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第一章 結婚は人生の墓場と言うが
魔法大国アスファロス
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アスファロスという国は、一人の偉大な魔導師によって創り上げられた魔法帝国だ。
かつてこの大陸に住む人々はもっと長命で、様々な魔法を使いこなしたらしい。
しかし建国から何百年も経過した現在では、魔法の使い手は少なくなり、魔力そのものを持たない人間も増えてきた。
グレウス・ロアも魔力を持たない『無能者』と呼ばれる人間の一人だ。
だが幸いなことに医者が驚くほど身体頑健で、体格は人並外れて大きく育ち、体力も腕力も有り余っている。
十五の歳に見習い騎士として騎士団に入ったのがきっかけで、平民出身としては異例の出世を遂げ、花形である近衛騎士団の一員になることもできた。
――しかしグレウスの幸運は、そこで尽き果ててしまったらしい。
「……陛下から直々のお召しとは、いったい何でしょう」
慣れない場所に大きな体を丸めて歩きながら、グレウスは前を歩く騎士団長の背に話しかけた。
いつもの通り兵舎から出勤して訓練に励んでいたところ、グレウスを探して騎士団長のカッツェがやってきた。
カッツェは近衛騎士団全体を纏める長だ。一方グレウスは役職なしのヒラの近衛騎士で、直接話した機会はそう多くない。
何事だろうかと身構えるグレウスに、カッツェは『皇帝陛下のお召しがあった。今すぐ謁見の間に参るように』と告げた。
しかし謁見の間の場所がわからなかったので、当のカッツェに案内をしてもらっているところだ。
それにしても、貴族出身の団長や役職持ちの小隊長たちならいざ知らず、自分に何の用があるのだろう。
グレウスには、自分が皇帝陛下直々の呼び出しを受ける理由がさっぱりわからない。
不安のあまり訊ねてみたが、カッツェも事情は知らないようだ。
「何だろうな。夏の件も、あれから特に進展がないと聞いてるんだが……」
爵位持ちの割に気取らない性格のカッツェは、首を傾げながら答えた。
ここ最近の城で起こった大事件と言えば、夏至の祭典のときに起こった花火事故が一番に挙げられる。
祝いのために用意されていた花火が、中庭での式典中に次々と暴発して、負傷者が多数出た。
表向きは花火職人の不手際ということになっているが、当の職人たちが爆発で死んでいるため、真相は明らかになっていない。
皇族の暗殺を狙ったものではないかという説も囁かれているが、平民のグレウスにとっては、どちらにしても雲の上の話である。
それよりも気にかかることと言えば――。
「……もしかして、治療費の請求では……」
ビクビクしながら、グレウスは上官の背に問いかけた。
例の花火事故の際、皇族の避難誘導に当たっていたグレウスは、間近で花火の暴発に巻き込まれ、大火傷を負ってしまった。
治癒魔法の効きが悪く、『今夜が峠だ』と言われて、街で鍛冶屋を営む弟が王城の治癒室に呼ばれたほどだった。
が、翌朝にはすっかり回復して、三日ほどで職務にも復帰できた。
治療師たちも驚いてはいたが、高価な薬を惜しみなく使ってくれたらしいので、その効果が遅れて出たのだろう。
その時の薬代を請求されるのではないかと、グレウスは心配していた。
命には代えられないが、騎士としての給金は兵舎での食事代と実家への仕送りでほとんどが消えている。薬草の類は高価だと聞くので、払えと言われても先立つものがない。
妙に不安そうな様子のグレウスに、カッツェは合点がいったとばかりに笑った。
「それはないから安心しろ。治療費は国庫から全額出たそうだ。それに、もし請求されたとしても、そのくらいは俺がなんとかしてやる」
太っ腹な上官の言葉に、グレウスも肩の力を抜いた。
あの事故では、近衛騎士団からはかなりの負傷者が出た。
とはいえ、精鋭揃いの近衛騎士団に死者はいない。数名は後遺症が残るとのことで騎士団を脱退したが、その他の者は全員職務に復帰している。大半の者は怪我の程度も軽く、治療師の奮闘もあって火傷の跡さえ残らなかった。
残念ながら、グレウスは額に大きな火傷の跡を残してしまった。
グレウスは体が大きい。『灰色熊』のようだと揶揄われるくらいだ。
それに加えて、火傷のせいで厳つかった風体が一段と凶悪さを増してしまい、見舞いに来た実の弟が真顔で『顔が怖すぎるから、暫く実家には帰ってこないで』と言ったほどだ。女子供が泣いて逃げ出しそうなくらい恐ろしいらしい。
これで高額の治療費を請求されでもしたら、泣き面に蜂どころではない。
しかし、治療費の話でもないとすると。
「もしかして戦争が近い、とか……?」
商人の間では、近頃国境がきな臭いという噂が囁かれているらしい。
街の鍛冶屋であるグレウスの実家や、隣の宿屋の老夫婦にもそういった情報は入ってきているようだ。
かつては大陸全土を統べる魔法帝国だったアスファロスだが、今は独立を果たしたかつての属国に国境を脅かされている。魔法に頼りきりだった分、築城技術や産業が周辺国に比べて遅れたことが主な原因だ。
城のあるこの帝都では、何代か前の皇帝が築いた城壁と堀が辛うじて残っている。
近衛を初めとする中央の騎士団には、貴族の子弟出身者も多い。魔法に長けた精鋭が多数存在する。滅多なことでは攻め落とされることもないだろう。
しかし反面、地方の守りはあってないようなものだとも聞く。
今は近衛騎士として都で奉仕しているが、魔法を使えないことや屈強な肉体と回復力を考えると、自分は国境の警備にでも配置されるべきかもしれない。――グレウスはそんなことを考えた。
「さぁな……そうかもしれんが、もしも戦が始まるなら軍の在り方を根本的に見直さなくちゃならんだろう。お前ひとりを呼び出す話じゃない」
歩きながら答えた騎士団長の手は、内心の懸念を現わすかのように腰の剣に添えられていた。
かつてこの大陸に住む人々はもっと長命で、様々な魔法を使いこなしたらしい。
しかし建国から何百年も経過した現在では、魔法の使い手は少なくなり、魔力そのものを持たない人間も増えてきた。
グレウス・ロアも魔力を持たない『無能者』と呼ばれる人間の一人だ。
だが幸いなことに医者が驚くほど身体頑健で、体格は人並外れて大きく育ち、体力も腕力も有り余っている。
十五の歳に見習い騎士として騎士団に入ったのがきっかけで、平民出身としては異例の出世を遂げ、花形である近衛騎士団の一員になることもできた。
――しかしグレウスの幸運は、そこで尽き果ててしまったらしい。
「……陛下から直々のお召しとは、いったい何でしょう」
慣れない場所に大きな体を丸めて歩きながら、グレウスは前を歩く騎士団長の背に話しかけた。
いつもの通り兵舎から出勤して訓練に励んでいたところ、グレウスを探して騎士団長のカッツェがやってきた。
カッツェは近衛騎士団全体を纏める長だ。一方グレウスは役職なしのヒラの近衛騎士で、直接話した機会はそう多くない。
何事だろうかと身構えるグレウスに、カッツェは『皇帝陛下のお召しがあった。今すぐ謁見の間に参るように』と告げた。
しかし謁見の間の場所がわからなかったので、当のカッツェに案内をしてもらっているところだ。
それにしても、貴族出身の団長や役職持ちの小隊長たちならいざ知らず、自分に何の用があるのだろう。
グレウスには、自分が皇帝陛下直々の呼び出しを受ける理由がさっぱりわからない。
不安のあまり訊ねてみたが、カッツェも事情は知らないようだ。
「何だろうな。夏の件も、あれから特に進展がないと聞いてるんだが……」
爵位持ちの割に気取らない性格のカッツェは、首を傾げながら答えた。
ここ最近の城で起こった大事件と言えば、夏至の祭典のときに起こった花火事故が一番に挙げられる。
祝いのために用意されていた花火が、中庭での式典中に次々と暴発して、負傷者が多数出た。
表向きは花火職人の不手際ということになっているが、当の職人たちが爆発で死んでいるため、真相は明らかになっていない。
皇族の暗殺を狙ったものではないかという説も囁かれているが、平民のグレウスにとっては、どちらにしても雲の上の話である。
それよりも気にかかることと言えば――。
「……もしかして、治療費の請求では……」
ビクビクしながら、グレウスは上官の背に問いかけた。
例の花火事故の際、皇族の避難誘導に当たっていたグレウスは、間近で花火の暴発に巻き込まれ、大火傷を負ってしまった。
治癒魔法の効きが悪く、『今夜が峠だ』と言われて、街で鍛冶屋を営む弟が王城の治癒室に呼ばれたほどだった。
が、翌朝にはすっかり回復して、三日ほどで職務にも復帰できた。
治療師たちも驚いてはいたが、高価な薬を惜しみなく使ってくれたらしいので、その効果が遅れて出たのだろう。
その時の薬代を請求されるのではないかと、グレウスは心配していた。
命には代えられないが、騎士としての給金は兵舎での食事代と実家への仕送りでほとんどが消えている。薬草の類は高価だと聞くので、払えと言われても先立つものがない。
妙に不安そうな様子のグレウスに、カッツェは合点がいったとばかりに笑った。
「それはないから安心しろ。治療費は国庫から全額出たそうだ。それに、もし請求されたとしても、そのくらいは俺がなんとかしてやる」
太っ腹な上官の言葉に、グレウスも肩の力を抜いた。
あの事故では、近衛騎士団からはかなりの負傷者が出た。
とはいえ、精鋭揃いの近衛騎士団に死者はいない。数名は後遺症が残るとのことで騎士団を脱退したが、その他の者は全員職務に復帰している。大半の者は怪我の程度も軽く、治療師の奮闘もあって火傷の跡さえ残らなかった。
残念ながら、グレウスは額に大きな火傷の跡を残してしまった。
グレウスは体が大きい。『灰色熊』のようだと揶揄われるくらいだ。
それに加えて、火傷のせいで厳つかった風体が一段と凶悪さを増してしまい、見舞いに来た実の弟が真顔で『顔が怖すぎるから、暫く実家には帰ってこないで』と言ったほどだ。女子供が泣いて逃げ出しそうなくらい恐ろしいらしい。
これで高額の治療費を請求されでもしたら、泣き面に蜂どころではない。
しかし、治療費の話でもないとすると。
「もしかして戦争が近い、とか……?」
商人の間では、近頃国境がきな臭いという噂が囁かれているらしい。
街の鍛冶屋であるグレウスの実家や、隣の宿屋の老夫婦にもそういった情報は入ってきているようだ。
かつては大陸全土を統べる魔法帝国だったアスファロスだが、今は独立を果たしたかつての属国に国境を脅かされている。魔法に頼りきりだった分、築城技術や産業が周辺国に比べて遅れたことが主な原因だ。
城のあるこの帝都では、何代か前の皇帝が築いた城壁と堀が辛うじて残っている。
近衛を初めとする中央の騎士団には、貴族の子弟出身者も多い。魔法に長けた精鋭が多数存在する。滅多なことでは攻め落とされることもないだろう。
しかし反面、地方の守りはあってないようなものだとも聞く。
今は近衛騎士として都で奉仕しているが、魔法を使えないことや屈強な肉体と回復力を考えると、自分は国境の警備にでも配置されるべきかもしれない。――グレウスはそんなことを考えた。
「さぁな……そうかもしれんが、もしも戦が始まるなら軍の在り方を根本的に見直さなくちゃならんだろう。お前ひとりを呼び出す話じゃない」
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