ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 なにあの双子怖い……。いつの間にそんなに好感度が上がっていたんだろう。
 でも先ほどの約束は守ってあげようと思う。だっていくらなんでも可哀想だし……。
 悲しげに見上げてくる双子には抗いきれないものがあった。
 うん、買い物には補佐官のオーウェンに付き合ってもらおう。彼なら一人でもきっと逃げ出せるだろう。



 お祭りで賑やかだった市場も、外れまでくれば普段通りの穏やかさだ。全速力で走ってきたせいで、ララの息が上がっている。

「ど、どうしたんです、急に」
「ああ、ごめんなさいね。急に……走りたくなって」

 苦し紛れの言い訳に、ララは笑顔で「そういう時もありますよね」と言ってくれた。優しい気づかいだが、私にそういう時はない。


「この近くにいいお店があるの。そこで少し休憩しましょうか」

 無我夢中で逃げ出したが、ここは偶然にも次の目的地の近くだ。

 ララの手を引いて少し歩くと見えてきたそこは、一階が店舗、二階が店主の住居になっている小さなお店だ。

 クリーム色の壁にかけられた看板には『ハンプティ・ダンプティのエッグタルト』と書かれていて、外からでも甘く香ばしい香りが楽しめる。
 上部がガラス窓になっている片開きドアから中を覗くと小太りな店主の後ろ姿が見える。
 ドアを開くとカウベルが小気味良い音を立てて、店主が「いらっしゃいませ」の声と共に振り返った。

「やぁ、エルザ! いらっしゃい!」

 すっかり常連となっているから店主、ハンプティ・ダンプティが笑顔で出迎えてくれる。
 この人は乙女ゲームには珍しく小太りの攻略対象。私のもう一人のオススメだ。

「こんにちは、ハンプティ」
「あれ、今日はいつもの素敵な彼氏達と一緒じゃないんだね」
「ちょっと。私をツバメを何羽も連れ歩くマダムみたいに言わないでよ」
「ははは! ごめんごめん! キミ一人でも来てくれて嬉しいよ、マドモアゼル」

 私の姿で隠れていたのか、朗らかに笑うハンプティにはララが見えないらしい。半身になってララを中へと促した。

「一人じゃないのよ。お城のお客様を連れてきたの」

 ララを紹介するとハンプティは、十人中十人が好感を持つだろう笑顔でララを店に招き入れた。

「二人とも時間はあるかい? 良かったらあがってお茶でも飲んでいってよ」
「もちろん、そのつもり。ハンプティのお茶は美味しいもの」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ララさんは甘いものは好きかな? ちょうどいまタルトが焼きあがったところだから、これもよかったら味見していってね」

 恐縮するララの背を押しながら、厨房を横切って奥にある部屋へと向かう。
 この店はテイクアウト専門だが、ハンプティが常連客にお茶をふるまう時に使われる談話室があるのだ。

 毛足の長いラグが歩き疲れた足に優しく、柔らかな陽の光が射す大きな出窓からは、白の国の街並みが広がっている。
 壁にはハンプティの趣味で美味しそうな料理の絵がいくつも飾られていて、壁掛けの本棚には当然のように料理本が。寒い日には奥に置かれた薪ストーブに火が入るが暖かな季節の今日、それはその場で静かに控えていた。
 ここは店主の人柄そのもののように居心地がいい。

 いつもは猫脚の一人掛けソファを使わせてもらっているが、今日はララもいるので同じデザインのカウチソファに腰を下ろす。
 幾分もしないうちに、ハンプティがお茶と焼き立てのエッグタルトをトレイに乗せてやってきた。
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