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第一章
69 ノーマルエンド
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オーウェンさんの部屋の方へ向かうと、すぐに空色の後ろ姿を見つけた。
トレイをまだ持っているし、出てくるには早すぎる。やっぱり断られたのだ。
好きな人と私室で二人きりは抵抗ある、というのはわからなくもないけど。
「エルザさーん!」
いつもの風を切るような歩き方ではない悄然とした後ろ姿に、出来るだけ可愛く声をかける。
びくりと体を震わせて、焦るように手を顔に持っていく姿にじわりじわりと不安が募った。
「ララっ……ちょ、ちょっと待っ、てね……」
強引に前に滑り込むと案の定目尻に涙が溜まっていて、内心ひどく焦った。
心の中で、だから言ったでしょうが馬鹿キング! と罵る。
「エ、エルザさん、こっちに……」
廊下の隅には人目を避けられる簡易な休憩スペースがある。ソファとコーヒーテーブルしかないが、そこにエルザさんを座らせた。
正直なところ、この人が泣くだなんて少しも思っていなかった。
勇しくビシッとオーウェンさんに想いを伝えるんじゃないかとばかり思っていて。
その予想が外れたことが、ただただ悲しかった。
「ごめんね……さっきから、止まらなくって……」
ぽろぽろと涙を流すエルザさんに心臓が軋むようだった。
エルザさんにオーウェンさんはあなたが嫌いなんじゃない、むしろ好きなのだと伝えないとと考えて、我に返った。
違うでしょ、と。私は、このチャンスを逃さないように追いかけてきたの。
逃げた人に、好きな人をみすみす遠ざけるような人に、どうして大好きなこの人をあげなきゃいけないのか。
「エルザさん」
そこまでしてあげる義理なんか、ない。
「私にしませんか。私なら泣かせたり絶対にしませんし、毎日楽しく過ごしてもらえるよう努力もします。意味もわからずあなたを突き放すような人より、私にしておきませんか」
エルザさんは目を大きく開いて固まった。
驚いたのか涙が止まっていて、少しほっとする。
ほっとしたのもつかの間、エルザさんが顔を歪めてこちらに近づくと、ぎゅうと抱きしめられた。
いつもの抱きとめる時の優しい抱擁とは違う、すがりつくように少し苦しくなるほど強く抱きしめられた。
まさか、本当に?
顔を埋められて、片方の肩だけが焼けるように熱い。
本当に、私を選んでいいの?
……オーウェンさんは、どうするの?
先ほどの言葉と矛盾することばかりが頭に浮かぶ。
どうしよう、本当にこのままエルザさんがオーウェンさんを諦めちゃったら……。
そんなことになって、この人と本当に毎日楽しく過ごせる? オーウェンさんへの気持ちを燻らせたままのこの人と?
それは、あまりにもひどく悲しいエンディングに思えてならなかった。
しかし嗚咽混じりの声がした。
「……ごめ……なさ……い……」
この途切れ途切れの言葉を聞いて、安堵した。
良かった。どうやら私は、振られてしまうようだ。
「オーウェンが好きなの……ごめんなさい……ごめんね、ララ……」
謝罪ばかりを口にして、抱きしめる腕に力がこめられて、少し体が痛む。
振られたらどれだけ悲しいだろうと、絶対にそれだけは嫌だと思っていた。だというのに、心は穏やかに、その言葉を受け止めることができた。
「わかりました」
震えることもなく、するりと声が口から出る。
おずおずとエルザさんが顔を上げて、目が合った。
陽の光を写す湖のような綺麗な瞳がまっすぐに自分に向けられる。
「エルザさんのことは諦めます。でも、これからも友達でいてくれませんか?」
きゅっと手を握って頼めば、エルザさんはまた涙を流して謝りながら何度も頷いてくれた。
「私を振ったからには、オーウェンさんにちゃんと気持ちを伝えてくださいね」
それさえできればこの問題は一瞬で解決するというのに、エルザさんは渋った。
「だめよ……私、嫌われちゃったみたいだから……」
あるわけないでしょ、そんなこと。
「大丈夫です。私を見てください。言わなきゃ伝わらないこともあるんですよ」
「……でもこれ以上避けられたら立ち直れないわ」
「どうして断られる前提なんですか……」
あれだけ避けられたらわからなくもないけど、エルザさんもオーウェンさんもどうしてこうも自信が持てないのだろう。侍女さんや兵隊さん達の羨望を存分に集めている二人なのに。
「今日でなくても構いませんから、伝えようとはしてあげてください。オーウェンさんもきっと喜んでくれますから」
こう言っても決心がつかない様子のエルザさんに、これはもう一肌脱ぐしかないなと悟った。
私が当て馬だなんて、なんだかおかしなことになったものだなぁと思いながら。
落ち込んだまま戻ったエルザさんを見たルーファスさんとゼンさんは、ここに来てようやく事態がまずい方向に進んでいると気付いたらしい。
必死にエルザさんを取り成す二人の姿を見て、いい気味だと鼻で笑った。
トレイをまだ持っているし、出てくるには早すぎる。やっぱり断られたのだ。
好きな人と私室で二人きりは抵抗ある、というのはわからなくもないけど。
「エルザさーん!」
いつもの風を切るような歩き方ではない悄然とした後ろ姿に、出来るだけ可愛く声をかける。
びくりと体を震わせて、焦るように手を顔に持っていく姿にじわりじわりと不安が募った。
「ララっ……ちょ、ちょっと待っ、てね……」
強引に前に滑り込むと案の定目尻に涙が溜まっていて、内心ひどく焦った。
心の中で、だから言ったでしょうが馬鹿キング! と罵る。
「エ、エルザさん、こっちに……」
廊下の隅には人目を避けられる簡易な休憩スペースがある。ソファとコーヒーテーブルしかないが、そこにエルザさんを座らせた。
正直なところ、この人が泣くだなんて少しも思っていなかった。
勇しくビシッとオーウェンさんに想いを伝えるんじゃないかとばかり思っていて。
その予想が外れたことが、ただただ悲しかった。
「ごめんね……さっきから、止まらなくって……」
ぽろぽろと涙を流すエルザさんに心臓が軋むようだった。
エルザさんにオーウェンさんはあなたが嫌いなんじゃない、むしろ好きなのだと伝えないとと考えて、我に返った。
違うでしょ、と。私は、このチャンスを逃さないように追いかけてきたの。
逃げた人に、好きな人をみすみす遠ざけるような人に、どうして大好きなこの人をあげなきゃいけないのか。
「エルザさん」
そこまでしてあげる義理なんか、ない。
「私にしませんか。私なら泣かせたり絶対にしませんし、毎日楽しく過ごしてもらえるよう努力もします。意味もわからずあなたを突き放すような人より、私にしておきませんか」
エルザさんは目を大きく開いて固まった。
驚いたのか涙が止まっていて、少しほっとする。
ほっとしたのもつかの間、エルザさんが顔を歪めてこちらに近づくと、ぎゅうと抱きしめられた。
いつもの抱きとめる時の優しい抱擁とは違う、すがりつくように少し苦しくなるほど強く抱きしめられた。
まさか、本当に?
顔を埋められて、片方の肩だけが焼けるように熱い。
本当に、私を選んでいいの?
……オーウェンさんは、どうするの?
先ほどの言葉と矛盾することばかりが頭に浮かぶ。
どうしよう、本当にこのままエルザさんがオーウェンさんを諦めちゃったら……。
そんなことになって、この人と本当に毎日楽しく過ごせる? オーウェンさんへの気持ちを燻らせたままのこの人と?
それは、あまりにもひどく悲しいエンディングに思えてならなかった。
しかし嗚咽混じりの声がした。
「……ごめ……なさ……い……」
この途切れ途切れの言葉を聞いて、安堵した。
良かった。どうやら私は、振られてしまうようだ。
「オーウェンが好きなの……ごめんなさい……ごめんね、ララ……」
謝罪ばかりを口にして、抱きしめる腕に力がこめられて、少し体が痛む。
振られたらどれだけ悲しいだろうと、絶対にそれだけは嫌だと思っていた。だというのに、心は穏やかに、その言葉を受け止めることができた。
「わかりました」
震えることもなく、するりと声が口から出る。
おずおずとエルザさんが顔を上げて、目が合った。
陽の光を写す湖のような綺麗な瞳がまっすぐに自分に向けられる。
「エルザさんのことは諦めます。でも、これからも友達でいてくれませんか?」
きゅっと手を握って頼めば、エルザさんはまた涙を流して謝りながら何度も頷いてくれた。
「私を振ったからには、オーウェンさんにちゃんと気持ちを伝えてくださいね」
それさえできればこの問題は一瞬で解決するというのに、エルザさんは渋った。
「だめよ……私、嫌われちゃったみたいだから……」
あるわけないでしょ、そんなこと。
「大丈夫です。私を見てください。言わなきゃ伝わらないこともあるんですよ」
「……でもこれ以上避けられたら立ち直れないわ」
「どうして断られる前提なんですか……」
あれだけ避けられたらわからなくもないけど、エルザさんもオーウェンさんもどうしてこうも自信が持てないのだろう。侍女さんや兵隊さん達の羨望を存分に集めている二人なのに。
「今日でなくても構いませんから、伝えようとはしてあげてください。オーウェンさんもきっと喜んでくれますから」
こう言っても決心がつかない様子のエルザさんに、これはもう一肌脱ぐしかないなと悟った。
私が当て馬だなんて、なんだかおかしなことになったものだなぁと思いながら。
落ち込んだまま戻ったエルザさんを見たルーファスさんとゼンさんは、ここに来てようやく事態がまずい方向に進んでいると気付いたらしい。
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