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第一章
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「あれ。エルザさんはどこに行くんでしょうか?」
さっきまでハートのジャックと話していたエルザさんが、静かに林に向かって歩いて行くのが見えた。
思わず一緒に食事をしていたゼンさんに問いかける。
「え? ……ああ、いつものですね」
「いつもの?」
「レスターもいつの間にかいないからね。いつものだ」
ゼンさんの隣でケーキを食べていたノエル君も、林へと目を向ける。
そういえば先ほどエルザさんに絡んでいたハートのクイーンもいなくなっている。えっ、それって……。
「も、もしかして、二人で会ってる、とか……?」
「ええ、あの二人はいつも会っては言い争ってばかりですが、程々に時間が経つと揃ってこっそり抜け出すんですよ」
「仲が悪いフリして、実はすっごく仲良しなんだよ、あの二人!」
お二人が話す内容は想像もしていなかったことで呆然としてしまう。
でも普通に考えたらわかることだ。
初めてお会いした時、街灯の明かりの下に馬車から降り立ったエルザさんは風に揺れる髪の一本一本まで輝いていてとても綺麗な人だと思った。
でも綺麗なだけじゃなくて、私のことを心配して気にかけてくれる上に観光では素敵な魔法を見せてくれるような優しい人。
なのに男の人達に囲まれて怯えていた私を勝気な笑みで余裕綽々で助けてくれた強い人だ。
そんな素敵な人に恋人がいないわけがなかった。
「エルザさんに、恋人がいたなんて、知りませんでした」
声が震える。予想していなかった事態に胸が締め付けられた。
「恋人ではないと思うよ?」
突然降ってきた甘く優しい声に俯いていた顔を上げると、とても美しい男性が優しげに微笑んでいた。
「どうしてそう思われるんですか? アレクシス殿」
「恋をしている女性は見慣れているからね。エルザさんのレスターを見る目には恋情を感じないから、かな」
安心した? と微笑まれて顔に熱が集まる。全てを見透かすような菫色の瞳から逃げるように目を逸らした。
「なら二人で抜け出して何をしているのでしょうね」
「何か企んでいるのではないか? 例えばハートのキング暗殺計画、とか」
笑いつつも忌々しげにアレクシスさんを見るルーファスさんが、私の隣に腰を下ろしながら言った。
「ちょっと、兄さん! 冗談はやめてよ!」
「まったくです。レスター殿に失礼ですよ」
「あははは! 本当にルーファスの冗談は面白いな! 二人とも、そんなに怒ってはルーファスが可哀想だよ。ただの冗談なんだからね」
怒る二人を宥めたアレクシスさんはにこやかにルーファスさんを見ているが、隣からは苛立ちのこもった小さな舌打ちが聞こえただけだった。
※
「あ、あら、どうしたの、ララ? 一人で皆から離れたらだめじゃない」
ごまかすように優しく注意すると、ララはまるで捨てられた子犬のような目でこちらを見てくる。
「す、すみません。みなさんがそろそろ帰ろうかと話されているので、呼びに来たんです」
「えっ、もうそんな時間?」
まずい。絶対に二人で抜け出してるのがバレてる。
「急いで戻りましょう。何か言い訳を考えないと」
「嫌な予感がするけど任せるよ」
レスターと小声で話しながら、ララの手を取って小走りに林を後にした。
言い訳言い訳。どうしようかしら。
「レスターが嫌がる私を無理矢理連れ出して」
「なっななななんで僕が!? 違うからね、ノエル!」
真っ赤になったレスターに詰め寄られたノエルは、わかってるよとばかりに笑顔でレスターの肩を軽く叩く。
なんとか誤魔化せたようで、後片付けをして迎えの馬車に乗り込んだ、までは良かったのだけど……。
「で、どうしてレスターと抜け出した?」
私の両隣にはゼンとノエル。真正面にはルーファスが座っている。犯罪者の取り調べじゃないんだから……。
「ララが狭いわ、ルーファス。もっと詰めてあげて」
「ララさんは華奢だから問題ない」
「あら、見るとこ見てるのね」
「誤魔化すな。レスターと付き合ってんのか?」
「え? 付き合う? 私とレスターが?」
「よく抜け出してるだろ。気付かないと思ったか」
ええ、いつからバレてたんだろう。しかし先ほどレスターとバラさないようにと約束したばかりだ。
「抜け出してるのは確かだけど、恋人だからじゃないわ。ちょっとお話してただけ」
完全に怪しまれているので、真実を隠して正直に答える。
「話って?」
「それは言えないわ。二人だけの秘密だもの」
親しき中にも礼儀あり、だ。秘密と言えば踏み込んでこないことは長い付き合いでわかっている。
しかし、やれやれと呆れつつも尋問を終わらせてくれるだろうと思ったのに、ルーファスはさっとゼンとノエルに目配せした。
城に帰り、馬車を降りたルーファスの口から漏れ聞こえた言葉には思わず耳を疑った。
暗殺計画? ……誰を?
さっきまでハートのジャックと話していたエルザさんが、静かに林に向かって歩いて行くのが見えた。
思わず一緒に食事をしていたゼンさんに問いかける。
「え? ……ああ、いつものですね」
「いつもの?」
「レスターもいつの間にかいないからね。いつものだ」
ゼンさんの隣でケーキを食べていたノエル君も、林へと目を向ける。
そういえば先ほどエルザさんに絡んでいたハートのクイーンもいなくなっている。えっ、それって……。
「も、もしかして、二人で会ってる、とか……?」
「ええ、あの二人はいつも会っては言い争ってばかりですが、程々に時間が経つと揃ってこっそり抜け出すんですよ」
「仲が悪いフリして、実はすっごく仲良しなんだよ、あの二人!」
お二人が話す内容は想像もしていなかったことで呆然としてしまう。
でも普通に考えたらわかることだ。
初めてお会いした時、街灯の明かりの下に馬車から降り立ったエルザさんは風に揺れる髪の一本一本まで輝いていてとても綺麗な人だと思った。
でも綺麗なだけじゃなくて、私のことを心配して気にかけてくれる上に観光では素敵な魔法を見せてくれるような優しい人。
なのに男の人達に囲まれて怯えていた私を勝気な笑みで余裕綽々で助けてくれた強い人だ。
そんな素敵な人に恋人がいないわけがなかった。
「エルザさんに、恋人がいたなんて、知りませんでした」
声が震える。予想していなかった事態に胸が締め付けられた。
「恋人ではないと思うよ?」
突然降ってきた甘く優しい声に俯いていた顔を上げると、とても美しい男性が優しげに微笑んでいた。
「どうしてそう思われるんですか? アレクシス殿」
「恋をしている女性は見慣れているからね。エルザさんのレスターを見る目には恋情を感じないから、かな」
安心した? と微笑まれて顔に熱が集まる。全てを見透かすような菫色の瞳から逃げるように目を逸らした。
「なら二人で抜け出して何をしているのでしょうね」
「何か企んでいるのではないか? 例えばハートのキング暗殺計画、とか」
笑いつつも忌々しげにアレクシスさんを見るルーファスさんが、私の隣に腰を下ろしながら言った。
「ちょっと、兄さん! 冗談はやめてよ!」
「まったくです。レスター殿に失礼ですよ」
「あははは! 本当にルーファスの冗談は面白いな! 二人とも、そんなに怒ってはルーファスが可哀想だよ。ただの冗談なんだからね」
怒る二人を宥めたアレクシスさんはにこやかにルーファスさんを見ているが、隣からは苛立ちのこもった小さな舌打ちが聞こえただけだった。
※
「あ、あら、どうしたの、ララ? 一人で皆から離れたらだめじゃない」
ごまかすように優しく注意すると、ララはまるで捨てられた子犬のような目でこちらを見てくる。
「す、すみません。みなさんがそろそろ帰ろうかと話されているので、呼びに来たんです」
「えっ、もうそんな時間?」
まずい。絶対に二人で抜け出してるのがバレてる。
「急いで戻りましょう。何か言い訳を考えないと」
「嫌な予感がするけど任せるよ」
レスターと小声で話しながら、ララの手を取って小走りに林を後にした。
言い訳言い訳。どうしようかしら。
「レスターが嫌がる私を無理矢理連れ出して」
「なっななななんで僕が!? 違うからね、ノエル!」
真っ赤になったレスターに詰め寄られたノエルは、わかってるよとばかりに笑顔でレスターの肩を軽く叩く。
なんとか誤魔化せたようで、後片付けをして迎えの馬車に乗り込んだ、までは良かったのだけど……。
「で、どうしてレスターと抜け出した?」
私の両隣にはゼンとノエル。真正面にはルーファスが座っている。犯罪者の取り調べじゃないんだから……。
「ララが狭いわ、ルーファス。もっと詰めてあげて」
「ララさんは華奢だから問題ない」
「あら、見るとこ見てるのね」
「誤魔化すな。レスターと付き合ってんのか?」
「え? 付き合う? 私とレスターが?」
「よく抜け出してるだろ。気付かないと思ったか」
ええ、いつからバレてたんだろう。しかし先ほどレスターとバラさないようにと約束したばかりだ。
「抜け出してるのは確かだけど、恋人だからじゃないわ。ちょっとお話してただけ」
完全に怪しまれているので、真実を隠して正直に答える。
「話って?」
「それは言えないわ。二人だけの秘密だもの」
親しき中にも礼儀あり、だ。秘密と言えば踏み込んでこないことは長い付き合いでわかっている。
しかし、やれやれと呆れつつも尋問を終わらせてくれるだろうと思ったのに、ルーファスはさっとゼンとノエルに目配せした。
城に帰り、馬車を降りたルーファスの口から漏れ聞こえた言葉には思わず耳を疑った。
暗殺計画? ……誰を?
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