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9.死神は嗤うか?
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ゆったりと、言葉を区切りながら男が声をかけ口の端で嗤う。
しかし、まったく目が笑ってない。
笑ってないどころか、今にも殺しかねないほど怒っている。
「ひぃいいい!! すみません! すみません! 払います!」
男の声を聴いた瞬間。右足を骨折しているであろう男は。すさまじい勢いで飛び跳ね、その場で土下座し謝罪する。絶叫するほど足が痛かっただろうに。それ以上に、目の前の男におびえているようだ。
両手を合わせ、天高く掲げるすがたは、まるで礼拝をしているよう。
「そういってトンズラこいた野郎が何ほざいてやがる」
「すみませ……本当に今度こそは……!!」
「知らねぇな」
口調は荒々しいが声はどっしりとした重低音で落ち着き払っている。
だからこそ、骨身に染みる様なその声が怖くて、恐ろしい。まるで死神を目の前にしているかのような圧と、死刑宣告を受ける直前のような空気感。おそらく待っているのは地獄だろうが、その底が見えない恐怖。
「……施設に親が入っていたな?」
「払います!! 本当に払いますから!! 母親にだけは……!」
「その足でか?」
「マグロ漁船乗れないんじゃ、臓器売るとか、そういった方法しかないですけど払えるんですか?」
ついにはアットホーム男までも世間話のように加わってくる。
骨折した男はもう顔面蒼白で見てられないくらいに震えていた。
「詳しい話は事務所で聞きましょう。足も大変なことなってますし」
そう言うと、アットホーム男がいったん話を区切り、男を引きずりながら道路の方へ向って言った。骨折男は、右足をだらんと引きずりながら、人形のように動かなくなっていた。
「――川崎止めたのは、お前か?」
「………へ?」
任侠映画のような一連の様子を、心ここにあらず状態で傍観していただけに突然話しかけられた楓はまともな反応が返せなかった。
見上げると、先ほどのヤクザが骨折男を見送りながらこちらに歩いてくる。
あ、死ぬ。
そう直感した楓は、今度こそ走って逃げようと地に着いた手に力を込めた。男が拉致される決定的な現場をみてしまった自分は処分されるに違いない。そう思うのに、足が動かない。
そうこうしているうちに、男は目の前まで迫っていた。
見るからにハイブランドそうなスーツに、ピカピカに輝くトカゲ革の革靴。黒の濃淡だけでまとめあげたようなスーツとがっしりとした大柄な体。
目をそらしたくなるほど、全方位隙の無い完璧なヤクザ。
顔もさぞ極悪なんだろう、と思っていたが、傘から除いたその顔は意外にも、どこかの俳優かと見違えそうなほどの整った顔立ちだった。
外国人のように高い鼻梁に、黒髪をオールバックに流している。なんというか大人の色気にあふれたような男だった。男は楓に話しかけながらも楓をみることはなく、ずっと連行される骨折男を目で追っている。
「……安心しろ、殺したりはしねぇよ」
楓の雰囲気から察したのか、一番恐れていたことを否定してくれた。
「助かった、礼をいう」
どう反応していいかわからなかった。
どんな経緯であれ、偶然であれ。あの骨折男を足止めしたのは自分であり、この男たちはそれに対して感謝している。
しかし、あの骨折男が今後どんな目に合うのかを考えると素直に喜べるはずがない。
「社長~! 早くしてください!」
複雑な心境でいると、アットホーム男が骨折男を車の荷台に適当に詰め込みながらこちらを振り返っていた―――そんなに詰め込んだら右足がさらに変な方向に折れる! と、骨折男がこれ以上負傷しないか不安で目が離せない。
そして、隣に立つやくざも同様に動かない。
いや、ヤクザじゃなくて社長なのか?
どちらにしろ、車を見つめるだけで一向に動かない男に、ついにアットホーム男が痺れを切らしたように声をあげた。
「黒馬社長! 行きますよ!」
その名前に、息が止まる。
今度こそ、凝視するように社長と呼ばれた男を見た。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
よく考えたらこの声。この靴。ましてや黒馬なんて名前、同姓なんてそうそういるもんじゃない。
間違いない。
先日、父に会いにきた謎の男・黒馬、その人じゃないか。
しかし、まったく目が笑ってない。
笑ってないどころか、今にも殺しかねないほど怒っている。
「ひぃいいい!! すみません! すみません! 払います!」
男の声を聴いた瞬間。右足を骨折しているであろう男は。すさまじい勢いで飛び跳ね、その場で土下座し謝罪する。絶叫するほど足が痛かっただろうに。それ以上に、目の前の男におびえているようだ。
両手を合わせ、天高く掲げるすがたは、まるで礼拝をしているよう。
「そういってトンズラこいた野郎が何ほざいてやがる」
「すみませ……本当に今度こそは……!!」
「知らねぇな」
口調は荒々しいが声はどっしりとした重低音で落ち着き払っている。
だからこそ、骨身に染みる様なその声が怖くて、恐ろしい。まるで死神を目の前にしているかのような圧と、死刑宣告を受ける直前のような空気感。おそらく待っているのは地獄だろうが、その底が見えない恐怖。
「……施設に親が入っていたな?」
「払います!! 本当に払いますから!! 母親にだけは……!」
「その足でか?」
「マグロ漁船乗れないんじゃ、臓器売るとか、そういった方法しかないですけど払えるんですか?」
ついにはアットホーム男までも世間話のように加わってくる。
骨折した男はもう顔面蒼白で見てられないくらいに震えていた。
「詳しい話は事務所で聞きましょう。足も大変なことなってますし」
そう言うと、アットホーム男がいったん話を区切り、男を引きずりながら道路の方へ向って言った。骨折男は、右足をだらんと引きずりながら、人形のように動かなくなっていた。
「――川崎止めたのは、お前か?」
「………へ?」
任侠映画のような一連の様子を、心ここにあらず状態で傍観していただけに突然話しかけられた楓はまともな反応が返せなかった。
見上げると、先ほどのヤクザが骨折男を見送りながらこちらに歩いてくる。
あ、死ぬ。
そう直感した楓は、今度こそ走って逃げようと地に着いた手に力を込めた。男が拉致される決定的な現場をみてしまった自分は処分されるに違いない。そう思うのに、足が動かない。
そうこうしているうちに、男は目の前まで迫っていた。
見るからにハイブランドそうなスーツに、ピカピカに輝くトカゲ革の革靴。黒の濃淡だけでまとめあげたようなスーツとがっしりとした大柄な体。
目をそらしたくなるほど、全方位隙の無い完璧なヤクザ。
顔もさぞ極悪なんだろう、と思っていたが、傘から除いたその顔は意外にも、どこかの俳優かと見違えそうなほどの整った顔立ちだった。
外国人のように高い鼻梁に、黒髪をオールバックに流している。なんというか大人の色気にあふれたような男だった。男は楓に話しかけながらも楓をみることはなく、ずっと連行される骨折男を目で追っている。
「……安心しろ、殺したりはしねぇよ」
楓の雰囲気から察したのか、一番恐れていたことを否定してくれた。
「助かった、礼をいう」
どう反応していいかわからなかった。
どんな経緯であれ、偶然であれ。あの骨折男を足止めしたのは自分であり、この男たちはそれに対して感謝している。
しかし、あの骨折男が今後どんな目に合うのかを考えると素直に喜べるはずがない。
「社長~! 早くしてください!」
複雑な心境でいると、アットホーム男が骨折男を車の荷台に適当に詰め込みながらこちらを振り返っていた―――そんなに詰め込んだら右足がさらに変な方向に折れる! と、骨折男がこれ以上負傷しないか不安で目が離せない。
そして、隣に立つやくざも同様に動かない。
いや、ヤクザじゃなくて社長なのか?
どちらにしろ、車を見つめるだけで一向に動かない男に、ついにアットホーム男が痺れを切らしたように声をあげた。
「黒馬社長! 行きますよ!」
その名前に、息が止まる。
今度こそ、凝視するように社長と呼ばれた男を見た。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
よく考えたらこの声。この靴。ましてや黒馬なんて名前、同姓なんてそうそういるもんじゃない。
間違いない。
先日、父に会いにきた謎の男・黒馬、その人じゃないか。
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