上 下
1 / 1

🦻

しおりを挟む
友人に宛てた手紙の添削をしてもらう約束を思い出し彼に渡すと、彼は眼鏡を外しながら便箋に目を落とした。
外した眼鏡の弦先を唇に当て、それは唇にめり込んだ。少しづつ口の中に入って、齧っている?どきりとした。なんだかいやらしい。自分の耳の裏を舐めているのと同じではないか。
彼はほのかに眉を寄せ、手紙を読み込んでこう言った。
「詩がない。君の文には説明しかない。これなら箇条書きとなんら変わらない。しかも字が薄すぎる」
最後の行まで使い切った、我ながら完成度の高い手紙だと思ったのに彼の小言は果てしなく続き、添削をさせろと言い出したのは彼のほうなのに、これ以上屈辱を受けるのが馬鹿らしくなって便箋を取り上げた。
言い掛かりの最後のほうはよく聞こえなかったが、レターセットの趣味がどうの、一枚にこうびっしりじゃ品がないだの言いたい放題の呟きをばら撒き始めた。
「君ねえ。人の手紙を読んでおいてそれはないんじゃないの。しかもさあ、眼鏡舐める?おいしい、それ。」
まるで爺さんみたいだと言おうとしてやめた。思えば彼とはいつもこんな言い争いをしている。
「癖じゃん。それに僕は耳が好きなんだ」
したり顔で口角をゆがませる。
人のでなくてもいいんだ。そうか君は人の耳が好きなんじゃなくて、耳という器官にまつわるものならそれが自分のであろうと、実際の耳でなかろうといいわけだ。とんだ耳博愛主義者だ。
彼はテーブルに開いたままの眼鏡を置き、すっと流れるように近づいてこちらの後ろ髪を掴み耳許で囁く。
「一番好きなのは、こうやって誰かの耳の感触を愉しむことかな。今は君の耳が好きだ」
耳たぶを噛みながら口に入れたり出したり軟骨を舌でなぞったりされると、生暖かい息とそれが通過する音が耳とは違う場所を擽り、お尻の割れ目に鳥肌がはしった。
そのまま身を任せるとふと動きが途絶え、手にしていた手紙がしわくちゃになっているのに気づく。急に恥ずかしくなって震えていると彼はかすかに笑い、
「箇条書き結構。詩を贈るような相手じゃないんだろ。そのまま出せ」
そう言って眼鏡をかけ直した。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...