アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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一章 10歳になって

43、今夜は 3 (説明を)

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『ーーーバードンの回収、完了しました』

 ギエロの固い声が通信機から発せられる。

「よくやった。こちらリュージ。ハチローの回収完了。今から一旦外に出る。お前ら準備しとけ」

『了解』『了解』『了解』『了解』『了解。姉さん愛してるぜ!………って! てめーリーダーに向かって手をあげるたぁどういう―――』

 音量を下げた通信機から、手下の他愛のないやり取りが垂れ流される。

 エリーは「あらあら」と笑い、リュージは緊張感のない手下達にため息をついた。







 ***





「ったく、これで満足か?」

 ジーンは呆れた様な口調で王子へ尋ねる。

「ふふふ、ありがとう。おかげでアルベラ嬢の良い顔が見れたよ」

 当然だがニーニャには何事もなく、困ったような顔でアルベラの元へ駆けよる。

「す、すみませんお嬢さまぁ」

「もう。別にいいわ。何があったか想像できるもの」

 多分王子に口止めをされていたのだろう。

「で、ジーンに王子。こんな時間にこんな場所で、本当奇遇ですこと」

「本当だね」

 王子がクスクスと笑いを挟む。

「で、アルベラ嬢はどうしてここに使用人と二人きりで? 公爵の話と少し段取りが違うね。ね? ジーン」

「そうだな」

 二人の視線。

 今のセリフ。アルベラは朝の父の顔を思い出す。あの時父は「まさか君まで」と言っていた。

「お二人は、今回の野次馬の了承をお父様に得てここに来たってことですね?」

 王子は緩く微笑み、首を傾げる。

 ジーンとニーニャは口を挟むべきでないととっているのだろう。王子とアルベラの様子をただじっと眺める。この中で一番の年長者のニーニャが一番見るからに落ち着きがなかった。ジーンよりも小刻みにアルベラと王子の顔を、視線が行ったり来たりしている。

(なるほど。こちらが話さないと進まなそう)

 微笑む王子に、アルベラは小さく肩を落として見せた。

「王子。あの、父には………いえ、だれにも言わないと約束してくれますか?」

 王子はすっと目を細めて笑む。いつもの優しいだけの笑顔ではない。冷たく固い、理性のような物も感じる。そしてその目の持つ力は強い。外見の年齢を忘れさせるような、大人びた雰囲気を秘めさせる。

 ジーンも、感情の取れない目でこちらを見据えているが、こちらはまだ、居るはずのない人物との遭遇に困惑してる気配がうかがえた。その人間味のある空気に、アルベラは少し安心感を覚えるくらいだ。

「………内容によりますよ、アルベラ嬢」

 王子のふざけてない声を聞くのは久しぶりな気がする。

「たとえば、どんな内容ならアウトか先に教えて頂けますか?」

「そうですね。例えば、あなたの立場です。僕らは公爵にお願いをして、さらに言えば王族という権力をふって無理を通してもらった身なんです」

 「………ご自分で分かってらっしゃるようで何よりです」とアルベラは苦い顔をして言葉を挟む。

「もちろんですよ。人に迷惑をかけるのは悪い事ですから」と王子は微笑み「なので、恩がある身で公爵の不利になる事へは加担できないんです」と続けた。

 さて、あなたはどちらです? と透き通った赤い瞳が問いかける。

 言われるがまま、答えなくてはいけないと思わせるような空気。何があってもこの人を傷付けてはいけないというような。「信頼」「信用」または「忠儀」といったものを尽くしたくなるようなオーラやフェロモンでも出ているのだろうか?

 その容姿だけではない。この子を前にしていると、本物の天使なのではないかと思わされてしまう。

 アルベラは息をつく。

「不公平だなぁ………」

 存在が不公平。

 もしかしたらこの人生での経験や力量さも自分と王子では対等ではないかもしれない。

 自分にしか聞こえない声で言ったのだが、魔法を発動中のニーニャには聞こえたのだろう。お嬢様がどういう意味でそう呟いたのか、不思議そうに、不安そうに首を傾げていた。

 正面に居た王子も首を傾げる。声は聞こえたのだろうか? それとも答えが返ってこないために促す意味での動作だろうか。

 アルベラは赤い瞳から目を逸らす。

「なら、私の方は問題なさそうです」

 窓際に置いていた通信機を手に取り、こちらの会話が送られないよう通話口をふさぐ。

「というと?」

 アルベラは再度王子を振り返るが、視線は通信機へ向けて答える。

「私はソネミー伯爵側でも、公爵側でもありませんから」

 目を見なければこの緊張や胸の高鳴りや、心を温められてしまうような感覚は消えるだろうかと思った。だがだめそうだ。

 なんて厄介なんだろう。恋をした記憶を持っている自分だから、これが恋ではないのは分かる。だが場が場なら、つり橋効果やら何やらで簡単に自分の心を勘違いしてしまいそうな感覚だ。

「アルベラ嬢、」

 王子が何かに少し驚いたように声のトーンを上げた。そして腕を組み、視線を落とす。

 やや悩むような間を見せると、組んでいた腕を解いて顔を上げた。

「ソネミー伯爵の件までご存じでしたか」

 王子が息をつくと、探ったり疑ったりする空気がその視線から消えた。彼は「分かりました」と小さく口にし、柔らかく目を細めた。

 疑いから受け入れの態勢に変わったような眼差しに、アルベラの緊張が自然と抜ける。

 王子はアルベラの正面へと歩みよると、静かに、上品に片膝をついた。そしてダンスに誘う時のように、戸惑う少女の右手をそっと持ち上げ、その手を自身の両手で優しく包み込む。

 王子は「分かりました」と、相手を安心させるように再度告げる。

「あなたを信じます、アルベラ・ディオール。公爵には言いません。勿論ほかの誰にも。ですからどうか、僕に話を聞かせて頂けませんか? 話を聞いて、あなたの力にならせてもらえませんか?」

 ふわり、と微笑む。アルベラはその少年の周囲に、白い羽が天から舞い落ちてる様な錯覚を覚えた。

 相手を蕩けさせてしまうような優しい瞳。健気に心配の色さえ感じられる。

 そんな笑顔に真正面から包み込まれ、アルベラは言葉を発せられずにいた。だが何か。少女の中の受動的ではいたくない部分が、頭の隅が、どうにか自分の意思を引き出そうと、自分の言葉を引き出そうと小さな抵抗をしている。

 アルベラのそんな機など知らず、様子を眺めていたニーニャは頬を染めてうっとりとその光景に見惚れていた。

 月明かりの入り込む窓の前、照らし出される二人の姿は物語の中のワンシーンを美しい絵にしたような光景だった。小さく舞う埃がキラキラと輝き、場を上品に飾り立てている。

 だが、その隣のジーンは見惚れてなどいなかった。





(………またか)

 ラツィラス王子のお付き兼友人をして5年の少年は呆れていた。

 これは王子のお決まりの手だ。あのずる賢い同い年の主は、女性で言う所の「お色気」や「ハニートラップ」のような技術を持っていた。いつからかは分からない。だが、自分と出会った時には既にもう習得済みだったのだ。

 大人に対して、子供に対して、男に対して、女に対して。それぞれのツボを本能で察しているのか、相手によって上手く使い分けて「お願い」をする。そしてそれはほぼ高確率で成功するのだ。

 ジーンは、王子がまんまと人をたらす瞬間を飽きるほどに見てきた。そして、自分もああやって都合よく使われてやるのは癪だと思っている。だから王子のああいう顔には、絶対に首を縦には振ってやらないと心に決めていた。分かってさえいれば意識的に回避することは可能だ。実際場合によっては回避してきた。

 今回はどうだろう。

 王子の相手は自分ではない。

 きっと何も知らないあの少女は、今までの者達同様、まんまと王子に落とし込まれてしまう事だろう。

 そう思うと、王子の顔が「上手くいった」と確信しているように見える気がする。

 間柄だけに、それはなかなか憎たらしいものだ。





「………」

「アルベラ嬢?」

 目を合わせたまま黙り込むアルベラに、ラツィラスは首をかしぐ。

 ラツィラスには、彼女の瞳が自分を見つつ、どこか遠くを見つめているように見えた。

 アルベラの緑の瞳の奥、その脳裏に、いつかの光景がよみがえる。

 自分を見ていない彼女の唇が、小さく「………デジャヴ」と言った。

 王子は首を傾ぎ、彼女の瞳を覗き込む。

 アルベラの記憶にまだ新しい、暗い室内。カラフルな明かり。大音量の音楽。踊る若者。アルコールとタバコの匂い。

 オカマの片手が、艶かしく伸ばされたあの場面。そっと優しく、青年の顎を持ち上げた、あの魅惑的な動き。

 行為は全く違う。だが、先ほどの王子の表情とエリーがあの時見せた表情が、瞳が、ダブって見えた。もしかしたら本当に同じだったのかもと思えた。

 ―――『お願い………知ってる事全部オシエテ?』

 青年の、脳みそを解かされたような、顔の筋肉をすべて失ったような哀れな顔。思考できなくなったようなあの目。

 私も今、あんな顔をしてるのだろうか?

 アルベラの視界が現在へ戻ってくる。

 柔らかく、綺麗な白い手に包まれて右手が温かい。

 自分を見上げる、奇麗な少年。まるで宝石のような赤い瞳。今は全て貴方の物です、とでも言っているような微笑み。

 ラツィラス王子の見上げる先、少女の目が、逆光ではあるが少しずつ大きく開かれて行く。何かが染みわたっていくように。何かに気付いてしまったかのように。確信するように。

 ラツィラスは、包み込んでいる少女の手が僅かに温度を下げたのを感じた。

 王子の表情に心配の色がにじむ。

「アルベラじょ―――――――――?!」

 パァン!!!! と高く短い音が上がる。

「お、お嬢様?!」

 突然の事にニーニャは驚いていた。

 ジーンは腕を組んだまま呆然とする。予想していたものとは全く異なる展開に、思考が停止してしまった。

「……い、いたい」

 アルベラは小さく呟く。そして、両手で頬を包み込み、の痛みをこらえる様にその場に蹲った。

 自分で自分の両頬を力いっぱいに叩いたのだ。

「だ、大丈夫ですか、アルベラ嬢! 急にどうし」

 顔を覗き込もうとする王子に、アルベラは片手を突き出し制止する。

 頬をヒリヒリと赤く染め、涙目になりながら、意志の強そうな目を王子に向けた。

「王子! こちらの状況、話します! けど私の半径2メートル以内に入らないでお願いします!」

 「キリッ!」と言い放つお嬢様の姿に、傍観していたお付きの少年は「ぶっ」と噴き出した。

 一瞬言葉の理解に遅れた王子は「え、」と漏らし、言葉を理解した後に「えぇぇぇぇ…………」と続ける。肩を落とし、「アルベラ嬢、ひどいですよー」とがっかりして見せるが、その無防備で素直な反応はアルベラの警戒心を仰ぐだけだった。

「だめです! 王子はしばらく私に接触しないでください! うっかりたらし込まれたらたまらないので!!」

 スカートを叩きながら立ち上がると、アルベラは腕を組んで王子を斜に睨みつける。どうしたのかと慌てふためくニーニャの隣、ジーンは「くつくつ」と体を折り曲げ、涙を浮かべて笑っていた。

「もう、ジーンまで。僕がこんなに傷ついてるっていうのに………。二人ともいじわるは良くないですよ」

「何がいじわるだ。お前にはいい薬だろ。ざまーみろだ」

 側付きであるジーンの「ざまーみろ」という言葉に、日々の苦労を感じられアルベラはやや同情する。

 ジーンは涙をぬぐいながら二人の元へ向かい、それに習ってニーニャも遠慮気味にアルベラの元へ寄る。

「どっちにしても話は聞かせて貰えるんだ。良かったな」

 ジーンは意地の悪い笑顔を浮かべた。膝をついたままの王子へ手を貸そうと片手を差し出す。だが、王子は「もう」と頬を膨らまし、一人で立ち上がり膝を払った。



―――『よし、いけ!』



 約束通り、いきさつを軽く説明しようではないか、とアルベラが口を開きかけた時だ。

 アルベラの握っていた通信機からリュージの声が漏れる。
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