120 / 310
二章 水底に沈む玉
120、玉の回収 5(目的の場所)1/2
しおりを挟むどこかの民家の、リビング兼ダイニングだろう。
夫婦と思われる中年の男女と、そのどちらかの父母と思われる初老の男女。四人で争い、息絶えたような現場だった。その遺体を、小さな魚型の魔獣が食い荒らしている。生きてる物には興味を持たないのか、魔獣はジーンの動きに一瞬警戒し、遺体から離れる。だが、また数秒後に戻り、死体の一部に噛り付いた。
(転移魔法? ………トラップ? 嫌な場所に放り出されたな)
食い荒らされた遺体の一つを観察する。村の中は外よりだいぶ涼しく感じた。そのせいなのか、それとも、この水の様な現象を引き起こしてる魔力のせいなのか、遺体に腐敗の様子はなかった。死んだときの状態と、その後の食い荒らされた状態が、新鮮に保たれている。
ジーンの視線が、遺体の指先にとまった。
体の端々が溶けてる。
(なんで)
その場だけを見ていても、その理由は分かりそうになかった。
事前に知らされていた状況を思い出しながら、それを確認するように、キッチンから見える一通りの扉の中を見て回る。
(窓の外にも死体と魔獣か。外の方が酷そうだな。あと、は………魔力のこもった道具類が浮いてる? ………………これって)
ジーンは自分の足元を見た。
「………まずは人命救助だ」
この家に、生きてる人間がいないか確認しないと、と階段を上る。二階に行くと、子供部屋らしき扉があった。
ドアノブを捻ると、小さく開いたのち、内側から何かに塞がれているように、扉が重たくなった。
行けるか? と、力いっぱい押してみる。少しずつ、内側の重荷が押されていくのが分かった。下の大人たちは、この部屋には興味も持たずに殺し合っていたという事だろうか。
自分の体が入り込めるまで戸を押し、部屋に入ると、ベッドの上から、窓に頭を乗せて外を覗く、子供の姿があった。自分と同年代の少女だ。横に、弟らしき少年が横たわっている。
「おい、あんた………」
少女の元へ行き、言葉を切る。彼女の首元に触れ、僅かに目を伏せた。息をつき、彼女を少年の隣に横たえる。
見た限り外傷はない。衰弱するほど痩せこけてもいない。体から、魔力と魂だけが抜き取られてしまったような遺体。精巧な人形にも見える。
どんな気持ちで閉じこもり、どんな気持ちで外を眺めていたのか。 恐怖や不安、空腹なんかも感じたりもしていたのだろうか。
「………………………ごめんな」
薄く開いたままの少女の瞼を、ジーンの手が優しく閉じる。
「ヴォオオン!」と叫び声をあげて、頭上から襲ってきた魔獣が地に落ちた。それは完全に絶命すると、水のようになり、原型を無くし、崩れるように消えた。
魔獣とはそういうものだ。
自然現象、または偶然の産物。増殖に雌雄が必要ない。発生の原理が解明されている物もあれば、どうやって生まれたのか分からないような化け物もいる。
彼等は、産まれ方は違えど、生きている限り、人やその他の動物同様生命をもって活動する。それらが絶命しすると、体は、彼らを生むに至った現象や、物質、魔力となって散り、世界の一部に溶けて戻るのだ。血肉を持って動く動物のように、遺体が残る事は無い。
ジーンは、初めの民家を抜け、北を目指し駆けていた。その姿を、魔獣や魔族の視線が追う。
本来なら、配属された班から離れ、北の養護施設に向かう予定だった。事情を話し、班長からも了承を得ていた。
『この班だけ一人多いし、良いぞ。その代わり一人はダメだ。お前の腕は分かってるけど、念のため二人で行ってくれ。用事が済んだらすぐ合流な』
(皆。多分、自分の担当地域に向かってるはずだ。地図は持ってるし、大丈夫だろう)
「皆なら大丈夫」というのが、都合のいい思い込みなのは重々承知だ。だが、訓練を共にする先輩を、心配するのも失礼な話だ。こうなってしまったのなら、鍛え抜かれたチームメイトより、一般人である友人を優先するのが先決だろう。
(もろ私情だな………まあ、私情があって乗った船だ)
後悔する事だけはあってはいけない。
「——————っぶな」
通り過ぎようとした生垣から、突然目の前に大きな手が突き出される。見て分かる魔族のそれに、遠慮なく剣を振るい切り落とす。逆上した魔族が襲い掛かってきて、ジーンはそれを迎え撃つ。
魔力を剣に込め、炎をまとわせた。すると、剣が若干軽くなり、水の揺らめきに影響されたかのように、切っ先が目標からそれた。自分の体も踏ん張りが弱まり、動きが鈍る。
「ちっ、やっぱだめか」
魔法は使わずに、ジーンは剣のみで魔属を切り捨てる。
「はぁ、やりづらいな」
(魔法を使うと、水の影響を受ける。動きが鈍くなる上、魔力の消費も激しい………………………。更にこの、気性の荒らさ、か)
ジーンは、さっきからずっと自分について回る、頭上の魔獣達を見上げる。
空中で旋回する魔獣は、やたらとこちらを気にしているようだった。隙を見て、弱ったところを突いて来ようとしているのか。頭部にたくさんの目玉をつけた魔獣が、全ての瞳を自分に向けさせていた。
(空中で泳げて面白そうかも……………………とか思ったけど。これは無理だな。泳いでる間に一呑みにされそうだ)
少し残念そうに剣を払い、鞘に納める。
辺りからはちらほらと、他の兵士たちの声が聞こえていた。その声も、若干だが、水の中に居るような音質で始めは気持ち悪かったが、今は随分慣れてきていた。合流を試みている者もいるらしく、自分の班号や、名前を呼んでる声もする。その中に、自分の班員たちの物はない。
(大丈夫だ)
自分に言い聞かせ、先を急ぐ。
「たすけて!」
足早に道を駆けていると、子供の高い声がした。
(近い)
声のした方の道に入り、声のままに進むと、小さな雑木林に阻まれた袋小路へとたどり着いた。
「たすけて! たすけて! ………へへ、へ、………たすけて! ………へへへへへ」
小さい子供の声と、低い獣のような声が入り交ざる。
水中のような視界で、塀の上から鮮血がぼたぼたと地面に落ちているのが見えた。
「へへへ、またきた。また、ガキ。うまそうなガキ、たくさん。へへへ、へへ………たすけて! たすけてー!」
鳥のような頭に猿のような体の魔族が、別の班の、名も知らない兵士の頭を貪っている。ジーンに目を向けたまま、兵士の心臓をえぐり取ると、それを口に放り込み、他の部分を投げ捨てた。それを、宙を漂っていた、通り掛けの魔獣が咥えて持ち去る。
「たすけて! たすけて! へへ、肉! 肉!」
魔族は、塀から飛び降り、血に染まった猿のような手を振り上げる。
魔族を静かに見つめていたジーンは、素早くその手を交わす。赤い瞳は、冷静に魔族の動きを観察していた。
二つの腕をきれいにかわし、真正面から懐に入り込む。魔族が兵士を食っている時から、既に抜いていた剣を、目の前の分厚い胸に突き刺す。「ギャア!」と魔族は声を上げる。すぐに剣を抜くと、足元に絡まりつこうとしていた魔族の尾を交わし、蹴り飛ばされないように気を付けながら、魔族の横を抜け、その背に回り込む。虫のハネの生えた背を踏み台に駆けあがると、もう一度、魔族の心臓の位置へと剣を突き立てた。魔族はまた、「ギャア!」と声を上げた。
両腕をぶんぶん振り回し、爬虫類のような尾で地面を叩く。
ジーンは、背から素早く抜いていた剣を、今度は魔族の肩口から、心臓めがけて深く突き刺す。赤い髪や瞳が、煌々と輝いた。
(よし、これなら)
「燃えろ!!」
髪が小さな火の粉をまとい揺れる。肩から腕にかけて火が走り、剣の周りをぐるりと回りながら魔族の体を包み込む。二メートルあろうかという魔族の体は、一瞬で炎に包まれた。炎の勢いに、ジーンの体が水中かのように上へと持ち上がる。
水が蒸発する音と、気泡が上えと登っていくゴボゴボという音。ジーンは剣を鞘に納め、両手で水を掻く動作をしながら魔族の上を通りぬけ、地面へと戻る。魔力をひっこめると、足がしっかりと地面を掴んだ。
(魔法は最後の止めだな。相手の動きが鈍ってからじゃないと危ない)
「ジーン!」
「ジャック、ヨデ」
ジーンが振り返ると、二人の少年が袋小路へとやってきたところだった。
どちらも同じ訓練所に所属で、別班のジャックと、同じ班のヨデだ。
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる