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第二章
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のそりのそりと真っ直ぐに歩いてくる巨体に、声を上げた。
「ベティ。おすわり!」
声を正確に聞き取り、大きなお尻はぺたりと床につく。
「エルザ」
「良い子ね、ベティ。次は、お手よ!」
「エルザ」
顔ほどの大きさの右前足が手のひらの上に乗る。さすがに教えたばかりだから、反応がいい。
おまけにどことなく大きな金色の目が、出来て偉いでしょと言っているようにも見えて、微笑ましい。
撫でてみてもいいですか、とララが近寄ってくるのをルーファスが抱き寄せるように止めたのが視界の端に見えた。その距離の近さには思わず首を傾げ──。
「エルザ!!」
「なによ、オーウェンったら。大きな声出して」
慌てた様子の恋人に、小首を傾げる。
「もう一つのお願いなら部屋でした方がいいんじゃないかな。だから早く戻ろう。……この、物騒なものは早く元の場所に戻してください」
この、とベティを指差さし、後半はアリーに向けて言われた。
「何言ってるの。もう一つのお願いがこの子なのに」
「…………お座りする虎の興行のお願いですよね……?」
「そのつもりで芸を仕込んだんだけど……なんだか可愛くなっちゃって。オーウェンと一緒に住む部屋で飼いたいなって」
「俺への相談は!!?」
異様な剣幕に思わず目を瞬く。しかし恋人の訴えは至極もっともだ。
「ごめんなさい。相談もなしにペットなんて飼ったらいけないわね」
「ペッ……そ、そうだな。相談は欲しいかな……」
なせだかそわそわとベティへ視線を向けるオーウェンの手を取った。
「……飼ってもいい?」
「もう少し小さい猫の方が良くはないかな。ほら、子猫を一緒に育てるのも楽しいだろう」
「子猫も可愛いとは思うけど、昔から大きな猫が好きだったのよ。メインクーンとか」
「……ならその猫の仔を飼おう。一緒に選んで名前をつけた仔猫ならきっと愛情も一入だ…………今のうちに早くこれを下げてください!」
またしても後半はアリーに向けて言われる。
額に手を当てたアリーは「お願いはなんでも聞くって言っちゃったのよね……」と途方に暮れたような声を出した。
このやり取りに、オーウェンはどうやらベティを飼うのは反対らしいと悟る。けど、檻に入れられて育っただろうベティを見捨てて帰るのはどうしても可哀想だった。懐いてくれているのもあるし、名残惜しい気持ちもある。
「でもね、オーウェン。なんだかこの子、寂しい目をしていると思わない?」
「…………食料を見る目の間違……いや、寂しくはないだろう。ほら、スタッフが可愛がっている虎を勝手に連れ帰ったら、それこそ可哀想じゃないか」
「大丈夫。恐れられていたから、その心配は皆無よ!」
「だろうな!!」
眉間を揉んだルーファスが落ち着けとばかりにオーウェンの肩を叩いた。
「あのな、エルザ。お前にいくら懐いてても、他の奴らに懐かないようならペットには出来ないんじゃないか」
「……それもそうね」
元は人食い虎な訳だし、私以外の言うことは聞かないかもしれない。
「だから、俺がお手をさせてみて、言うことを聞かないようなら諦めるってのはどうだ?」
ほんの少し考えて、頷いた。
ルーファスの言い分はもっともだし、オーウェンは涙目でルーファスに尊敬の眼差しを送っている。
これで言う事を聞かないようなら、潔く諦めよう。
しかしベティは思いの外優秀な虎だった。
ルーファスの掛け声に、手が隠れるほど大きなふさふさのお手手が、しっかりと乗ったのだった。
「……なかなか賢いな。こいつ」
「キング! あなたまで気に入ってどうするんですか!!」
「あ、いや、言うことを聞くところを見ると、なんというか愛着が沸いてな……」
オーウェンは頭を抱えてゼンとレグに助けを求めるも、二人は諦めろとばかりに首を振った。
最後の手段とばかりにオーウェンが縋ったのは──。
「ノエル! あなたからもエルザを説得してください!!」
「えー。僕が?」
「あなたのお願いならエルザは必ず聞いてくださいます。後生ですのでどうか……!」
拝まれたノエルは可愛く首を傾げてわずかに考えるそぶりを見せたのち、にっこりと笑った。
「エルザの猫ちゃん、可愛いねぇ」
「この裏切り者……っしまった! 敬語か!!」
……随分仲良くなったなぁ。
そっと取り乱す恋人に声をかけた。
「オーウェンもお手をさせてみればいいじゃない。なかなか可愛いものよ」
「お断りします!! 俺は自分の手にまだ未練がある!!」
かじられる前提なんだからなぁ、もう。
※
オーウェンがエルザの説得に苦慮する姿をハラハラと見守っていたグレンとザックは、どうやらオーウェンに分が悪いと悟り、目を見合わせた。
オーウェンは危ないところを助けてくれた、恩人だ。……いやそもそも先に助けてくれたのはエルザだが、この場合においてどちらに味方するべきかははっきりしていた。
決意を示すように頷くと、二人で同時に新しく出来た上官に声をかけた。
「「エルザ様」」
振り返った上官は、やや不満げな顔を見せた。
「なんだか他人行儀ねぇ……」
「これで勘弁してください。さすがに呼び捨てになんて出来ないよ」
グレンの哀願に、エルザは仕方ないかと諦めた様子だった。
「どうかしたの?」
グレンとザックは同じ動きで唾をごくりと飲み込んだ。
「あ、あのさ。ダイヤの子供って、母親にベティで脅されて育つんだよ。言うこと聞かないと、ベティが食べに来るぞって」
「だから、スペードの城にベティを連れ帰られると……俺達、少し怖いかなと、思うのですが……」
ダイヤの元兵士二人の言葉に、エルザは目を丸くした。
「そうなのね……」
口元に手を当て、逡巡したのち──。
「二人が怖いなら仕方ないわね。置いていくわ」
周囲の者達からドッと力が抜けた音がしたようだった。
グレンとザックもホッと息を吐いたが、突然、二人の手がガシリと取られた。
「あの人の説得が出来るなんて、なんて優秀な人材だ……っ心から感謝する。これからも頼りにしているからな!」
オーウェンだった。
感激に目元を潤ませたオーウェンは、新しく出来た上司の部下、つまるところ自らの部下とも言える二人を、心から歓迎したのだった。
「あの人の説得が一番の仕事なのかな……」
「俺、選択間違えてないよなぁ……」
一抹の不安を覚えるグレンとザックだが、もはや逃げることなど許されていない。
※
ベディの後ろ姿を名残惜しく見守り、さてそれじゃあ部屋に戻るかとなった時。
こちらに駆け寄ってくる人物を見つけた周囲の纏う空気が一変した。
「エルザ……待ってくれ。話したいことがある」
息を切らしもせずに走り寄ってきたのは
ダイヤのジャック──ジェイクだった。
「なに、ジェイク。何かご用?」
自然と私の声も、冷めたものになった。
その私の様子を察したらしいジェイクは、表情を歪ませて、勢い良く地面に膝をついて頭を下げた。
「エルザ……た、頼みがある! どうか、ソフィアに慈悲をやってはもらえんだろうか!」
姿を見た時から嫌な予感はしていたが、やはりあの女のことだったらしい。せっかく楽しい時間を過ごしていたのに。これはあとで癒しが必要だわ。
「深く反省して、今も泣いているんだ。もうこのようなことがないよう、俺が必ず監督する。だから頼む! 寛大な処罰を」
「お断りします。そもそも、ダイヤのキングはソフィアとは誰も面会してはならないと命令を出しているはずでしょう? 自国のキングの命令は随分と軽く破れるものなのね。本当に。スペードでは考えられないわ」
お風呂に入っていた時にアリーが教えてくれた。ソフィアは私が入れられていた地下牢に放り込んでいて、何人も接見してはならないと命令を出しておいたと。
初めから私に謝罪しにきてくれたテディや、反省して自ら牢まで来てくれたアリーはともかく、未だソフィアに騙されているこのバカな男を許す気はさらさらなかった。
「ダイヤのジャック。あなたにも賠償を要求するわ。スペードの私達全員、あなたに鈴を付けます。ダイヤのジャックで居続けるかどうかはアリーが決めること。けど、あなたを野放しにしておく気はないの。なぜなら──」
ちらりとルーファスへと視線を向けると、厳しい表情で首肯された。
お前の好きにしろ、かな。それとも私の考えはお見通しなのかもしれない。
「ソフィアはスペードで投獄し、監視します。異論は一切認めません。いいですね、ダイヤのキング」
「スペードの10の決定に従います。我が国のジャックが、本当にご迷惑をおかけしたわ。ごめんなさい」
また膝をつこうとするアリーを止めた。アリーに関してはもう罰は伝えてあるから、しなくていい。
ソフィアをダイヤに置いていくことは、はじめから考えていなかった。なぜならあの女には、ダイヤで一番強い男が味方についている。目を離すのは危険すぎる。
けどスペードで投獄したとしても、ジェイクが単身であの女を助けに乗り込んで来ないとも限らない。鈴をつけるのは必須事項だった。──本来、鈴を付けて監視されるのは罪を償ったものの再犯の疑いのある者だけだ。これを賠償の一つに指定するほど、友人だったダイヤのジャックは私達からの信用を失った。と暗に示したのだ。
ジェイクは思い詰めた表情ですっくと立ち上がった。
こうして目の前に立たれると、二メートルはあるだろう背丈は大きくて圧迫感がある。
緊張が高まる中、脂汗を滲ませたジェイクの右手が腰へと、腰にある剣へと動いた。即座に魔力を巡らせ迎撃の態勢を取ったところで──ジェイクの手が動きを止めた。
「エルザの……右手の怪我は、ソフィアが負わせたもの、だったな……」
ほとんど泣きそうな声で、言われた。ジェイクの潤んだ目は私の右手をまっすぐに見つめている。
「ええ。利き手を怪我させられて、困ってるわ」
「……剣士の利き手に、怪我を、させたんだな」
そう呟いて、ジェイクは膝から崩れ落ちた。俯き、地面にぽつぽつと染みが出来る。
「……スペードの10の決定に、従う。……すまなかった……」
静かに滴を落とすジェイクは、ダイヤのジャックだ。
利き手の怪我なんて、酷ければ二度と剣が握れないこともある。剣を持って戦う私達が最も避けなければならないことだと分かっているジェイクに、これ以上ソフィアを庇うことなんて出来なかったのかもしれない。
私の怪我の理由は、ソフィアの凶刃からダイヤの兵士を守ってのものだったのだから。
ほんの少し、語調を緩めた。
「アリーやテディと、もっとよくお話ししなさい。馬鹿なあなたのいい相談相手になるはずよ。あなたが喜ぶことしか言わないソフィアと違ってね」
ちらりとダイヤの主従に目を向けると一人は力強く頷き、もう一人は深く頭を下げた。
こうして私の不本意なダイヤ滞在は幕を下ろし、無事にスペードへと帰ることが出来たのだった。
新しく出来た、可愛い部下をお土産に。
「ベティ。おすわり!」
声を正確に聞き取り、大きなお尻はぺたりと床につく。
「エルザ」
「良い子ね、ベティ。次は、お手よ!」
「エルザ」
顔ほどの大きさの右前足が手のひらの上に乗る。さすがに教えたばかりだから、反応がいい。
おまけにどことなく大きな金色の目が、出来て偉いでしょと言っているようにも見えて、微笑ましい。
撫でてみてもいいですか、とララが近寄ってくるのをルーファスが抱き寄せるように止めたのが視界の端に見えた。その距離の近さには思わず首を傾げ──。
「エルザ!!」
「なによ、オーウェンったら。大きな声出して」
慌てた様子の恋人に、小首を傾げる。
「もう一つのお願いなら部屋でした方がいいんじゃないかな。だから早く戻ろう。……この、物騒なものは早く元の場所に戻してください」
この、とベティを指差さし、後半はアリーに向けて言われた。
「何言ってるの。もう一つのお願いがこの子なのに」
「…………お座りする虎の興行のお願いですよね……?」
「そのつもりで芸を仕込んだんだけど……なんだか可愛くなっちゃって。オーウェンと一緒に住む部屋で飼いたいなって」
「俺への相談は!!?」
異様な剣幕に思わず目を瞬く。しかし恋人の訴えは至極もっともだ。
「ごめんなさい。相談もなしにペットなんて飼ったらいけないわね」
「ペッ……そ、そうだな。相談は欲しいかな……」
なせだかそわそわとベティへ視線を向けるオーウェンの手を取った。
「……飼ってもいい?」
「もう少し小さい猫の方が良くはないかな。ほら、子猫を一緒に育てるのも楽しいだろう」
「子猫も可愛いとは思うけど、昔から大きな猫が好きだったのよ。メインクーンとか」
「……ならその猫の仔を飼おう。一緒に選んで名前をつけた仔猫ならきっと愛情も一入だ…………今のうちに早くこれを下げてください!」
またしても後半はアリーに向けて言われる。
額に手を当てたアリーは「お願いはなんでも聞くって言っちゃったのよね……」と途方に暮れたような声を出した。
このやり取りに、オーウェンはどうやらベティを飼うのは反対らしいと悟る。けど、檻に入れられて育っただろうベティを見捨てて帰るのはどうしても可哀想だった。懐いてくれているのもあるし、名残惜しい気持ちもある。
「でもね、オーウェン。なんだかこの子、寂しい目をしていると思わない?」
「…………食料を見る目の間違……いや、寂しくはないだろう。ほら、スタッフが可愛がっている虎を勝手に連れ帰ったら、それこそ可哀想じゃないか」
「大丈夫。恐れられていたから、その心配は皆無よ!」
「だろうな!!」
眉間を揉んだルーファスが落ち着けとばかりにオーウェンの肩を叩いた。
「あのな、エルザ。お前にいくら懐いてても、他の奴らに懐かないようならペットには出来ないんじゃないか」
「……それもそうね」
元は人食い虎な訳だし、私以外の言うことは聞かないかもしれない。
「だから、俺がお手をさせてみて、言うことを聞かないようなら諦めるってのはどうだ?」
ほんの少し考えて、頷いた。
ルーファスの言い分はもっともだし、オーウェンは涙目でルーファスに尊敬の眼差しを送っている。
これで言う事を聞かないようなら、潔く諦めよう。
しかしベティは思いの外優秀な虎だった。
ルーファスの掛け声に、手が隠れるほど大きなふさふさのお手手が、しっかりと乗ったのだった。
「……なかなか賢いな。こいつ」
「キング! あなたまで気に入ってどうするんですか!!」
「あ、いや、言うことを聞くところを見ると、なんというか愛着が沸いてな……」
オーウェンは頭を抱えてゼンとレグに助けを求めるも、二人は諦めろとばかりに首を振った。
最後の手段とばかりにオーウェンが縋ったのは──。
「ノエル! あなたからもエルザを説得してください!!」
「えー。僕が?」
「あなたのお願いならエルザは必ず聞いてくださいます。後生ですのでどうか……!」
拝まれたノエルは可愛く首を傾げてわずかに考えるそぶりを見せたのち、にっこりと笑った。
「エルザの猫ちゃん、可愛いねぇ」
「この裏切り者……っしまった! 敬語か!!」
……随分仲良くなったなぁ。
そっと取り乱す恋人に声をかけた。
「オーウェンもお手をさせてみればいいじゃない。なかなか可愛いものよ」
「お断りします!! 俺は自分の手にまだ未練がある!!」
かじられる前提なんだからなぁ、もう。
※
オーウェンがエルザの説得に苦慮する姿をハラハラと見守っていたグレンとザックは、どうやらオーウェンに分が悪いと悟り、目を見合わせた。
オーウェンは危ないところを助けてくれた、恩人だ。……いやそもそも先に助けてくれたのはエルザだが、この場合においてどちらに味方するべきかははっきりしていた。
決意を示すように頷くと、二人で同時に新しく出来た上官に声をかけた。
「「エルザ様」」
振り返った上官は、やや不満げな顔を見せた。
「なんだか他人行儀ねぇ……」
「これで勘弁してください。さすがに呼び捨てになんて出来ないよ」
グレンの哀願に、エルザは仕方ないかと諦めた様子だった。
「どうかしたの?」
グレンとザックは同じ動きで唾をごくりと飲み込んだ。
「あ、あのさ。ダイヤの子供って、母親にベティで脅されて育つんだよ。言うこと聞かないと、ベティが食べに来るぞって」
「だから、スペードの城にベティを連れ帰られると……俺達、少し怖いかなと、思うのですが……」
ダイヤの元兵士二人の言葉に、エルザは目を丸くした。
「そうなのね……」
口元に手を当て、逡巡したのち──。
「二人が怖いなら仕方ないわね。置いていくわ」
周囲の者達からドッと力が抜けた音がしたようだった。
グレンとザックもホッと息を吐いたが、突然、二人の手がガシリと取られた。
「あの人の説得が出来るなんて、なんて優秀な人材だ……っ心から感謝する。これからも頼りにしているからな!」
オーウェンだった。
感激に目元を潤ませたオーウェンは、新しく出来た上司の部下、つまるところ自らの部下とも言える二人を、心から歓迎したのだった。
「あの人の説得が一番の仕事なのかな……」
「俺、選択間違えてないよなぁ……」
一抹の不安を覚えるグレンとザックだが、もはや逃げることなど許されていない。
※
ベディの後ろ姿を名残惜しく見守り、さてそれじゃあ部屋に戻るかとなった時。
こちらに駆け寄ってくる人物を見つけた周囲の纏う空気が一変した。
「エルザ……待ってくれ。話したいことがある」
息を切らしもせずに走り寄ってきたのは
ダイヤのジャック──ジェイクだった。
「なに、ジェイク。何かご用?」
自然と私の声も、冷めたものになった。
その私の様子を察したらしいジェイクは、表情を歪ませて、勢い良く地面に膝をついて頭を下げた。
「エルザ……た、頼みがある! どうか、ソフィアに慈悲をやってはもらえんだろうか!」
姿を見た時から嫌な予感はしていたが、やはりあの女のことだったらしい。せっかく楽しい時間を過ごしていたのに。これはあとで癒しが必要だわ。
「深く反省して、今も泣いているんだ。もうこのようなことがないよう、俺が必ず監督する。だから頼む! 寛大な処罰を」
「お断りします。そもそも、ダイヤのキングはソフィアとは誰も面会してはならないと命令を出しているはずでしょう? 自国のキングの命令は随分と軽く破れるものなのね。本当に。スペードでは考えられないわ」
お風呂に入っていた時にアリーが教えてくれた。ソフィアは私が入れられていた地下牢に放り込んでいて、何人も接見してはならないと命令を出しておいたと。
初めから私に謝罪しにきてくれたテディや、反省して自ら牢まで来てくれたアリーはともかく、未だソフィアに騙されているこのバカな男を許す気はさらさらなかった。
「ダイヤのジャック。あなたにも賠償を要求するわ。スペードの私達全員、あなたに鈴を付けます。ダイヤのジャックで居続けるかどうかはアリーが決めること。けど、あなたを野放しにしておく気はないの。なぜなら──」
ちらりとルーファスへと視線を向けると、厳しい表情で首肯された。
お前の好きにしろ、かな。それとも私の考えはお見通しなのかもしれない。
「ソフィアはスペードで投獄し、監視します。異論は一切認めません。いいですね、ダイヤのキング」
「スペードの10の決定に従います。我が国のジャックが、本当にご迷惑をおかけしたわ。ごめんなさい」
また膝をつこうとするアリーを止めた。アリーに関してはもう罰は伝えてあるから、しなくていい。
ソフィアをダイヤに置いていくことは、はじめから考えていなかった。なぜならあの女には、ダイヤで一番強い男が味方についている。目を離すのは危険すぎる。
けどスペードで投獄したとしても、ジェイクが単身であの女を助けに乗り込んで来ないとも限らない。鈴をつけるのは必須事項だった。──本来、鈴を付けて監視されるのは罪を償ったものの再犯の疑いのある者だけだ。これを賠償の一つに指定するほど、友人だったダイヤのジャックは私達からの信用を失った。と暗に示したのだ。
ジェイクは思い詰めた表情ですっくと立ち上がった。
こうして目の前に立たれると、二メートルはあるだろう背丈は大きくて圧迫感がある。
緊張が高まる中、脂汗を滲ませたジェイクの右手が腰へと、腰にある剣へと動いた。即座に魔力を巡らせ迎撃の態勢を取ったところで──ジェイクの手が動きを止めた。
「エルザの……右手の怪我は、ソフィアが負わせたもの、だったな……」
ほとんど泣きそうな声で、言われた。ジェイクの潤んだ目は私の右手をまっすぐに見つめている。
「ええ。利き手を怪我させられて、困ってるわ」
「……剣士の利き手に、怪我を、させたんだな」
そう呟いて、ジェイクは膝から崩れ落ちた。俯き、地面にぽつぽつと染みが出来る。
「……スペードの10の決定に、従う。……すまなかった……」
静かに滴を落とすジェイクは、ダイヤのジャックだ。
利き手の怪我なんて、酷ければ二度と剣が握れないこともある。剣を持って戦う私達が最も避けなければならないことだと分かっているジェイクに、これ以上ソフィアを庇うことなんて出来なかったのかもしれない。
私の怪我の理由は、ソフィアの凶刃からダイヤの兵士を守ってのものだったのだから。
ほんの少し、語調を緩めた。
「アリーやテディと、もっとよくお話ししなさい。馬鹿なあなたのいい相談相手になるはずよ。あなたが喜ぶことしか言わないソフィアと違ってね」
ちらりとダイヤの主従に目を向けると一人は力強く頷き、もう一人は深く頭を下げた。
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