アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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二章 水底に沈む玉

94、玉の行方 1(一泊目の夜)

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 ガルカが滝の中へ飛び込むと、薄暗く、青い光を反射する岩肌の空間が目の前に広がった。飛び込む場所が少しでもずれれば、絶壁に衝突してもおかしくないような視界で、寸分違わずにその横穴へ入り込む。翼で空気を掴むと、その大きな気体の塊をふわりと岩窟のなかに叩きつけて着地する。

 岩窟の奥で、風を受けた祠がカタカタと音をならした。その扉は空となっており、前に見た翡翠色の玉はなかった。

 次いで、ガルカは窟内の一点を見据えた。

「コントン、いるか」

『………ココ ダシテ』

 声がしたのは中央の辺り、入り口に立つガルカから見て右側の岩肌からだった。

「賑やかな図だな」

 声を聞かなくとも分かる。

 コントンの声のした範囲には、お札や植物を乾燥させた物や、お香や、不気味な人形などが、貼り付けられたり置かれたり、引っかけられたりしている。まるで子供が悪戯でその一体を装飾したかのようだ。これらの大半は、魔術道具店や防具屋、雑貨屋等でも置いているような、魔族対策グッズだった。

『ハァヤァクゥ!』

 コントンの焦れた唸りと共に、対魔族グッズが小さく揺れ、岩肌に溜まる影がざわついた。

「待て。急がなくともすぐ出れる」

 ガルカがグッズの類いを適当に蹴り退けた。

 岩肌に貼られた金の文字が描かれた札が破れ、バチりと音を上げる。それと共に、その他の雑貨を吹き飛ばし、コントンが影の中から勢いよく踊り出てきた。

 低く、何人もの人間の叫び声が重なっているかのような咆哮が岩窟内に響く。

 ガルカは涼しい顔で耳をふさいでいた。

『ユルサナイ! ニンゲンユルサナイ! クイコロス! ズタズタニシテ イキタママ ヤミニトカシテヤル!!!!』

 怒りに燃え地団駄を踏んでいるコントンを背に、ガルカは対魔族グッズを見て「これか」と思った。

 玩具のような、虫除け程度の効果のある品々の下、壁に数枚の教会製の魔族封じの札が貼られていた。コントンを封じ込めていたのは半分以上がこれの力だろう。

 札の力に怯んだコントンの隙をついて、続けざまに持つだけの残りの札を放つ人の姿が想像できた。きっと人間側も必死だったことだろう。こんな大きな化け物を前にしたのだ。

 だが、これだけ対魔族グッズを持ってきていたと言うことは、コントンがいると分かってのことだろう。一度来て、準備をして戻ったのか。それとも誰かからこの場所を聞いたか。更にそれとも、魔族の気配を感じ取れる類いの人間だったのか。

 どれにしろ、なぜあの玉を持っていったのかは分からない。

 ガルカは口をへの字にして考える。

 玉の所在を知って、何か得はあるだろうか。玉を盗ってった人間の都合を知りたいだろうか。この件に自分が手を貸してやる理由とはーーー

 アスタッテと関わりのある少女。アスタッテの匂いが残る宝玉。

 コントンがここに居座り、番犬のようになったのは、果たして偶然なのだろうか。

 アスタッテの匂いのする宝玉は、アスタッテと関わるあの少女の元から遠退いてしまった。その後どうなるのだろう。

 薄い唇の端が小さくつり上がった。

 たただの勘だが、これから何かが起こる予感がした。

(いいだろう。俺が手を貸してやる。礼は弾んでもらわないとな)

 長い生。祭りを見かけて素通りするのは損だ。

 ガルカはコントンに吹き飛ばされずに残っていた札を、笑みを浮かべて靴裏で札を踏みつけた。札は小さな破裂音を上げ、金のインクを黒くくすませた。





 途中で休憩と食事を挟み、馬車は順調に旅路を進む。

 連れてきていたスーが首の後ろでまどろんでいるのを感じながら、アルベラは車の中で時間を潰す。

 本を読んだり、ウトウトしたり、持ってきた道具を眺めてみたり、魔法の練習をしたりしてみたり。

 特に時間を潰せたのは魔法の練習と魔術の練習だった。口の細い瓶に水を入れたり出したりを、馬車の揺れの中全く零さないようにするのはいい訓練になった。瓶に飽きたら、霧で文字を描く練習をする。これもアルベラの今の力ではそこそこな難度で丁度良かった。

 魔力の消耗と集中力が切れたのとが重なり、またウトウトしてきて、目が覚めたら次の休憩所についていた。

 日が暮れて空はオレンジから紺色へとグラデーションしていた。

「お嬢様、お疲れ様です。この村で休憩します。ご気分はいかが?」

「ずっと座ってるのはやっぱり暇ね。飽きてきちゃった。次は馬か、御者席にでも乗せてもらおうかしら」

「あら。それなら夜道ですし、安全を考えると御者席にしてもらいたいですね」

「おう、良いぜ、お嬢様。ここを発つ時は特等席に座らせてやる」

「ありがとうゴウリウスさん。よろしくね」

 夕食後、約束通り御者席の隣に座らせてもらったアルベラは、隊の階級についてや、城の訓練について話を聞く。丁度魔法の訓練方法が知りたかったのだが、聞いた内容だと、今の自分では力不足で、まだまだ実践できそうにはない物ばかりだ。

「そうかぁ。ある程度の威力がないと訓練にならんからなぁ。嬢ちゃんはまず、自分の得意の系統で壁を作ったり、球を勢いよく放ったりっていう訓練をしないとな。トレーニング無しで筋力は上がらんからな」

「トレーニングねえ。それどうやるの? 初めはどうしてたらいい?」

「一回、自分の魔力を限界まで発揮してみろ。暴走させる勢いでな。そうすれば威力については何となく感覚はつかめるだろう。荒行時な方法だけどな。けど、今までに暴走したことないなら、問題ないはずだ。大体の奴は一瞬魔力を爆発させても、すぐ本能がそれを押さえつけてくれる。怖がるこたあないさ」

「そう。わかった、今度やってみる」

「ちゃんと屋外でやるんだぞ。基礎基本が身についたら、俺が訓練してやっても良いぞ」

 ゴウリウスは樽のような体を揺らして笑った。

 その後アルベラが宿泊する宿に着くと、食堂になっている一階で優雅にコーヒーを飲んでいるガルカと合流した。





 部屋割りはアルベラとエリーで女部屋を一部屋。護衛二人とガルカの男部屋を一部屋。

 宿の亭主の歓迎を受け、部屋の鍵を受け取り、一先ず荷物を自分達の部屋へと運び、今夜はもう寝るだけだ。

 アルベラは机の上の水を張ったボウルへスーを移すと、やや面倒くささも感じながら着替えを手に持つ。

「エリー、お風呂はいってくるー」

「はーい」

(ん? ていうかエリーは今日どっち使うんだ? 女湯………いや、すっぴんになって男湯………)

 男湯に入ったら入ったでなんか犯罪の匂いがするんだよなー、などと考えながら部屋の扉に手を掛けると、アルベラがドアノブをひねる前に外から扉が開いた。

 一瞬ガルカの物と思しき脚とその下に溜まる影を見た。その影が膨張し、飛び出したかと思うと一気に視界が覆われた。

『ウオォォォォォォォォン アスタッテ様ァァァァァァ!!!!』

 体の奥底に響く声と、犬の遠吠えが重なったような声に部屋の壁が揺れた。アルベラの視界は真っ黒に染まり、体が靄のようなごわついた毛におおわれる。

「な、に………」

 呆然と見上げるとコントンの大きな鼻が視界の端で上下に揺れているのが見えた。そうか。自分は今コントンに頬ずりされているような状態なのか。アルベラは仰向けに床に倒れたまま大きな犬を見上げる。

 スーが突然の振動と遠吠えに興奮した様子でコントンに威嚇していた。たまに体をぶつけては、何か文句を言うように声を上げている。

「ほら、もういいだろう。気は済んだか」

 青年の声に目をやれば、無言のエリーに、腕で首を絞められているガルカの姿があった。その言葉は初めコントンに向けられたものかと思っていたのだが、どうやら自身を締め上げるエリーに言った物らしい。

 アルベラは自力でコントンを引きはがすと、序にエリーをなだめて息をついた。

 肩にスーを乗せ、「あんたたち」と怒りを込めて静かにガルカとエリーとコントンを睨みつける。片手には寝巻とタオルを抱えている。

「私が 戻るまで 『 大 人 し く 』 待ってなさい。いい? お と な し く、静かに」

 緑の瞳にじっと見つめられ、天井に頭をつけて狭そうに背を丸めるコントンがこくこくと首を縦に振る。

「ほら、そこの二匹は」

 エリーは笑みを浮かべて頷いたが、どこか渋々のように見えた。ガルカは何故か自信満々に「任せろ」などと言っている。任せられそうにもない。

 アルベラは室内の二人と一匹をジト目で見やり、扉を閉じた。

 一瞬、扉が閉まり切ったのが合図と言わんばかりに、室内から音が上がったように思えたが気のせいだと思っておく。

「よう嬢ちゃん。明日は九時でいいんだったな? ………ん? 良いのかあ? 室内とはいえ一人で出歩いて」

 一階の食堂で酒を嗜んでいた様子のゴウリウスとアベルが階段を上がっているところに出くわす。

 その遭遇にアルベラは緊張した。先ほどのコントンの騒ぎは聞こえてないのだろうか。調度品が音を立てるほどの揺れもあったのだが。

「大丈夫。浴場に行くだけだから。お二人はこれからもう就寝?」

「ん? 何言ってんだ? 俺たちゃ護衛だぞ。これから寝ずの番だ。………アベルがな!」

 冗談か真実なのかが分かりづらいセリフだった。がっはっはと楽し気に笑うゴウリウスの横で、アベルは何が面白いんだか、と飽きれた様子で首を振っていた。

「頼もしいけどちゃんと寝てよ? 明日しっかり働いてもらうんだから」

「おうおう、全部しっかり任せとけ!」

 アルコールで気持ちよくなっている様子の大人たちと、一階の宿のスタッフらの様子にアルベラは胸をなでおろす。どうやらコントンのあの遠吠えも、振動も、あの部屋の外の者たちには届いていないらしい。

 ガルカかコントンの仕業なのだろうか。

 便利な技を持っているものだとは思うが、手の内が分からないので使い勝手が悪いものだなと、アルベラは曖昧な表情を浮かべ、この宿の湯の場へと向かった。



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