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第二章 とんでもない相手を好きになり
情事の合図
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帰宅していきなり機嫌を損ねてしまったが、こういう時には温もりを分かち合うに限る。
肌と肌との触れ合いを、オルガは存外嫌がらない。
グレウスは伴侶の体を抱き寄せたまま、手近な椅子に腰かけた。横抱きにして、すらりとした長身を膝の上に座らせる。
オルガは決して小さくも華奢でもなかったが、大柄なグレウスの腕の中に収まるにはちょうどいい大きさだ。
膝の上に乗せると自然な様子で肩に腕が回され、グレウスはその頬に口づけした。
「俺や騎士団を心配してくださったんですね。ありがとうございます」
抱き寄せて背を撫でると、不満そうな表情ではあるものの、オルガはそっとグレウスの胸に凭れかかってきた。
「心配などしていない。あれしきのことで怪我をするような間抜けでは、そうそう近衛など務まるまい」
高貴な生まれのはずなのに、オルガは時々街の若者のように口が悪い。それにかなりのへそ曲がりだ。
突き放すような冷たい口調で言うくせに、いつの間にか、グレウスの手はひやりとしたオルガの手に握られていた。心配して腹を立てていたのだと、その仕草が伝えてくる。
グレウスはそれに気づくと、手首を返し指と指とを絡めて握った。
不機嫌そうに見下ろすオルガに、安心させるように笑いかける。
「貴方の名誉のためにも、あれしきのことで怪我をしたりはしません」
グレウスは言った。
実際のところ、肉弾戦でグレウスの右に出る者はいない。
『灰色熊』とあだ名される大きな体を持つグレウスは、魔法をまったく使えない代わりに、剣技は近衛の中で一、二を争う武勇者だ。
思わぬ形で出世して副団長になったが、その地位に相応しい騎士であれるように努力も続けている。
美しく聡明な伴侶が、自分のせいで後ろ指を指されるのは耐えがたいからだ。
「オルガ……」
請うように唇を寄せると、年上の伴侶は躊躇う素振りもなく唇を合わせてくれた。
優しく唇を吸い、開いた唇から舌を触れ合わせる。
戯れるような口づけは、すぐに熱のこもった睦み合いへと変わっていく――。
サラサラと頬を擽る冷たい髪が心地よかった。
繋ぎ合わせた手の、時折指に力が入る感触も。
オルガと結婚するまでは、年上の男性にこんな思いを抱く日が来るとは、考えもしなかった。
理知的な物言いや居丈高な口調、低く落ち着いた声、程よく鍛えられた長い手足。
美しいと感嘆こそすれ、可愛らしいと思う要素など欠片もなさそうなのに、今ではオルガのすべてが愛らしく見えて仕方がない。
初対面の相手が必ず二度見するグレウスの大きな体に、オルガは何の躊躇もなく身を預けてくれる。グレウスの硬い灰色の髪に手を触れ、肩に頭を凭れさせて眠りもする。
一日に何度も手を握り、頬を触れ合わせ、顔を傾けて口づけを交わす。
躊躇いがちなグレウスの手を取って、名工の手になる芸術品のような体に触れさせて――。
「……オルガ……その……」
唇を離したグレウスは、間近にある白い美貌を見つめながら、申し訳なさそうに口を開いた。
今日は出勤前にも一勝負を挑んだというのに、ズボンの中が窮屈さを訴える。
まるで盛りのついた獣かと自分でも嫌になるが、唯一の救いは、オルガがそれを嫌ってはいないことだ。
「なんだ? グレウス……私が欲しくなったのか?」
淡く色づいた唇で、オルガが蠱惑的に笑ってみせた。玲瓏たる冴えた美貌が、妖艶な魔性のそれへと変わる瞬間だ。
「ここをこんなに滾らせて」
「ぅ……ッ」
ズボンの上からその部分を撫でられて、グレウスは小さな悲鳴を上げた。
グレウスはもともと性欲旺盛なのだが、ありがたいことに、オルガもまた交わることに積極的だ。
挙式の夜から一か月ほどが経つが、いまだに一夜たりとも肌を合わせずに眠った夜はない。
それどころか今日のように朝から情を交わして出る日も少なくなかった。
だというのに、グレウスの体はまたオルガを欲している。
「まったくお前は獣のように猛々しい。こんなに大きくして、私を壊してしまうつもりか……?」
「……ッ、……ッ、く……!」
流れるような文字を描く指、薬草の種を選り分ける指先が――。今はいきり立つグレウスの牡を撫で上げる。
宥めようとしているのか、それとも煽って大きく育てようとしているのか。
顔を真っ赤にして奥歯を噛み締める伴侶を、赤い瞳が慈しむように見下ろした。
「マートンが呼びに来ないことを祈ろう……」
薄い舌がグレウスの鼻先をチロリと舐める。
それが情事の合図になった。
肌と肌との触れ合いを、オルガは存外嫌がらない。
グレウスは伴侶の体を抱き寄せたまま、手近な椅子に腰かけた。横抱きにして、すらりとした長身を膝の上に座らせる。
オルガは決して小さくも華奢でもなかったが、大柄なグレウスの腕の中に収まるにはちょうどいい大きさだ。
膝の上に乗せると自然な様子で肩に腕が回され、グレウスはその頬に口づけした。
「俺や騎士団を心配してくださったんですね。ありがとうございます」
抱き寄せて背を撫でると、不満そうな表情ではあるものの、オルガはそっとグレウスの胸に凭れかかってきた。
「心配などしていない。あれしきのことで怪我をするような間抜けでは、そうそう近衛など務まるまい」
高貴な生まれのはずなのに、オルガは時々街の若者のように口が悪い。それにかなりのへそ曲がりだ。
突き放すような冷たい口調で言うくせに、いつの間にか、グレウスの手はひやりとしたオルガの手に握られていた。心配して腹を立てていたのだと、その仕草が伝えてくる。
グレウスはそれに気づくと、手首を返し指と指とを絡めて握った。
不機嫌そうに見下ろすオルガに、安心させるように笑いかける。
「貴方の名誉のためにも、あれしきのことで怪我をしたりはしません」
グレウスは言った。
実際のところ、肉弾戦でグレウスの右に出る者はいない。
『灰色熊』とあだ名される大きな体を持つグレウスは、魔法をまったく使えない代わりに、剣技は近衛の中で一、二を争う武勇者だ。
思わぬ形で出世して副団長になったが、その地位に相応しい騎士であれるように努力も続けている。
美しく聡明な伴侶が、自分のせいで後ろ指を指されるのは耐えがたいからだ。
「オルガ……」
請うように唇を寄せると、年上の伴侶は躊躇う素振りもなく唇を合わせてくれた。
優しく唇を吸い、開いた唇から舌を触れ合わせる。
戯れるような口づけは、すぐに熱のこもった睦み合いへと変わっていく――。
サラサラと頬を擽る冷たい髪が心地よかった。
繋ぎ合わせた手の、時折指に力が入る感触も。
オルガと結婚するまでは、年上の男性にこんな思いを抱く日が来るとは、考えもしなかった。
理知的な物言いや居丈高な口調、低く落ち着いた声、程よく鍛えられた長い手足。
美しいと感嘆こそすれ、可愛らしいと思う要素など欠片もなさそうなのに、今ではオルガのすべてが愛らしく見えて仕方がない。
初対面の相手が必ず二度見するグレウスの大きな体に、オルガは何の躊躇もなく身を預けてくれる。グレウスの硬い灰色の髪に手を触れ、肩に頭を凭れさせて眠りもする。
一日に何度も手を握り、頬を触れ合わせ、顔を傾けて口づけを交わす。
躊躇いがちなグレウスの手を取って、名工の手になる芸術品のような体に触れさせて――。
「……オルガ……その……」
唇を離したグレウスは、間近にある白い美貌を見つめながら、申し訳なさそうに口を開いた。
今日は出勤前にも一勝負を挑んだというのに、ズボンの中が窮屈さを訴える。
まるで盛りのついた獣かと自分でも嫌になるが、唯一の救いは、オルガがそれを嫌ってはいないことだ。
「なんだ? グレウス……私が欲しくなったのか?」
淡く色づいた唇で、オルガが蠱惑的に笑ってみせた。玲瓏たる冴えた美貌が、妖艶な魔性のそれへと変わる瞬間だ。
「ここをこんなに滾らせて」
「ぅ……ッ」
ズボンの上からその部分を撫でられて、グレウスは小さな悲鳴を上げた。
グレウスはもともと性欲旺盛なのだが、ありがたいことに、オルガもまた交わることに積極的だ。
挙式の夜から一か月ほどが経つが、いまだに一夜たりとも肌を合わせずに眠った夜はない。
それどころか今日のように朝から情を交わして出る日も少なくなかった。
だというのに、グレウスの体はまたオルガを欲している。
「まったくお前は獣のように猛々しい。こんなに大きくして、私を壊してしまうつもりか……?」
「……ッ、……ッ、く……!」
流れるような文字を描く指、薬草の種を選り分ける指先が――。今はいきり立つグレウスの牡を撫で上げる。
宥めようとしているのか、それとも煽って大きく育てようとしているのか。
顔を真っ赤にして奥歯を噛み締める伴侶を、赤い瞳が慈しむように見下ろした。
「マートンが呼びに来ないことを祈ろう……」
薄い舌がグレウスの鼻先をチロリと舐める。
それが情事の合図になった。
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