ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

103 捻れた正規ルート

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 オーウェンさんが立ち上がり、ルーファスさんとエルザさんの元へと歩いていく。
 遅れじとその後をついていった。

「お疲れ様でございました。良いものを見せていただきました」

 オーウェンさんは頰を赤く染めていて、嬉しそうだ。

「おう。エルザしか見てなかっただろ、お前ら」
「ナットってば、やっぱりララに攻撃仕掛けたわね。オーウェンが居てくれて助かったわ」

 エルザさんの視線を追えばこちらを悔しげに睨む細い目とばっちり目があって、慌てて逸らす。

 でも、考えてみれば私のせいで二人はしたくもない試合をさせられたわけだ。
 一言謝っておいた方がいいかな……。

「あの、二人に声をかけてきてもいいですか……?」
「いいわよ。疲れてる今が手懐けるチャンスね」

 野生動物か何かか?
 苦笑するに留めて、二人の元に向かった。



「もう二度とやらねー……呼び出しも無視してやる……」
「もはや闇討ちしかぁ……」

 ブツブツと恐らく反省会をしている二人にそっと近付くと、同時に鋭い視線を向けられて居すくむ。

「……なんだよ」

 それでも、意を決して頭を下げた。

「あ、あの、ごめんなさい。私のせいで……お二人は試合したくなかったんですよね?」
「したくねーよ! 見ててわかんだろ。一人ならともかくよー」
「……一人ならいいんですか?」

 好奇心が勝り、会話をつなげてしまって少し後悔した。鬱陶しがられるかもしれない。

「一人ずつならまだマシ。二人は無理」

 心配をよそにヴァンさんは素っ気なく答えてくれた。それに押されて会話を続ける。

「えっと……ど、どうしてでしょう?」
「…………想像してみろ。ただでさえ、つえー奴相手に必死になってんのに、一瞬でも背中見せたらもう一人が後ろから切り込んでくんだぞ」
「おまけに背中を見せるように立ち回りますからねぇ、あの二人……ひひっ……」

 それは……。

「こわ……」

 大好きな人に対してでも、この感想は変えられなかった。

「だろー!? やってらんねーわ。普通のペアなら相方が抜かれることはねーけどよー。あのバケモン共が相手の時はもう……二度とやんねーぞ、俺は」
「右に同じぃ……あのお二人に囲まれたらぁ、死を覚悟しますねぇ」

 ガックリと肩を落とす二人を見ていると少し可笑しくなってきた。

 ゲームでは恐ろしい暗殺者の二人も、なんだか普通の男の子に見える。ナットさんはまだちょっと怖いけど……。
 なんと声をかけようかと考えていると、ヴァンさんがちらりとこちらに視線を向けてきた。

「まぁ別にあんたが気にすることじゃねーし。…………腕、痛くしてねーかよ」
「腕?」
「あー、いいわ。なんでもねー」

 自分の腕を見て首をかしげるも、追い払うようにヴァンさんは手をひらひらとさせるだけで教えてくれない。

 もしかして、昨日掴まれた時のことを言ってくれてるの?

「全く痛くありませんよ! もしかして心配してくれてたんですか?」
「……怪我させてたらエルザがうるせーだろ」

 ふてくされたようにくちびるを尖らせる姿が可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「ご心配おかけしてすみません。この通り、とっても元気なので気にしないでください!」

 にっこり笑ってみせると、ぶわわとヴァンさんは頰を染めた。しまった、ヒロイン補正が。

「かわい……っ」
「そ、それでは私は失礼しますね!」

 無駄なフラグ建ては面倒の元だ。頭を下げて走り去ろうとしたら、ナットさんが手を上にかざし、その手を中心に砂が舞い始めた。

「いてててっ! やめろよ、ナット! ごめんって!!」
「さてぇ、なぁんのことやらぁ」

 ヴァンさんに豆粒大の小石が降り注ぎ、痛そうだ。

 どうして突然喧嘩を? と思っていたら、ブンッと音がして私の足元にまた大きい岩が落ち、サァァと血の気が引く。
 ナットさんの大きな舌打ちと背中から笑い混じりの声がするのは同時だった。

「来るとわかってる攻撃は私にでも防げますよ。ナット殿」

 オーウェンさんは、どうやら私の後ろから付いてきていたらしい。本当にエルザさんの命令には忠実な人だ。

 にっこり笑って言ったオーウェンさんに向き直った瞬間、突然横から吹き飛んだ。目で追えば、大の字で倒れて身動きもしない。

 何が起きたのかと呆然としていると、楽しげな笑い声がした。

「来るとわかってないのも避けれるようにならないとな。オーウェン」

 ルーファスさんだ。オーウェンさんが立っていたところでニヤニヤと笑っている。本当にこいつは碌なことしない……。
 しかし抗議しようとしたら、その背中にメラメラと燃える炎が立ち上った。

「ルーファス……」

 綺麗な空色の瞳には、先ほどにはなかった燃え盛る怒りの炎があった。

「オーウェンに何するのよ!!」
「うわ! ちょ、ちょっとオーウェンとも遊びたくなっただけだろ!! 怒んなよ!!」

 先ほどの比ではない鋭い攻撃にルーファスさんが笑顔を消して逃げ惑う。

 これは、エルザさんは怒っていいやつだ。
 放置して、そっと倒れたままのオーウェンさんに近付くと、なぜかヴァンさんとナットさんも付いてきた。

「大丈……」
「…………あの野郎……」

 あのやろう?

 むくりと起き上がったオーウェンさんの口からは、聞いたことのないほど低い声が漏れた。
 本当にオーウェンさんの声かな、これ……?

「見事に吹っ飛ばされたなー」
「いい気味ぃ……」

 オーウェンさんの呟きを拾ったのは私だけだったようだ。付いてきた二人はオーウェンさんをからかうように笑っていたが、突然ピシリとその笑顔が固まった。

「お二人とも、今が好機です。エルザが相手をしている間にあの男を攻め落としてください。三人ならば可能です」
「えっ、い、いや、やめとくわ。つ、疲れたし」
「謀反人にはまだなる気がありませんのでぇ……」

 ずりずりと後ずさる二人の足元から影が伸びて、その体を鷲掴み……。

「いいから、とっとと行け」

 放り投げた。ルーファスさんの元へと。

「あ、あんたがやればいいじゃねーかー!」
「俺はララさんの護衛だって言ってるだろ。馬鹿共が」

 飛んでいく二人に吐き捨てるように言って、オーウェンさんはベンチに向かって歩き出した。

 その背中に、ほら見ろ、と思った。

 真面目な男ほど隠し事はあるものだ。変質的かはともかくとして。

「ああ……」

 オーウェンさんは振り返った。その顔には満面の笑みらしきものがある、にはあった。

「これに関してはエルザも知っていますから、ご心配なく。……変質的な趣味は持ち合わせておりません」
「さようですか……」

 人の心が読めるんじゃないでしょうね。
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