167 / 206
第二章
49 グレン視点
しおりを挟む
なんとか貴賓席へと辿り着き、オーウェン様が赤い髪の男性──スペードのキングの元へと歩み寄った。
男の子と思っていたスペードのジャックは俺達の後ろに立ったままだ。恐らくは見張られているのだろうと思う。
「キング、クイーン。ただ今戻りました」
「まだかかると思っていたが、早かったな。何か分かったか?」
「はい。ですが先に、こちらの二人がキングにお会いしたいと申しておりまして」
そう言ったオーウェン様がスペードのキングに、何かを耳打ちし、赤い眉が険しく寄った。
そのままスペードのキングの指が見てみろというように広場を指した。オーウェン様は訝しみながらそちらに目を向けて、その先にあるものを確認して恐ろしく低く唸った。
「どういうつもり? グレンに……ザック。私はなんの命令もしていないでしょう。下がりなさい」
駆け寄ってきたソフィアに、腕を掴まれ引っ張られる。その勢いはとても小柄な女性のものとは思えないほど力強く、切迫しているように見えた。
「ダイヤの10。彼らは私に話があるという。下がるのはお前の方だ」
それを止めたのはスペードのキングだ。軽薄そうな男性がソフィアとの間に体ごと割って入ってきて、その背中からソフィアの焦っている様子が見えた。
「……ダイヤの10の部下が私に、何用だ」
静かだが厳しく問われる。炎が燃えているような赤い目を前にして、言葉に詰まった。
キングだけじゃない。スペードのクイーンは、こちらを仇のように睨み、その隣にいる可愛らしい女性からも、あからさまな敵意が向けられている。
後ろに立つスペードのジャックと軽薄そうな男性の視線が背中に鋭く刺さり、まさに針の筵のようだった。
俺達は、スペードの方々から信用されていない。
ごくりと唾を飲み込んだ。
何から言えばいい。ソフィアに襲われて、スペードの10が怪我をした。なぜソフィアの部下がその話を持ってきたのかと問われれば……スペードの10の部下になったからだ。そんな話、信じてもらえるのか?
「どうした。なぜ何も言わない。……まさか虚言だったのではないだろうな」
オーウェン様の鋭い詰問に、喉に痰が絡んだように言葉が出なくなり、まるで光明のように──そうだ、合言葉があった。と思った。
「ルーファスはララのドレスを選ぶ時に露出の高いのを選びたがったから却下して、ゼンがお化けが怖いからと寝室に潜り込んできたのは二週間前のこと。ノエルの彼女は貴族のミリエラちゃんで交際期間は一ヶ月、です!」
周りの観客の喧騒が潮が引くように静まり、まるで時が止まったようだった。
「…………このっ、最低男!!!」
「違っ、ちょっとした冗談だろ! ああ、くそっ……言うなっつったのにあのやろう……っ」
「うるさいうるさい、この変態! 寄るな、触るな!! 絶対あなたの選んだドレスなんて金輪際着てあげませんから!!」
「いや、そもそも一度も着てくれたことない……じゃなくて、ほんと悪かったって! ごめん! 頼むからそんなこと言うなよ、楽しみにしてんだから」
可愛らしい女性が大声で詰め寄り、両手を合わせたスペードのキングに宥められている。
「私がどれだけ心配したと思ってるんだ、あのバカ娘!! 今日という今日はもう許さんっ! 私が相手になってやる!!」
「おおお落ち着いてください、クイーン! 俺達はエルザやキングのような体力馬鹿ではないんですから、こんな高さから飛び降りたら怪我じゃ済みませんよ!!」
「ならば遠距離でやってやるまでだ!!」
「うわ、この一瞬でなんと見事な質量の岩を……ってそれどころじゃないっ、ここは堪えてください! あとでいくらでもやれますから!!」
貴賓席から広場を覗く柵に足をかけたスペードのクイーンの腰を、オーウェン様が必死に引き寄せ、二人の頭上に出現した両手を広げても届かないほどの大きさの岩が、無数の影によって押さえつけられている。
「どっどうしてエルザがミリエラのことを知ってるの……っ!?」
「なんだ、ノエル。知らなかったのか? ミリエラ嬢といえば、エルザのことをお姉様って呼んでよく懐いてる女の子だろ。外堀埋められてんなー」
「……あの変態アホ女……っエルザには近づくなって言っておいたのに!!」
「変態……? エルザに憧れてるだけの普通の女の子じゃねーか」
「ほんっとに擬態だけは上手いんだから……っ」
頭を振り乱すスペードのジャックは、軽薄そうな男性に揶揄われ、歯軋りしている。
腕を突かれて振り返れば、情けない顔をしたザックと目が合った。
「……助けてくれたオーウェン様もスペードの方々もすげー怖いって思ったけどさ……やっぱりあの人の所属する国だよな……」
未だ、騒ぐ六人に同時に目を向ける。
……とんでもない合言葉だとは思ったが、あらゆる意味で効果覿面過ぎだと思った。
「そうだな……」
これしか、返す言葉はなかった。
男の子と思っていたスペードのジャックは俺達の後ろに立ったままだ。恐らくは見張られているのだろうと思う。
「キング、クイーン。ただ今戻りました」
「まだかかると思っていたが、早かったな。何か分かったか?」
「はい。ですが先に、こちらの二人がキングにお会いしたいと申しておりまして」
そう言ったオーウェン様がスペードのキングに、何かを耳打ちし、赤い眉が険しく寄った。
そのままスペードのキングの指が見てみろというように広場を指した。オーウェン様は訝しみながらそちらに目を向けて、その先にあるものを確認して恐ろしく低く唸った。
「どういうつもり? グレンに……ザック。私はなんの命令もしていないでしょう。下がりなさい」
駆け寄ってきたソフィアに、腕を掴まれ引っ張られる。その勢いはとても小柄な女性のものとは思えないほど力強く、切迫しているように見えた。
「ダイヤの10。彼らは私に話があるという。下がるのはお前の方だ」
それを止めたのはスペードのキングだ。軽薄そうな男性がソフィアとの間に体ごと割って入ってきて、その背中からソフィアの焦っている様子が見えた。
「……ダイヤの10の部下が私に、何用だ」
静かだが厳しく問われる。炎が燃えているような赤い目を前にして、言葉に詰まった。
キングだけじゃない。スペードのクイーンは、こちらを仇のように睨み、その隣にいる可愛らしい女性からも、あからさまな敵意が向けられている。
後ろに立つスペードのジャックと軽薄そうな男性の視線が背中に鋭く刺さり、まさに針の筵のようだった。
俺達は、スペードの方々から信用されていない。
ごくりと唾を飲み込んだ。
何から言えばいい。ソフィアに襲われて、スペードの10が怪我をした。なぜソフィアの部下がその話を持ってきたのかと問われれば……スペードの10の部下になったからだ。そんな話、信じてもらえるのか?
「どうした。なぜ何も言わない。……まさか虚言だったのではないだろうな」
オーウェン様の鋭い詰問に、喉に痰が絡んだように言葉が出なくなり、まるで光明のように──そうだ、合言葉があった。と思った。
「ルーファスはララのドレスを選ぶ時に露出の高いのを選びたがったから却下して、ゼンがお化けが怖いからと寝室に潜り込んできたのは二週間前のこと。ノエルの彼女は貴族のミリエラちゃんで交際期間は一ヶ月、です!」
周りの観客の喧騒が潮が引くように静まり、まるで時が止まったようだった。
「…………このっ、最低男!!!」
「違っ、ちょっとした冗談だろ! ああ、くそっ……言うなっつったのにあのやろう……っ」
「うるさいうるさい、この変態! 寄るな、触るな!! 絶対あなたの選んだドレスなんて金輪際着てあげませんから!!」
「いや、そもそも一度も着てくれたことない……じゃなくて、ほんと悪かったって! ごめん! 頼むからそんなこと言うなよ、楽しみにしてんだから」
可愛らしい女性が大声で詰め寄り、両手を合わせたスペードのキングに宥められている。
「私がどれだけ心配したと思ってるんだ、あのバカ娘!! 今日という今日はもう許さんっ! 私が相手になってやる!!」
「おおお落ち着いてください、クイーン! 俺達はエルザやキングのような体力馬鹿ではないんですから、こんな高さから飛び降りたら怪我じゃ済みませんよ!!」
「ならば遠距離でやってやるまでだ!!」
「うわ、この一瞬でなんと見事な質量の岩を……ってそれどころじゃないっ、ここは堪えてください! あとでいくらでもやれますから!!」
貴賓席から広場を覗く柵に足をかけたスペードのクイーンの腰を、オーウェン様が必死に引き寄せ、二人の頭上に出現した両手を広げても届かないほどの大きさの岩が、無数の影によって押さえつけられている。
「どっどうしてエルザがミリエラのことを知ってるの……っ!?」
「なんだ、ノエル。知らなかったのか? ミリエラ嬢といえば、エルザのことをお姉様って呼んでよく懐いてる女の子だろ。外堀埋められてんなー」
「……あの変態アホ女……っエルザには近づくなって言っておいたのに!!」
「変態……? エルザに憧れてるだけの普通の女の子じゃねーか」
「ほんっとに擬態だけは上手いんだから……っ」
頭を振り乱すスペードのジャックは、軽薄そうな男性に揶揄われ、歯軋りしている。
腕を突かれて振り返れば、情けない顔をしたザックと目が合った。
「……助けてくれたオーウェン様もスペードの方々もすげー怖いって思ったけどさ……やっぱりあの人の所属する国だよな……」
未だ、騒ぐ六人に同時に目を向ける。
……とんでもない合言葉だとは思ったが、あらゆる意味で効果覿面過ぎだと思った。
「そうだな……」
これしか、返す言葉はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる