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第二章
46 グレン視点
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言われた通りに、その日の夜は同僚達で集まって過ごした。同僚達はやはりスペードの10を疑っている、というよりは犯人だと決め付けているが、こればかりは仕方ない。話を合わせて頷き、あの人の悪口を言うのには胸がひどく痛んだ。
そのまま朝を迎え、みんなで朝食を取る。その後、仕事は放り出して、スペードのキングに目通りを願おうと思っていたが、昨日見張り当番だった先輩が同僚に「今日から見張りは不要になった」と伝えに来た。
「不要……?」
「ああ、不要だ。伝えたからな」
些か不穏な言葉の響きに、ザックと目を見合わせる。先輩は俺達から逃げるように目を逸らして去って行ってしまった。
その背中を追いかけて、人影のない隅に引っ張り込んだ。
「不要ってどういうことですか? まさか釈放されたんですか?」
不自然にならないように、問いかける。胸が激しく騒いだ。
「ああ……お前らはコニーと仲良かったもんな。喜ぶことかもしれないな……」
「……なにを言ってるのか、よく分からないのですが」
要領を得ない先輩の答えに、わずかに苛立つ。
だが、苛立っていたのは先輩も同じだった。
「俺はもうソフィア様のことが分からない……あの人は、おかしい……っ」
先輩は眉を不快そうに歪め、吐き捨てた。
「あのようなこと……他国の位持ちになされば国家間でどれほど重大な問題となるか、一般兵ですら分かるというのに。もう俺は付いて行けない」
この先輩は部隊内でも温厚で優しく、同僚達も普段から頼りにしている人だ。その人がこれほど憤るほどのことが、スペードの10に起きたという事実に、一瞬息が出来なくなった。
「な、にが……あったんです……?」
先輩が忌々しげに吐き捨てた言葉を聞いて、青ざめるザックの手を引いて廊下を走った。
一刻の猶予もなかった。
あの女は、ソフィアは。
ザック殺害の邪魔をした、スペードの10を。
闘技場へと放り込んだ。
罪人闘士と間違われた事故を装い、殺すつもりだ。
急いでスペードの方々に、このことを知らせなければ。
しかし、聞けばすでにスペードの方々は朝食を済ませ、あろうことか闘技場へ赴いているという。
「あの人が死ぬところを見学に行ったわけじゃ……ない、よな?」
ザックが震える声で言う。
正直俺も、少し疑っている。
しかし、あの人は言っていた。
キングやクイーンは、ソフィアに惚れたフリをしているだけだ、と。
「今はスペードの10を信じるしかないよ」
自国のキングのことは俺達よりもよくわかっているはずだ。なにより一番信用できる、あの人の恋人の姿もどこにもないのだから、スペードのキングに伝えるしか俺達にできることはない。
「闘技場へ行こう」
もしもスペードのキングやクイーンがソフィアに寝返っているとしたら、俺達もスペードの10も終わる。これは賭けだ。勝算なんてあるのか分からない。
頷きを返すザックと共に、闘技場へ続く廊下を駆け抜けた。
もう少しで闘技場へと入る辺りで、見知った顔がいくつもあった。
声をかけられるかもしれない。速度を緩め、息を整えた。
何事かと聞かれたら、まずい連中だ。
「よう。ザック。それに、グレンもか」
「……お疲れ様です」
やはり声をかけられた。しかし連中の、いつにもない不気味なほど静かな目は一点にザックへと向けられている。
「こっからは闘技場だぜ。何しに行くんだ? 今日お前は非番じゃあないだろ」
「……サボり、です。すみません。ちょっと……金がなくって」
お前。と言われて答えたのはザックだけだ。
闘技場では常時賭け事が行われていて、兵士達の小遣い稼ぎにも使われている。……溶かすやつが大半だが。
息を整える時間が足りなかったか。どんどんと息は荒くなり、心臓が痛い。
どうしてこいつらは、俺に目を向けない?
どうして……ザックだけを見ているのだろうか。
嫌な予感に、歯を食いしばる。そうしないと歯の根が合わないほど恐ろしい想像が頭に浮かんで、消えてくれない。
「サボりは良くねぇなぁ。来い、ザック。ちと……話がある」
一人がザックの肩に手を回し、付いてくるよう促す。そこにいた連中は全部で五人。それが全て、腰を浮かせた。
ザックと目が合った。
その目に。ザックも、きっと俺と同じことを考えているのだろうと思った。
この連中は、ソフィアの信奉者達だ。
それが、ザックだけに話がある、と言う。
ザックの腕を引き、へらへら笑って言った。
「今日だけは見逃してくださいよ! どうしても見たい試合があるんです」
本当に笑えているのか不安になる。唇が震えて仕方ない。
「駄目だ。っつか、お前も今日は当番だろ。とっとと持ち場に戻りな」
「勝ったら飯奢りますから! お願いしますって」
いつもならこのくらい言えば見逃してくれるものを、どうして見逃さない?
決まってる。こいつらの、神様から命令でもあったからだ。
「グレン。聞き分けろよ。そいつをこっちに寄越しな」
不気味に淀んだ目が細められ、悟った。
ザックを掴む腕に力が篭る。
連れて行かせたら、ザックが殺される。
「グレン。俺、行って、くるよ。大丈夫だからさ……」
震える手に、掴む腕を外された。
恐怖に歪んでいるのに、ザックの目は伝えて来た。
『俺のことはいいから、早くスペードのキングの元に行け』と。
この連中は、俺のことはどうでもいいらしい。
だから、俺だけでも走ればスペードのキングにことの次第を伝えるのは可能だろう。
急げば、ザックを助けられるか? 猶予はどのくらいある。
そもそも、スペードのキングは10を助けた上で、ザックを助けてくれるのか。そんな保証は、ない。
それでも、俺だけでも走れば、スペードの10は確実に助けられる。
あの人を助けるなら──。
「……お前を見殺しにして助けたとしたら、あの人に絶対怒られるよ」
スペードの10は俺に言った。
「命令があっただろ。もしもの時は、ザックを守れって」
「っ駄目だって! グレン!」
連中の一人が、何の話だと問いかけてくる。
ザックを背中に隠して、睨みつけた。
「俺達の上官だよ。スペードの10からの命令だ。俺は、あんたらにザックを渡さない!」
剣を抜く。
「兵士として生きるなら戦えってのも教えられただろ、ザック」
あのたった数分の教えは、心に深く刻まれている。
「五人もいるんだぞ!! お前、バカだろ!」
そうだ。俺達よりも年長の兵士達が五人もいる。勝てるわけがない。……きっと、俺達はスペードの10を助けられない。
「そうか。お前もあの女に絆されやがったか、グレン」
「それはあんたらだろ。ソフィアはコニーだけじゃなくザックも殺そうとしたんだ」
これを言えば、もしかしたら目を覚ませるかもしれないと思ったのに、五人ともが顔色を変えなかった。
その様子に、感じていた恐怖はもう、なくなった。
ただ、スペードの10を助けられなかったことだけが悔やまれる。
どうか、恋人が迎えに行ってあげてほしい。
あの人はとても、会いたがっていたから。
そのまま朝を迎え、みんなで朝食を取る。その後、仕事は放り出して、スペードのキングに目通りを願おうと思っていたが、昨日見張り当番だった先輩が同僚に「今日から見張りは不要になった」と伝えに来た。
「不要……?」
「ああ、不要だ。伝えたからな」
些か不穏な言葉の響きに、ザックと目を見合わせる。先輩は俺達から逃げるように目を逸らして去って行ってしまった。
その背中を追いかけて、人影のない隅に引っ張り込んだ。
「不要ってどういうことですか? まさか釈放されたんですか?」
不自然にならないように、問いかける。胸が激しく騒いだ。
「ああ……お前らはコニーと仲良かったもんな。喜ぶことかもしれないな……」
「……なにを言ってるのか、よく分からないのですが」
要領を得ない先輩の答えに、わずかに苛立つ。
だが、苛立っていたのは先輩も同じだった。
「俺はもうソフィア様のことが分からない……あの人は、おかしい……っ」
先輩は眉を不快そうに歪め、吐き捨てた。
「あのようなこと……他国の位持ちになされば国家間でどれほど重大な問題となるか、一般兵ですら分かるというのに。もう俺は付いて行けない」
この先輩は部隊内でも温厚で優しく、同僚達も普段から頼りにしている人だ。その人がこれほど憤るほどのことが、スペードの10に起きたという事実に、一瞬息が出来なくなった。
「な、にが……あったんです……?」
先輩が忌々しげに吐き捨てた言葉を聞いて、青ざめるザックの手を引いて廊下を走った。
一刻の猶予もなかった。
あの女は、ソフィアは。
ザック殺害の邪魔をした、スペードの10を。
闘技場へと放り込んだ。
罪人闘士と間違われた事故を装い、殺すつもりだ。
急いでスペードの方々に、このことを知らせなければ。
しかし、聞けばすでにスペードの方々は朝食を済ませ、あろうことか闘技場へ赴いているという。
「あの人が死ぬところを見学に行ったわけじゃ……ない、よな?」
ザックが震える声で言う。
正直俺も、少し疑っている。
しかし、あの人は言っていた。
キングやクイーンは、ソフィアに惚れたフリをしているだけだ、と。
「今はスペードの10を信じるしかないよ」
自国のキングのことは俺達よりもよくわかっているはずだ。なにより一番信用できる、あの人の恋人の姿もどこにもないのだから、スペードのキングに伝えるしか俺達にできることはない。
「闘技場へ行こう」
もしもスペードのキングやクイーンがソフィアに寝返っているとしたら、俺達もスペードの10も終わる。これは賭けだ。勝算なんてあるのか分からない。
頷きを返すザックと共に、闘技場へ続く廊下を駆け抜けた。
もう少しで闘技場へと入る辺りで、見知った顔がいくつもあった。
声をかけられるかもしれない。速度を緩め、息を整えた。
何事かと聞かれたら、まずい連中だ。
「よう。ザック。それに、グレンもか」
「……お疲れ様です」
やはり声をかけられた。しかし連中の、いつにもない不気味なほど静かな目は一点にザックへと向けられている。
「こっからは闘技場だぜ。何しに行くんだ? 今日お前は非番じゃあないだろ」
「……サボり、です。すみません。ちょっと……金がなくって」
お前。と言われて答えたのはザックだけだ。
闘技場では常時賭け事が行われていて、兵士達の小遣い稼ぎにも使われている。……溶かすやつが大半だが。
息を整える時間が足りなかったか。どんどんと息は荒くなり、心臓が痛い。
どうしてこいつらは、俺に目を向けない?
どうして……ザックだけを見ているのだろうか。
嫌な予感に、歯を食いしばる。そうしないと歯の根が合わないほど恐ろしい想像が頭に浮かんで、消えてくれない。
「サボりは良くねぇなぁ。来い、ザック。ちと……話がある」
一人がザックの肩に手を回し、付いてくるよう促す。そこにいた連中は全部で五人。それが全て、腰を浮かせた。
ザックと目が合った。
その目に。ザックも、きっと俺と同じことを考えているのだろうと思った。
この連中は、ソフィアの信奉者達だ。
それが、ザックだけに話がある、と言う。
ザックの腕を引き、へらへら笑って言った。
「今日だけは見逃してくださいよ! どうしても見たい試合があるんです」
本当に笑えているのか不安になる。唇が震えて仕方ない。
「駄目だ。っつか、お前も今日は当番だろ。とっとと持ち場に戻りな」
「勝ったら飯奢りますから! お願いしますって」
いつもならこのくらい言えば見逃してくれるものを、どうして見逃さない?
決まってる。こいつらの、神様から命令でもあったからだ。
「グレン。聞き分けろよ。そいつをこっちに寄越しな」
不気味に淀んだ目が細められ、悟った。
ザックを掴む腕に力が篭る。
連れて行かせたら、ザックが殺される。
「グレン。俺、行って、くるよ。大丈夫だからさ……」
震える手に、掴む腕を外された。
恐怖に歪んでいるのに、ザックの目は伝えて来た。
『俺のことはいいから、早くスペードのキングの元に行け』と。
この連中は、俺のことはどうでもいいらしい。
だから、俺だけでも走ればスペードのキングにことの次第を伝えるのは可能だろう。
急げば、ザックを助けられるか? 猶予はどのくらいある。
そもそも、スペードのキングは10を助けた上で、ザックを助けてくれるのか。そんな保証は、ない。
それでも、俺だけでも走れば、スペードの10は確実に助けられる。
あの人を助けるなら──。
「……お前を見殺しにして助けたとしたら、あの人に絶対怒られるよ」
スペードの10は俺に言った。
「命令があっただろ。もしもの時は、ザックを守れって」
「っ駄目だって! グレン!」
連中の一人が、何の話だと問いかけてくる。
ザックを背中に隠して、睨みつけた。
「俺達の上官だよ。スペードの10からの命令だ。俺は、あんたらにザックを渡さない!」
剣を抜く。
「兵士として生きるなら戦えってのも教えられただろ、ザック」
あのたった数分の教えは、心に深く刻まれている。
「五人もいるんだぞ!! お前、バカだろ!」
そうだ。俺達よりも年長の兵士達が五人もいる。勝てるわけがない。……きっと、俺達はスペードの10を助けられない。
「そうか。お前もあの女に絆されやがったか、グレン」
「それはあんたらだろ。ソフィアはコニーだけじゃなくザックも殺そうとしたんだ」
これを言えば、もしかしたら目を覚ませるかもしれないと思ったのに、五人ともが顔色を変えなかった。
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