アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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二章 水底に沈む玉

88、彼らの気晴らし 5(フライ騎乗皆伝)

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「血の流れを手に集中させる感じ、ってのが一番伝えやすいかな」

 ラツィラスを待つ間、いまいち魔力の共有の感覚をつかみきれないでいるアルベラにジーンが説明する。

「それが良く分からないんだよなぁ………逆流させる感じ?」

「だいたいそうかも。いつもの流れに逆らう感じだ。ドロッとした、硬めの液体を細いストローで吸い込む感じにも似てる気がするな。………魔力を押し流すわけだし、吸うっていうより吹くって言った方が正しいか」

「なにそれ。全然わかんない。———けどまあ流し込めばいいのよね」

「ああ。相手の中に魔力流し込む時、薄い壁みたいな、膜みたいな、自分の魔力をせき止める物を感じると思うんだ。だから、それを感じたらあとは無理やり魔力を押し込めばいい。その『自分の魔力がせき止められる感じ』っていうのが分かれば、あとは簡単だと思う」

「うーん。膜、膜ね。………膜を」

「膜を破るんですね」

 パン!

「イヤン!」

 アルベラは反射的にエリーの頬を全力で叩く。

 ジーンはなぜ急にアルベラがエリーを叩いたのかと、良く分からない顔で二人を眺めていた。

(う゛っ………)

 ジーンのその姿に、アルベラは自分の中の何かを恥じた。そして自分も知らないふりをしておけばよかったのだと反省した。

「にしても、丁度良かったですね」

 アルベラに叩かれた頬を嬉し気に擦りながらエリーは言う。

「魔力の共有。ここで教えてもらえるとは」

「まあ、そうだけど」

 二人の会話に、「丁度良かったのか?」とジーンが尋ねる。

「うん。丁度お母さまからも『そろそろできるようになりましょう』って言われちゃって。私、魔法の感覚掴むの下手なのかなー」

「へえ。良く分からないけど、貴族の教育ってそいう言うもんなのか。ラツィラスも俺も、馬に乗ったり騎獣に乗ったりとか、何かあれこれやっていつの間にできるようになったから、勉強とか講習って形で教えてもらったことはないんだよな」

「………ち、天才肌め」

「悔しがってたって出来るようになんねーぞ。手動かせ」

「はい、先生」

「けど、別にお前の魔法については普通のペースだと思うぞ。学園でも大人みたいに魔力の共有できる奴なんてまばらだし。魔法や魔術もようやく使えるようになったって奴もいるし」

「へぇ、そうなんだ。それ聞いたら少し安心したかも………ん?」

 アルベラは「待てよ」と表情を曇らす。

「なんだよその顔」

「なんかそれ聞くと、あなた達二人がすごい異様に思えるんだけど」

 ジーンはどう答えるか困ったような顔をし、渋々と答える。

「そこら辺は………まあ。そうなんだろうな。個人差ってやつだ」

「赤い眼の恩恵ね。はいはい。甘く見てました」

 アルベラは拗ねる様にムーブリーフの茎を握ったまま唇を尖らせる。思い出せば、三年前。十歳になってすぐの辺り。ミーヴァも当たり前のように魔術を使っていたのを思い出す。あれも実はすごい事だったのかもしれない。だとするとメインのメンバーというのは、やはり皆どこか人より突出しているのだろうか。

(先が思いやられるなぁ………。足元救われないようにやれるだけのことはやっておかないと………)

 アルベラは息をつく。

 ジーンとエリーと会話をし、適当な時間が経った頃大きな風が吹き荒れラツィラスの乗ったフライが着陸した。

「交代だよ!」

 軽い身のこなしで御者席から飛び降りるラツィラス。その後ろで、ポルテーゴが「はっはっは!」と笑いながら「参ったなー!」と零すのを聞いた。

 講習を始めた際はもっと緊張していただろうに、ポルテーゴはあっという間に王子様と打ち解けていた。

(大会上位者なだけ合って神経が図太いのか………王子の人誑しのせいか………)

 アルベラは目を座らせる。

(にしてもあの様子。乗り方、もう掴んだんだ)

 恐ろしい才能だ、と驚かずに得ない。

「ジーンの番ね。僕もう一頭借りてこようかな」

 そういって関門へと脚を向けかけたラツィラスは、何か思いついた顔でアルベラの方へと駆け寄る。

「アルベラ、一緒に乗らないかい? 僕、乗り方教えるよ?」

 片膝をつき、わざとらしく優く微笑みかける。

「結構です!!」

「やっぱダメか」

 アルベラの即答に、拒否されたというのにラツィラスは嬉し気にくすくすと笑う。

「おーい! 君らはまだ講習中だ! 一人では乗せられないぞー!」

 ジーンが手綱を握ったフライの客席に乗り、ポルテーゴが口に手を当てて大声を上げた。

「はーい! ………ちぇー。こっちもダメか」

 ラツィラスは残念そうにアルベラの隣に腰かけ、ジーン同様魔力の共有の仕方について説明をしてくれた。

 ラツィラスに対し感じる若干のやりづらさにも慣れてきて、アルベラはありがたくその説明の元ムーブリーフに意識を向けてみる。





 その後ジーンも戻ってくると、ポルテーゴが「試しにここからあの木まで、一人でフライに乗って戻って来てみな」と一人ずつの騎乗を促した。

 ラツィラスは楽し気にこくこくと頷き、ジーンは落ち着いた表情でこくりと一回頷いた。

 順番でフライに乗り、言われた距離を飛び、二人とも何事もなくやり遂げる。

 目の前に二人を立たせて、ポルテーゴは額に片手を当てて笑った。

「参った参った! ちょっと待ってな!」

 その場を離れ関門を通っていく。直に戻ってきて、ラツィラスとジーンへ「フライ騎乗皆伝」と書かれたピンバッジを渡した。

「いやー! 君ら筋が良すぎて教え甲斐がないなぁ! はっはっは! ———そうそう、バッチの説明だ。これがあればスタッフ無しでのフライの使用を許される。いつでも乗りに来な。バッジを忘れないでくれ。さて、後は実践あるのみだ。たくさん乗って感覚を掴むと良い。どうする? この後もう少し練習したいだろ? 俺と同乗するかい? それとも一人で乗りたいかい?」

 ラツィラスとジーンはお互い尋ねる様に顔を見合った。

 そしてすぐにポルテーゴに向き直り、「一人で!」と声をかぶらせ答える。

 予想通りの返答に「はっはっは!」とポルテーゴが爽やかに笑った。

「了解! 何か分からないことがあったら聞いてくれ。俺はここで見守ってる」

「ポルテーゴさん、ありがとう!」

「ありがとうございます」

 二人は頭を下げると、一頭しかいないフライの元へと駆けていく。

「どっちが先乗る?」

「お前乗ってろよ。俺もう一頭借りてくる」

「いいね。じゃあレースしよう。あそこまでとかどう?」

「俺は嫌だ。そうやって調子乗って、また事故りかけたらどうすんだよ。競争はもう少し馴れたらにしろ」

「ちぇー。はあーい。じゃあお言葉に甘えて、先に乗ってるね」

 ラツィラスがフライへと手を掛けよじ登る。ジーンは街の門をくぐり、門に入ってすぐにあるフライの受付所へと駆けて行った。

 少年達のやり取りを見届けて、ポルテーゴはアルベラの横に腰を下ろした。

「いやぁ。あのバッジ見たら中の奴ら驚くだろうな。まだ一時間かそこらだ」

「あの二人、化け物なの。何でもすぐにできちゃうみたい」

「だろうなぁ。王族、平民の赤い眼。噂には聞いてたが凄い魔力だ。ちゃんと制御できてるのは個人の力量なんだろうがな」

「制御できてるのも赤い眼のおかげじゃないの?」

「まあ、そうらしいぞ。俺はなったことないからわからないけどな。目が赤くなくても、魔力の多いのはいるだろ? あいつらと同じさ。魔力があるだけじゃだめだ。自分でコントロールできないと」

「へ、へー………。それ聞くとさらにあの二人の化け物具合が知れる………」

 冷や汗を浮かべ目を座らせるアルベラに、ポルテーゴはあの爽やかで必要以上にデカい声量の笑い声をあげた。

「ほら、嬢ちゃん。手が止まってるぞ。魔力をその草に集中させな。………にしてもな、公爵のご令嬢だったら小耳に挟んだこともあるかもしれないが、『化け物』は王族にはご法度だ。偉い人の集まるところでは口にするんじゃないぞ。下手したら首が飛ぶ」

「そうなの?」

「ああ。誰にとっても侮辱の言葉だが………誉め言葉になる時もあるか? まあいい。王族にとっては侮辱にしかならないんだ。あの血縁は魔力に恵まれすぎて、偉い昔からそいう言葉を投げかけられてきたみたいだからな。昔、魔法有り剣有の闘技大会を開催してな。そこで圧勝した一人の王族に、敗者が『この化け物』と吐き捨てたんだ。試合を見ていた他の王族や、彼らに使える貴族がカンカンになってな。そいつはその場で首をはねられたらしい」

「随分昔のお話に聞こえるわね」

「ああ。古くからある躾話みたいなもんさ。俺の婆さんの婆さん辺りの時代に実際あった事みたいだがな。今はどうか知らんが、嬢ちゃんにとっちゃ関係ない話じゃないだろう。知ってて損はしないんじゃないか?」

「ええ。そうね。ありがとう、気を付ける」

「ああ。………ん? そういえば、化け物と言えば、エリーさんも結構習得早かったって聞いたぞ?」

 話しを振られたエリーが答える。

「ええ。私もそういわれはしたんですが、あの二人ほどじゃなかったですね。何しろ大きい生き物ですし、バッジを貰うのに三日は掛かりました」

「へー! 三日! 大したもんだ!」

「いえいえ、騎乗は、得意なものですから。良く致しますからね、騎乗」

 意味深な笑みを向けられ、アルベラは顔を逸らす。

(つっこまんぞ!)

 壁があったら殴りたい、と茎を握っていた拳に力を入れると、何か自分の感覚をせき止めるような、魔力がぶつかるような感覚に気づいた。

「これ、まさか」

 アルベラは自分の拳の中、確かめるように意識を集中させた。

 ある。確かに自分の手の中、魔力をせき止める何かを感じた。

「あった! ま………!」

 膜! と言おうとしたが、満面の笑みを浮かべたエリーの笑みが目に入り、アルベラは急いで口を閉じ視線を逸らす。

(くそ、あのオカマこんな時にも下ネタぶち込もうとしやがって)

 アルベラはイライラを抑えながら、イメージの中その膜とやらに自分の魔力をぶち当てる。

 アルベラの手の中、握っていたムーブリーフが飛び跳ねるようにびくりと動いた。ぶんぶんと葉を揺らし、拳の中悶える様に蠢く。

「お?! やったな、嬢ちゃん!」

「わぁ! なるほど、こういう感じなのね」

 感動するアルベラの横、「にしても」と零しポルテーゴが訝し気にムーブリーフを眺める。

「この動き、何か苦しそうに見えるんだよな。ただの草だから感情も痛覚もないはずなのに。………魔力の質や流し込み方によって差が出るとは聞くが」

「まるでお嬢様に絞めつけられて苦しんでるみたいですね。面白い」

「おお! 確かにな!」

 「はっはっは!」とポルテーゴが声を上げて笑う。

 アルベラは苦しそうに身をよじるムーブリーフから手を離し、表情を曇らせて一枚の葉を小さくつついた。

(あらあら、いじけるお嬢様、可愛いわね)

 こうして二時間半はあっと言う間に過ぎ去った。
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