さん、外まで声が聞こえてるよ。エルザ、10就任おめでとう!」
部屋に入ってきたのはルーファスの弟でスペードのジャック、ノエルだ。彼の百点満点の笑顔は私の目線よりもやや低い。兄よりも柔らかな色合いの瞳と同じ色に染まった頬が非常に愛らしい青年だ。
「ありがとう、ノエル! さすが私の天使だわ!」
おめでとうと言ってくれたのは彼が初めてだ。どさくさに紛れて抱きつくが、いつものことだからノエルももはや動じない。
距離感を間違えたなぁ、と心の中でため息を吐く。これも最近の私の嘆きの要因の一つだ。
照れる可愛いノエルのスチルは大好物……いや大好きだったのに。生で見られないなんて!
「ったく……ほら。じゃれてないで行くぞ」
「行くって……どこかへ出かけるの?」
私の頭を軽く小突いて扉へ向かうルーファスに尋ねると、ゼンと私の腕から逃れたノエルに背中を押された。
「いいからいいから!」
ぐいぐいと押されてやってきたのは食堂だ。一般の兵士達が使っている大食堂ではなく、ルーファス達が普段使っているこぢんまりとした落ち着いた内装の部屋だ。
中央には部屋のほとんどを占めるほど大きなテーブルが堂々と鎮座し、その上にある三段のティースタンドには色鮮やかなプティフールやカップケーキが盛り付けられている。
その周りを囲うようにサンドイッチやキッシュなどの軽食が並べられ、私の大好きなフルーツタルトやフルーツケーキも丸々とホールで置かれていた。
隅に置かれた四つのグラスのうち二つを取ったルーファスが、一つを私に差し出してくる。それを受け取ると、残りの二つもゼンとノエルが手に取った。
「まぁ、なんだ。あれこれ言ったけどお前が10になってくれて嬉しいよ。おめでとう。……ノエルに先越されたけどな」
「どうして先に言ってしまうんですか……ここで初めて祝う約束だったでしょう?」
「うっ……だって、エルザの顔を見たら言いたくなったんだもん……」
二人に睨まれたノエルが『ごめんね?』と上目遣いで謝ってくれて、そのなんでも許せてしまう可愛さには頬が緩む。
「ううん。みんなでお祝いしてくれるなんて思ってなかったから嬉しい。三人とも、ありがとう」
幼馴染達からの純粋な祝福の気持ちが本当に嬉しい。食事をしながら、いつものように楽しくお喋りしていると心が温かくなって、やる気が出てくる。
ゲームが始まるのはキャラクター設定の年齢から考えて今から一年後、ルーファス、ゼン、そして私が二十四歳の時だ。
ゲームに関わりすぎることへの不安はずっと私の胸の奥に巣くっているものの、今はこの人達を助けられるように頑張りたい。
私が密かに決意していると、トンと私の両肩に手が置かれた。
「いやほんと頼りにしてるからな」
「本当にありがたいですねぇ」
しみじみと言う二人の目元をよく見れば、隠しきれない隈が……。
もしかしてこの職場、ブラックか?
オレンジと赤を混ぜた夕陽のような髪に、燃えるような赤い瞳。そして満天の星空のような取り合わせの濃藍の髪と銀の瞳。"彼ら"をそのまま幼くしたような容貌のその少年達を見つけたとき、私は確かめたいという衝動を抑えられなかった。
「ねぇ! わたし、エルザっていうの。あなたたちの名前をおしえて?」
突然話しかけられたことに驚いた様子の二人は大きな丸い瞳を更に大きくしてこちらを見てきたが、すぐににっこり笑って名前を教えてくれた。その名前は予想に違わず私のよく知っている名前で。
私はこの日、大好きだった乙女ゲームの一般人――モブに転生していたことを知ったのだった。
※
断頭台に登るような気持ちで足を進める。私の後ろには何百という兵隊達。そして私の前には星空と夕陽の幼馴染がいる。
夕陽色の幼馴染の前まで進んだところで膝を折り、頭を下げた。
「エルザ。本日より、お前にスペードの10の位を授ける。……やっと観念したな。お前だけ逃がさねえからな」
「謹んでお受け致します。……わかったってば、もう」
後半は小声でのやり取りだ。この幼馴染ときたら、人前では見事に特大の猫を被ることに成功している。
唯一聞こえたらしいもう一人の幼馴染は、こっそりと溜息をついていた。
アカデミーを卒業して五年。私はとうとう、乙女ゲームの中枢に片足を突っ込んでしまった。
私が生前大好きだった乙女ゲーム『ワンダーランドへようこそ!』は、某ふしぎの国がモチーフになっていた。私が生きているこの世界がその舞台だ。
この世界にはハート、ダイヤ、スペード、クローバーの四つと、中立の白の国がある。シリーズの一作目に出てくるのは四つの国のうちの二つ、ハートとスペード。私はそのスペードの国に転生していた。
それぞれの国にはトランプになぞらえたK、Q、J、その下に10からAまでの十三の位がある。
一作目の攻略対象はそれぞれの二つの国のキング、クイーン、ジャック。それに加えて一般国民として、有名なキャラクターになぞらえた人達がいる。
アカデミーで見かけた夕陽と星空の少年達は、そのゲームのスペードの国のキングとクイーンにそっくりだったのだ。
幼少時代のスチルなどなかったから、アカデミーでの数年間は眼福だった。初めて会話してから、大好きなゲームのキャラクターであり、おまけに幼少時代が可愛すぎるせいで話しかけに話しかけまくって、いつの間にか一緒にいることが当たり前となり、これまたいつの間にか親友といっていいほどに親交を深めてしまっていた。
しかし時の流れとは残酷なもので。
「いつまでものらりくらりとかわし続けやがって。お前だけ楽に一兵卒やらせてたまるか! 残念だったな!」
高笑いするその姿に、かつての可愛らしい面影はない。
「ああもう、うるさいうるさい。こんな上司がいるなんて最悪な職場だわ。転職しよ」
「させるか! 俺だってキングを押し付けられてんだ。逃がすと思うなよ!」
「二人ともやめなさい! まったく……いつまで子供気分でいるんですかあなた達は!」
綺麗な夕陽色の少年、ルーファスは月日が経つごとに粗暴な言葉使いを覚え、可愛らしかった星空の少年、ゼンはすっかり口うるさくなってしまった。ああ、あの少年達とはもう会えないのか。これがゲームなら最初からやり直しているのに。
嘆いていると、扉が開いてクリーム色のふわふわした髪が覗いた。
「兄さん、外まで声が聞こえてるよ。エルザ、10就任おめでとう!」
部屋に入ってきたのはルーファスの弟でスペードのジャック、ノエルだ。彼の百点満点の笑顔は私の目線よりもやや低い。兄よりも柔らかな色合いの瞳と同じ色に染まった頬が非常に愛らしい青年だ。
「ありがとう、ノエル! さすが私の天使だわ!」
おめでとうと言ってくれたのは彼が初めてだ。どさくさに紛れて抱きつくが、いつものことだからノエルももはや動じない。
距離感を間違えたなぁ、と心の中でため息を吐く。これも最近の私の嘆きの要因の一つだ。
照れる可愛いノエルのスチルは大好物……いや大好きだったのに。生で見られないなんて!
「ったく……ほら。じゃれてないで行くぞ」
「行くって……どこかへ出かけるの?」
私の頭を軽く小突いて扉へ向かうルーファスに尋ねると、ゼンと私の腕から逃れたノエルに背中を押された。
「いいからいいから!」
ぐいぐいと押されてやってきたのは食堂だ。一般の兵士達が使っている大食堂ではなく、ルーファス達が普段使っているこぢんまりとした落ち着いた内装の部屋だ。
中央には部屋のほとんどを占めるほど大きなテーブルが堂々と鎮座し、その上にある三段のティースタンドには色鮮やかなプティフールやカップケーキが盛り付けられている。
その周りを囲うようにサンドイッチやキッシュなどの軽食が並べられ、私の大好きなフルーツタルトやフルーツケーキも丸々とホールで置かれていた。
隅に置かれた四つのグラスのうち二つを取ったルーファスが、一つを私に差し出してくる。それを受け取ると、残りの二つもゼンとノエルが手に取った。
「まぁ、なんだ。あれこれ言ったけどお前が10になってくれて嬉しいよ。おめでとう。……ノエルに先越されたけどな」
「どうして先に言ってしまうんですか……ここで初めて祝う約束だったでしょう?」
「うっ……だって、エルザの顔を見たら言いたくなったんだもん……」
二人に睨まれたノエルが『ごめんね?』と上目遣いで謝ってくれて、そのなんでも許せてしまう可愛さには頬が緩む。
「ううん。みんなでお祝いしてくれるなんて思ってなかったから嬉しい。三人とも、ありがとう」
幼馴染達からの純粋な祝福の気持ちが本当に嬉しい。食事をしながら、いつものように楽しくお喋りしていると心が温かくなって、やる気が出てくる。
ゲームが始まるのはキャラクター設定の年齢から考えて今から一年後、ルーファス、ゼン、そして私が二十四歳の時だ。
ゲームに関わりすぎることへの不安はずっと私の胸の奥に巣くっているものの、今はこの人達を助けられるように頑張りたい。
私が密かに決意していると、トンと私の両肩に手が置かれた。
「いやほんと頼りにしてるからな」
「本当にありがたいですねぇ」
しみじみと言う二人の目元をよく見れば、隠しきれない隈が……。
もしかしてこの職場、ブラックか?
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