アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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一章 10歳になって

22、王子様の誕生日 6(不審者とストーカー)

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 ***





 ゴーン、ゴーン、ゴーン、と街では正午の鐘が鳴っていた。

 この街の鐘は見た目と同じく古めかしく、威厳があるような、腹に重く響く音がする。

 俺は目の前で優雅に本を開いているワズナー・ララを見やる。なんでお前はそんな平然としてるんだ。腹立つ奴だな。

「おい、」

「はい」

「おまえ、冗談って知ってるか?」

「冗談? ………言葉遊び、おふざけ、笑える嘘ってとこですかね」

「ああ。そうだよ。良く分かってるじゃねぇか」

 イライラする。こいつは分かってて俺をおちょくってるのか? 目の前のインテリメガネの胸倉をつかんでゆすってやりたい気持ちを抑え、置かれたチョコレートバナナパフェをスプーンに取るとそれを自分の口に突っ込む。

 甘い。うまいのは分かる。だがそうじゃない。

「―――――――はぁ………」

 パフェを食べ、深いため息をつく俺にワズナーの「どうしました?」という声がかけられる。

「本当に男同士で可愛い喫茶店を回って甘いスイーツ、をする奴があるかよ………」

 どんな嫌がらせだ。しかも、ワズナー自身は甘い物が苦手だとかで目の前に置いているのはコーヒーのみだ。先ほど入った店よりは大分落ち着いた雰囲気とは言え、なぜ俺だけがパフェを食っているのか意味が分からない。しかもデートで彼女と来るとかならまだしも、ロクに知りもしない友人未満な奴となぜこうして向き合って可愛いパフェを食にゃならんのか。

 昼時前に街に出て、ワズナーが道案内をするというので先導を任せてたどり着いたのはピンクな店だった。いやらしい意味の「ピンク」の方が男二人にはよっぽどしっくりくるところだが、今回の「ピンク」はファンシー、少女趣味、可愛いの具現化、を具現化した方のピンクだった。

 淡いピンクを基調に差し色としてたまに黄色が置かれ、白いレースが店のあちこちに飾り付けられていた。いらっしゃいませと店員に声をかけられ、ワズナーが席の案内を受ける後ろで、俺は店内から集まる視線にぞっとする。

 女性しかいない。こんな色調の店にいい年の男が二人。店の入り口で悪目立ちしていた。

 すぐに店員に詫びてワズナーの野郎を引っ張り出し、どういうつもりだと問い詰めたらこういったのだ。

『可愛らしい喫茶店が、ご所望だったようなので』

 「突然どうした」って顔してそう言うのだ。

 「いや、お前がどうした!」と色々文句を言ったはずだが、こいつは全然聞いてなかった。腕を組んで大真面目で何か考えており、「ならあそこですね」というとすたすたと歩きだしたのだ。

 そうして着いたのがこの店だ。青緑の屋根とレンガ造りのカフェ。先ほどのピンクな店よりは大分良いが、今はそこではない。

「カザリットは、いつも昼食に甘いものを食べているんでしょうか?」

「ちっげ―――よ!!!」

 冗談を微塵も感じさせないワズナーなが恐ろしい。

 俺は店内で大声をあげてしまったことに後悔し、またため息をつく。乗り出した体を椅子に深く腰掛けパフェを食いながら説明した。

「あのなぁ、俺が朝言ったのは冗談なんだ。分かるか?」

「ああ、宿の娘さんを口説いていた件ですよね。分かってます」

「そっちじゃねーんだよ」

 しかもそれは冗談じゃない。本気で口説いてたのに、彼女は終始ワズナーを気にしていたようだった。本当にいけ好かない奴だ。

「あのな、男二人で喫茶店を回ってスイーツ、ってところがまるまる冗談なんだよ」

「―――え?」

 そんな、まさか、信じられない。そんな顔だろうか。ワズナーが目を丸くしている。

「え、じゃねーよ! 分かるだろ!」

 俺がまた声を荒げそうになった時、後ろの席の客が立ち上がった。「賑やかでござるなぁ」とぼやき、会計に向かい注文の紙を手に俺たちの席を通り過ぎる。

 俺はうるさくしすぎたかと反射的に「すまなかったな」と声をかけ、固まった。

 あの客は「いえいえ」とでも言いたげに片手をあげるが。なんだあれ。異国の人間か? にしてもなんで今まで後ろにいたのにあんな目立つ奴に気づけなかったんだ。

 ワズナーもあの客を目で追っていたので尋ねる。

「お前、あんなのが俺の後ろに座ってたって気づいたか?」

 俺の後ろには低い仕切りと、その上に観葉植物が飾られていた。子供なら座ってても見えないだろうが、大人が座っていれば観葉植物の隙間から後頭部くらい見えるはず。

「いえ。驚きましたね。人がいるとも思ってませんでしたから」

 ちらりと後ろの席を見るとパスタとピザと、パフェの残骸5つがテーブルの上に乗っていた。すげー食うじゃん。

「あ、」

 ワズナーが声を上げる。

「どうした?」

「見失いました。会計をするとこまでは見届けたんですが、店の扉を出た瞬間、街の人間とすれ違って紛れたみたいに、どこにいるのかわからなくなってしまって」

「嘘だろ。あんな目立つ奴が?」

 俺も外をみる。街の人間とすれ違うも何も、店の外にはそれほどの人は行きかっていない。人はいるにはいるが、一人の人物を見失うほどの混み具合ではないだろう。

 だが、店を出てすぐなら座りながらでも視線を動かせば見つかりそうな人物が全く見当たらない。

「噂の不審者ですかね」

「不審者?」

「ええ。最近不審者の目撃情報があるそうですよ。もしかしたらさっきの方がそうなのかもしれないですね」

「へー。ほっといて大丈夫なのかねぇ」

「さぁ。特に何かをしたという話は聞きませんし良いんじゃないでしょうか。ただ街の人が見かけた時に『不審』と感じるだけな様なので。さっきもちゃんとお金は払ってましたし」

 それは何とも可哀そうな話だ。こんな人の出入りが多い街で、旅人や商人も珍しくないだろう。見た目だけでは分からない不審者ならいくらでもいるという中で、見た目だけで不審者呼ばわりか。

 まあ、確かに俺の目から見ても異様な姿ではあったが。





 ***





 どうしよう。

 ボクはハラハラしながらその様子を眺めていた。

 ようやくアルベラを見つけたっていうのに。

 赤い髪の子や王子様と話し終えるのを待ち、二人が離れてようやく話しかけられるかというところで、今度は知らない髪の長い女の子がアルベラに声をかけていた。そしたら今度は3人の女の子が来て、また話しだして。しかも、話しかけられたアルベラは嬉しそうだったのに、話しかけた側の子達は怒ってるようにも見えた。どんな関係だろう。

 ついため息が漏れる。

 この間のアルベラの誕生日には体調を崩して行けなかったから楽しみにしてたのに。ボクはこのまま今日もあの子に話しかけられないままになってしまうかもしれない。

 だめだ。それはだめだ。

 ボクは頭を振って話しかけなきゃと自分を奮い立出せる。

 もう少し待ってみよう。あの子達が離れたらすぐに声をかけるんだ。

 そう思ってみていたのに様子がおかしい。アルベラとピンクのドレスの子が話してると思ったら、黄緑のドレスの子が何かを言った。かと思うと、その子の髪がふわりとなびいた。あれは、もしかして魔法の反応?

 ピンクの子達の様子がおかしい。

(だめだ、止めなきゃ)

「ア、」

「キリエ様」

 ポンと、肩に手を置かれ、名前を呼ばれた。振り返ると、そこには濃い紫のドレスを着たアルベラのお母さん、レミリアス様がいた。

「レミリアス様、アルベラが、」

「ええ。………エリー」

「はぁい」

 レミリアス様の呼びかけでディオール家のメイド服を着た使用人がアルベラの方へ駆けて行った。とてもきれいな人だった。知らない人だ。

「キリエ様、今起きた事はご内密にお願いしますね」

 レミリアス様が優しく微笑みながら、口の前に人差し指をたてる。ボクは首を縦に振る。





 3人のご令嬢方の話へ耳を傾けていると、室内にも関わらず後ろからフワリと風が吹いた。首を小さく動かし見るとグラーネの様子がおかしい。瞬きの無い見開いた目で3人のご令嬢を見据え、口元ではぶつぶつと何かを呟いている。

 アルベラの耳に小さく「やめて………もう聞きたくない………うるさい………」という類いの言葉が聞こえてくる。

(ヒィ………!)

 呪詛の籠ってそうな声に、アルベラは大袈裟に全身で振り替える。

 ピンクの子が「人は生まれながらの地位だけではない。私たちにだって平等に王子と仲良くなる権利があるんだ」と話してる辺りだった。

「王子は誰かのモノじゃないのに………あの方をそんな小さな理屈で縛り上げて、狭苦しい存在にするなんて………するなんて………するなんて………」

(え? ちょっと?!)

 アルベラの中に予感が沸き上がる。髪が重力に逆らうように揺らめき始め、髪の内側の方が淡く緑に輝いているように見える。外側の髪は光っておらず平常時と変わらない色味のため正面に居ないとわかりずらい変化だ。回りからはグラーネの髪が風に揺れてる程度にしか見えてないかもしれない。だが、彼女の髪の光は二―ヴァが魔術を使った時の輝きに似ている。ただの風のはずがない。

(これ、まずい奴では………)

 そう思うもすぐ、目の前の少女たちが苦し気にふらつき始めた。首元を抑えている。声が掠れ、出なくなり、口をパクパク動かししている。

「グラーネ様!?」

「大丈夫ですよ、ディオール様。多分少し苦しくなってるだけです」

「どういう意味?」

「すみません。私も良く分かってないんですが、教会の人やお母様は風がナントカとか、空気がナントカと………」

 目の前の少女たちの苦しむ姿を前に、グラーネは呑気な仕草で周りの大人たちの言ってた事を思い出そうと首を捻る。

 周囲はまだこの「傷害カモシレナイ事件」に気づいていない。アルベラは慌てつつも声を抑える。

「ほぼナントカね!!! でも危ないですって! 止められないんですか?!」

 王子の誕生祭で殺生でも起きた日には大問題だ。

「ごめんなさい。ついイラっとしてしまって………。ちょっと落ち着けば収まるので少々お待ちを」

 グラーネは困ったように微笑むと、王子の髪や爪が入ったロケットを顔の前で両手で包み込み目を閉じる。

 人に言われたからやってるようにも見えるが、止めてくれるなら何でもいい。

 そこへ素早くエリーが現れ、少女たちを担ぐと少し離れたテーブルへ連れていき椅子に座らせた。あの細い体で3人を両脇に抱え担ぐという凄技を披露したが、行動が速やかすぎて周りの人の目には留まらなかったらしい。エリーが三人を椅子に座らせていると、あの子達の使用人が変化にようやく気付いたのかわたわたと主の元へ集まりだしていた。

 あの子達の意識はあるようで、「大丈夫。ちょっとめまいを感じただけ」と言っているのが小さく聞こえる。

(あいつらがやった、って言われなかっただけ助かるか………ん?)

 少女たちが顔を青くしてこちらを………自分の後ろをガタガタと体を震わせながら見ているので振り返る。すると、「誰にも言うんじゃねぇぞあぁん?」と眼光をするどくし空気で恐喝するグラーネの姿があった。これは効きそうだ。

「グラーネ様。どうどう………。ほら、もうおしまいにして」

 グラーネの髪はまだ内側の髪が小さく光っていたが、どうやらこの距離では彼女たちに届かないらしい。周囲の誰にも変化はないようだし、これならグラーネ自身を引っ張って彼女たちから引き離すという手でも良かったかもしれない。

 グラーネの髪は落ち着き、光が完全に消えるとともに重力に引かれるまま脱力した。

 するとアルベラはずっと我慢していたように迷いなく、許可なくその髪へ触れ、先ほど光を灯してた辺りの房を手に取る。髪を急に触られた少女は驚き戸惑うが、アルベラは気にせず観察し続ける。というより、目の前の少女の様子になど気づいてすらなかった。

(なるほど)

 パッと見は分からないが、手に取って外側の房と比べてみると、内側の房は緑色が少し濃くなっている。淡い緑はメロン味のクリーム、またはマシュマロのような色をしていて美味しそうだ。

「え? あ、あああ、あの、ディオール様?」

 困ったように声をかけられ、ようやくアルベラはグラーネの様子に気づく。髪を人に触られて照れてるのかやや顔が赤い。前髪が顔を覆っているので表情が読みづらいが、感情に関しては平坦などころか起伏が激しいタイプなのかもしれない。

 アルベラはにこりと笑う。「ごめんなさい。なれなれしかったですね。綺麗な髪ですね」と誤魔化し、掴んでしまった髪を丁寧に戻す。ついでに魔法発動時に靡なびいて乱れてた彼女の髪を、手漉きで全体的に直してやる。

「そんなに長いと手入れが大変ですね」

 グラーネは「い、いえ、大人の人たちがいろいろやってくれるので、」と落ち着けなさそうに答える。先ほどの王子の話題の時のマシンガントークは嘘みたいにしおらしい。

(グラーネには王子の話は禁物ね。けどそうなると私に声をかけた理由が聞けないんだよなぁ)

 3人のご令嬢はもう落ち着いたようだ。心配ないという様子でエリーもこちらへ戻ってくる。

 「ごくろうさま」というアルベラの言葉に、「いえいえ」と余裕の返答が返ってきた。

 その時、窓の外から『ゴォーン、ゴォーン………』と、聞きなれたものよりやや高い鐘の音が聞こえてくる。同時に幾つか別の音程の鐘も鳴らされており、アルベラの街の鐘より賑やかだ。

(時間か)

 お茶会の終わりを知らせる3時の鐘に、アルベラは一つ肩の荷が下りた思いだった。
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