ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 そのままララはこちらを睨みつけるゼンの横を通り過ぎ、怒鳴るルーファスの横も通り過ぎる。

 俯くその表情は見えないまま、こちらへとゆっくり足を進めてくる。
 私の目の前に立ったララは、両手を拍手するように手のひらを合わせる形で上げ、その手を横に広げる。
 ララの動きに気付いて、私達は口を閉じ視線を向けた。

 バチンッ! と耳元で大きな音がした。

「エルザさんのぉ…………バカァァアア!!!」

 雷が落ちる、とはこのことか。
 そう思うほどの大喝だった。
 この細腕でよくぞと思うほどの痛みが両頬でジンジンと主張し、目の前にある瞳からは見たこともないほど大粒の涙が止めどなく溢れ出ている。

「私のっ……私のせいでこんなに大怪我して……っ!! 倒れて目も覚まさないし、なんて謝っていいかわからないってずっと考えていたのに!! この男共はララのせいじゃないって馬鹿の一つ覚えにそれしか言わないし!!」
「そ、れは……良くない、わね」

 馬鹿その一とその二に目を向けるも、逃げるように逸らされた。

「この世界じゃあどうせ医療なんて大したことないんでしょ!? あんなに血が出てたら簡単に人なんて死んじゃう……私のせいだよ! 誰がなんて言ったって!! 死んじゃっ……死んじゃったら謝ることもできない……って、ずっとずっと考えてたのに……なのに……っ起きてすぐにオーウェンさんとイチャつくってどういうことよおー!!」

 胸にすがりついて泣きじゃくるララの背中に腕を回しながら、『そっちかー!』と思った。

「い、いやだわ、そんな……イチャついてなんて……」
「この無神経男が声をかけられなかったくらいのイチャつきっぷりでした!!」

 細い人差し指の向かう先にいる男は、顔を手で覆って肩を震わせている。こら。笑うな。

「そ、それに関しては謝るわ。ごめんね。寝ぼけてたのよ。でも大怪我なんて大げさよ。利き手は怪我しないように気を付けていたし、傷自体はどれもそんなに深くはないはずよ」

 内心の焦りを隠して優しく宥めてみるが「嘘ばっかり!!……血、いっぱ……出てたもん……っ!」とずびずびと鼻をすする音と共に反論が返ってくる。
 困った。これは本当に困った。
 それでも、胸元が熱く湿り、あの時の判断がどれほど短慮に過ぎたのかと、思い知らされた。
 もし私があそこで本当に死んでいたら、ララがどれほど悔やむか、少し考えればわかるのに。

「本当にごめんなさい。ララの気持ちを少しも考えていなかったわね」
「……もう、怪我しないでください……こんなの二度と嫌です……」
「……努力、するわ」

 約束は出来ない。でも努力はしよう。なるべく怪我しないように、ではなく、心配をかけないように。もっと強くならないといけないわ。

「俺とは約束してくれないくせに……」
「諦めろ。こいつ、昔から女子供には甘いんだよ」

 後ろで嘆く男達の声がしたが、放っておこう。



「さっきの計画の話だけどな」

 未だ鼻をすんすんと鳴らすララを宥めていたら、ルーファスが一つ咳払いをして話し出した。

「今後どうなるかわからないからな。俺達もお前の計画に組み込んでおいてくれ」

 視線を向けられたオーウェンは無言でルーファスを見つめ返している。

「エルザとオーウェンの二人だけじゃあ多少きついと思うしな。迷惑だったキングの地位も、ここで存分に使ってやる」
「オーウェン殿一人に任せっきりにするわけにはいきませんよ。エルザの世話もあるでしょうから」

 世話って怪我の世話よね。なんだか、幼児のお守りみたいな言い方に聞こえたけど。

「……そうですね。今後白の国がどう動くかわからない以上、使える駒……手は多いに越したことはありません」
「……駒でいいけどな……言い直さなくても。フェリクスと対峙することがあれば、ノエルなら対等にやりあえるだろ」
「うん。試合なら互角だけど、真剣にするなら勝てるよ! 任せて!」

 ノエルは両手を握りしめて断言し、ルーファスは満足気に頷く。ゼンとオーウェンは今後起こりうる状況について話し合っている。

 私はここが乙女ゲームの世界だと知っているけど、だからこそバッドエンドを迎えたら終わりだという先入観に囚われていたみたいだ。
 そして、誰もララを助けないという考えも。
 本来ならララのバッドエンドを見て見ぬ振りするはずの人達を見つめる。

「みんなでララを必ず元の世界に帰してみせるわ。安心してね」

 意識して力強く言う。これから何があっても、ララをバッドエンドになんてさせたりしない、と意思を込めて。

 しかし、迷惑をかけることへの謝罪でも来るかと思いきや、ララが慌てた様子だったので思わず首を傾げてしまう。

「エ、エルザさん、私、お伝えしないといけないことがあって……」
「どうかしたの?」

 ララが口を開くと同時に扉がコンコンと音を立て、客の来訪を告げた。
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