アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

141、実戦と地図 4(エリーの体臭)

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 数日後。

 家庭教師のスレイニー先生の授業を終え、夕食までの自由時間。

 アルベラは事の顛末を八郎に話すため、彼の家を訪れていた。

 ピリは数日屋敷に居たが、思っていたよりも早く帰国の準備が進められ、昨日帰っていった。

 騎士たちと、東の国の地理に詳しい冒険者パーティーによる厳重な警備の元。ちなみに未成年なので、しっかりとお世話係付きだ。

 同じ転生者であり、前世的な意味で「同郷」の仲であるアルベラは、すっかり八郎を信頼しており、彼への近状報告もほぼ習慣と化していた。

 アルベラはピリから聞いた匂いの話と、エリーの部族とやらの話をし終え、一仕事終えたように息をつく。

「なるほど! 確かに。東の地で、拙者もそんな話を耳にしたことがあるでござるよ。人間兵器の開発だとか、失敗だとか、集団逃亡だとか」

「その三つの言葉で大方の流れが理解できるから凄いわね。じゃあ、エリーは改造人間の子孫ってこと? それとも最近の話で第一号か、二代目?」

「本当、お話が早くて助かりますね」とエリーは苦笑し、「あ、ちなみに子孫ですよ。もう七~八代目位にはなるんじゃないかしら?」と付け足した。

「その実験、拙者も小耳にはさんだ程度でござって、詳しくは知らないんでござる。………ち、ちなみに、方法はキメラ的な継接つぎはぎ法でござるか? それとも人工交配………。 ………そ、その場合体内受精か体外受精かも気になるところ! エリー殿は存じているでござる?!」

 自分の専門外だというのに、八郎が興味津々で身を乗り出す。テーブルの上の茶器が音を立てた。

「ええご存じよ。結果的に言えば、全部試したそうよ」

 エリーはこの話の最中、終始にこやかだ。部族としてのトラウマや負の感情的な物は、この代になるともう一切ないということか? とアルベラは疑問に思う。

「今のように他人種同士の契約なんて、ろくに交わされてない時代でしたからね。材料(他人種)は密猟し放題。金持ちの見世物にして更なる資金稼ぎ。研究と娯楽と、ってね。………そこそこに業の深い話よねぇ」

「見世物?」と、アルベラが首を傾げる。だが、その意味を自力で何となく想像できたときには、エリーが意地悪な笑みを浮かべ、口に出して説明を始めていた。

「嫌がる他人種の娘を拘束して、知能を持たない四足歩行の種族を、人為的に発情状態にしてけしかけたりと、………交配の過程を見世物にしたんです。本当、良い趣味ですよねぇ」

 エリーの言葉に若干粘度が出る。そして彼女はじーっとアルベラを見つめた。

「あんたも良い趣味してるじゃない? どんな反応を期待してるのかしら?」

「それは勿論、想像して少し気まずそうにするお嬢様を………ふぃやん♡」

 アルベラにぐいぐいと頬を押され、エリーが嬉し気にニヤケる。

「ふーん。なるほど。ちなみに拙者は異種族物は創作物であれば割と行ける方………正直に言うなら結構行ける方」

「黙れ。聞いてない」

「………失礼。こういう場合はレディーファーストでござった」

 八郎にジーっと見つめられ、アルベラは「おい今何を譲った。良いからその好みの話は置いとけ」と冷めた言葉を返す。

「まあ、話を改めるに………エリー殿の体臭も、きっとそのせいでござるな。ひとつ道が開けたでござる」

「ん? ………あ、そうか。遺伝てこと?」

 アルベラが尋ねる。

 抱き着く等の距離感でないと分からないが、エリーは「美女」という外見でありながら「加齢臭」持ちなのだ。それは朝剃って、夕刻には生えてきている髭同様、本人の悩みの種であるらしい。アルベラにとっても、それは髭同様、抱き着かれた時に限りいい迷惑だった。いい匂いになったからと言って、ホイホイとあの腕力で抱き着かれたくもないわけだが。

「遺伝、それもあるかもしれないでござるな。あと気になったのがもう一つ。二人共聞いたことないでござらんか? 加齢臭が一種の『危険信号』であるという話」

「ええ。お店でもたまに話題になるもの。『賞味期限』のお知らせでしょ? ………ん? ハチローちゃん?」

 エリーは八郎に『賞味期限切れ』宣告をされたと思い、笑顔のまま圧を掛ける。

「違う違う! 違うでござる!! 拙者が言いたいのは、拙者ら『ヌーダ』と呼ばれる裸人種はだかじんしゅに、通常なら混ざらない血が満載に混ざったことで『危険臭』を放ってるのでは、という事でござる。というより、周りが勝手に『危険』と感じ取ってしまう、という方が正しいでござるか」

「ああ、なるほど」

 八郎の言いたいことが分かり、アルベラは納得の様子で口に紅茶を運ぶ。

 エリーも矛を収め、僅かに浮いていた腰を椅子に乗せなおす。

「血が混ざり過ぎて危険、ヌーダ的にはこの種族は受け入れられない。そう言った意味があるのか、単純にそういう匂いを放つ種族の体臭が遺伝したのか。血が混ざって独自の進化を遂げ、ヌーダや一部の種にだけ、『加齢臭』と感じさせるような匂いの成分を生成するようになってしまったのか………。エリー殿の消臭薬の開発には、他人種や他種族についての知識を深めていく必要があるでござるなぁ………。専門家を探すでござるか!」

 八郎は考え込むように腕を組む。エリー用のデオドランド作りの事で頭がいっぱいのようだ。いままでいろいろと試しに試して作ったが、どれも玉砕だった。新しい情報に道が開け、興奮に鼻息が荒くなっていた。

「なるほど。遺伝に危険信号か………」

 話している相手が八郎だったこともあり、アルベラの頭に浮かんだのは前世の例だった。「アジア人」「欧米人」という言葉。

 しかしこの世界の体臭はさらにバライティーに富んでいる。獣系の人種、虫系の人種、魚類系の人種。その他異種族。花の蜜のような香りがする種族もいれば、ヘドロのような匂いのする種族もおり十人十臭。

(ん? そう言えばニーニャが、スッピンの時はエリーから甘い良い匂いがするって言ってたような)

 前に聞いた使用人のぼやきを思い出す。

 ニーニャの言葉に、アルベラは疑って返した。

『寝る前でしょ? お風呂から出た後とかだし、石鹸やオイルの匂いじゃなくて?』

『そうなんですよね。私もそう思ったりします』

 エリーと同室の、唯一エリーの正体を知る彼女はのほほんと笑っていた。

(………え? まさか? ………いやいや、まさか)

 ははは、と笑い、アルベラは首を振る。

「人種………正直、その線は結構考えたわぁ。………私のおじいちゃんトロールが混ざってたし」

「え゛?!」

「トロル?!」

 ポロリと零したエリーの言葉に、アルベラと八郎が目を丸くする。

「キャッ、言っちゃった!」

「そうかトロール! ………って、誰がトロール混ざってるだなんて思う!! こんな美人に!!」

 アルベラが「ダンッ!」とテーブルを叩く。その横でエリーが「ああ。美って罪よね………」と嬉し気に頬を染めた。

「ま、まあ、エリー殿にそんな種族の血が混ざってるとは想像しがたいでござるが、けどトロールの匂いではないでござるよな?」

「流石ハチローちゃん」

「え? 違うの?」

「まあ、拙者もだてに北から流れてきてないでござるよ。トロールなら何度かあった(素材にした)事が

あるでござるが、もっと野性的な匂いでござる。土臭くて、肉食獣的な」

「へ、へえ………」

「そうなのよ。ピリちゃんに他に何か匂うって聞いても、エイヴィの匂いしか分からないっていうし。トロールの匂いなら、あの子に分からなくもなはずだし………まあ、それはあのクソ魔族も同じだけど………けどどっちも、嗅ぎつけたのは同族の匂いだけで………。ほーんと、不思議よねぇ」

「へぇ。なんで同族だけ………」

「単純に我らの人種の嗅覚が、同族を嗅ぎ分けられるほど優秀でないだけかも、でござるな。エリー殿が持つ全種族の匂いをかぎ分けられないが故の、すべて混ざって匂ってしまうが故の加齢臭擬き………おや。それの線も濃厚………」

「あ………」

「どうしたでござる?」

「あ………いや。匂いとは関係ないんだけど。………エリーのスッピン時と化粧後の変化ってもしかして他種族の血が関係して、」

「これは化粧ですよ」

「これは化粧でござるよ」

(………なんで言い切れる)

 こうして今日の八郎宅訪問は。エリーの体臭の話で盛り上がり幕を閉じた。





 日の沈みかけた道。明かりをぶら下げた二頭の馬が、主の帰路を歩く。

「お嬢様、今日のお話、他言無用でお願いしますね」

 エリーが声を潜めてそう告げた。

「この国ではまだ良いですが、場所によっては私、処刑対象なので」

「ああ………混血を処刑する国があるんだっけ?」

「ええ。あと好んで食用にする国なんかも」

「怖」

「ふふ、以前お嬢様が変装した老婆の装いはそちらの国の物ですよ。かなり小さい国ですが、食人というインパクトのある習慣のせいで有名ですね。私、あの国だと高級食材なんです」

「へぇ………じゃあ私はあの時高級肉を連れて歩いていたのね」

「そういう事ですね」と、エリーは冗談めかして肯定した。

「で、あんたの話に夢中になって、これ出しそびれちゃったわけだけど」

 アルベラはポケットから地図を取り出した。

 小さく折りたたまれたそれには、値札のようなものが貼ってあった。ピリが屋敷で寝泊まりしている間にくれたものだ。





『ピリ、光るもの好きだから、あそこ出てくるとき適当に掴んで持ってきてたの。それに混ざってた』

『サラッと窃盗罪自白するのね』

 アルベラの自室で、二人はベッドの上に転がりながらこの地図を眺めていた。

 ピリは屋敷で準備した真っ白な寝巻に身を包み、アルベラも就寝用の緩めのワンピース姿だ。

『これ、アルベラにあげる。光る物は、帰る時体に異常がないかの身体チェックがあって、その時不審に思われるだろうからって、ティーチが心配してくれたの。だからティーチに上げちゃった』

『それきっと下心よ』

『けどチェックの時取り上げられちゃうのは変わらないし、いいの。恩人に上げた方がピリも嬉しい』

『そう? ならいんだけど』

 アルベラは地図を見下ろす。ピリも顔を寄せ、地図を一緒に覗き込んだ。彼女の頬から耳にかけての辺りには柔らかい羽毛が生えており、それがアルベラの頬に僅かに触れる。くすぐったくもさらりとしていて心地いいその肌触りを、アルベラはそのまま知らぬふりをして楽しむ。

『ここね、ピリの家がある辺り。ここ、きっとお宝。』

 ピリが嘴の先で自分の家辺りと、地図に記された赤丸を示す。

(横着………それともこれもエイヴィ一般の嘴の使い方なのだろうか………)

 アルベラは嘴の先に目をやる。

『お宝、ねえ………』

 地図の端には、確かに小さくだが、お宝らしき名称が書かれていた。「竜血石、極上品」と。

 地図の裏には結構な額の値札が貼られていた。地図だけでこの値。この石があるとすれば、この石自体はきっと、もっと高価な代物なのだろう。

 なら、その石とやらを誰かが取りに行き、現物を売ればいいというのに。あえての地図での販売。………これいかに。

 『うーん』と呻き、アルベラは組んだ両腕に顎を埋める。

『ピリの家はお宝の場所より遠いのね』

『うん。山の向こう。飛べば直ぐだけど、アルベラ飛べる?』

『飛行できるほど風の魔法には長けてないの。けど脚はあるのよね………』と、気分屋の魔族の奴隷を思い浮かべる。

『そうなの? ならここ行くときに寄りなよ。ピリお礼するよ』

『寄るって。寧ろピリの家行く途中にお宝に寄る、の順の方が正しいんだけど………。そうね。折角だし考えてみる。けどこんな遠出、一体何日必要になるか………。専門家に聞いてみるわ』

『専門家?』

『そう。遠出に詳しい専門家』





 その専門家候補第一が八郎とエリーだったわけだが―――。

 後日、第三者の介入によって「行くか行かないか」を含めた話は数分でまとまった。
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