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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
146、寮入り 3(続々と出会い 1/2)
しおりを挟む公爵ご令嬢は涼やかな笑みを浮かべながら、平民の特待生へ話し掛ける。
その口調は以前からの知り合いといった様子で穏やかだ。周囲はこっそりとその会話に耳を傾けていた。
「久しぶりね、ユリ。まさかあなたとここで再開するなんて思ってなかったわ。―――入学おめでとう」
「へへへ。アルベラ………様も、入学おめでとうございます。少し前にミーヴァが、アルベラ様が公爵ご令嬢だって教えてくれて。この学校に入学が決まった時とか、もしかしてって期待してたんです」
「そう。無理に敬語にしなくても良いわよ。私達同級生なんだし」
「………ありがとう。正直どうしたらいいのか迷ってて………そう言ってもらえるならお言葉に甘えさせてもらいます、公爵ご令嬢様」
ユリはニコリと笑い、安心した表情を浮かべる。声は緊張が解けて柔らかくなっていた。
「それにしても………あなた、髪の色明るくなったわね。五年前はもう少し茶色かった気がするのだけど」
彼女の明るいオレンジの瞳は以前のままだが、髪は予想外にも瞳と同じ、透明感のある明るい色味へと変わっていた。
この世界では、成長と共に髪や瞳、肌の色が変わっていくなんてざらなことだ。
だが、まさか、過去に出会ったことのある少女の髪が、こんな見事に変化しているとは予想していなかった。原作ゲームでのヒロインのデフォルトデザインがオレンジ髪のため、ひそかにその色を意識していたアルベラは、まんまと騙されたような気分だ。
「そうなの。少しずつこの色に変わって行って。あんまりゆっく変化してくから、私が気付いたときにはほとんどこの色で。お母さんの髪色がオレンジだったんですって」
「ですって、って………」
(………ああ。確か母親は幼いころに亡くなってて、顔は知らないんだっけ。たしか父親も、少し前に………)
原作での基本情報だ。この情報が原作通りか、今は無理に確かめる必要はない。アルベラは口を閉じる。
「ジャスティーア」
ユリの後ろから白い人影が現れる。
「あら」
アルベラは見覚えのある顔に目を細めた。
(セーエン・スノウセツ。………ヒーロー様じゃない)
セーエンはアルベラを一瞥すると、ユリに視線を移す。周囲に聞こえない小さな声で、彼女へ耳打ちした。
「彼女とはあまり関わるべきじゃない」
「え?」
ユリは疑問の瞳をセーエンに向ける。
(聞こえてますが)
そう思いつつ、アルベラは知らぬ顔でセーエンへ笑みを向ける。
「はじめまして。あなたもユリのご友人かしら? 私わたくし、アルベラ・ディオールと申します。どうぞお見知りおきを」
セーエンはアルベラの挨拶に一瞬不快そうな表所を浮かべるが、ユリの顔を見てポツリと呟く。
「友人………」
カランカランと鐘の音が響き渡る。
エントランスに集まった生徒たちの目が、中央の階段へと集まった。
そこには、上品そうな中年の女性が立っていた。彼女の周囲には、幾つかの半透明の光の鐘が浮いて音を鳴らしていた。全員の注目が集まり、場が静まると、その鐘は光の糸がほどけるように消えていった。
「皆様、こんにちは。寮長のキッシュ・トルタです。どうぞよろしくお願いいたします。これから寮の案内と、生活についての説明をさせて頂きます。まずは私と共に寮の中を回りましょう。………では、こちらへ」
(………丁度いいタイミングね)
歩き出した寮長の後に続き、生徒たちが動き出す。
「じゃあまたね、ユリ」
「え、アル」
一緒に回ろうと思っていたユリが、足を踏み出す。それをセーエンが服を掴んで止めた。
「アルベラ様、良かったんですの? ご友人のようでしたが」
自然と、先ほどまで話していたルーラとケイソルティと合流する形になり、アルベラは彼女達と集団の中を歩く。
「………ええ、良いの。話ならこれから幾らでもできるもの」
公爵ご令嬢は寮長の背を眺めながら、何を考えているのか分からない笑みを浮かべたまま答える。
***
悪役。
それは物語での引き立て役。主役との優劣の、善悪の比較の対象。主役と敵対する者。
主人公との関係は物語によって様々だ。
お互いがお互いを意識しいがみ合ったり、どちらかが一方的に相手を嫌っていたり、お互いを認め合ったうえでの良きライバルであったり。
悪役にも色んなスケールがあるわけだが、『原作のアルベラ』にも幾つかパターンがある。主人公をとことん陥れようとする小悪党のようになったり、高め会うライバルのようになったり。それは主人公の通るルート次第ーーー
(………まあ、そこは追々だよな。折角だし、前世の自分なら全力で回避しそうな『敵対関係』を希望だけど。死ぬわけでもないし。逆に生ぬるくお友達をしつつの『ライバル関係』みたいにはなりたくないなぁ。………一先ずは、どこかのタイミングで私が一方的に目の敵にするか。あっちは友好的だし、この先何もなければそうするしかないよな)
まあ、何かする前に何かが起きて、どういう訳かユリから盛大に、良い感じに嫌われる可能性もなくはないが。
(そうなってくれれば楽っちゃ楽だけど、あの感じじゃ確率低いか。はぁ………、けどまさかあの子が。元のキャラデザに近いには近いけど………少しカスタマイズされてない? 少なくともあの容姿………初期設定のデザインじゃないよな。可愛いには変わりない………そりゃ可愛いには変わりないけれども、原作と見た目変わってたら気づきようもないじゃん)
原作のヒロインは見た目をいじれる仕様なのだ。何もしない初期デザインは、背中に髪がかかるくらいのオレンジ長髪だ。プレイ中、街に行って髪形を変える事もできる。肌の色や目の形や色も同じく、プレイヤーの好みで変更可能だ。
今のユリの姿は、少年アスタッテの好みで弄ったという事だろうか………?
アルベラの脳裏に、彼女と出会った頃の、幼く人懐っこい少女の笑顔が浮かぶ。「またいつか会おうねと」、前にミーヴァを介した手紙でやり取りしたことがあった。
(………随分、大きくなってた)
親戚のおばちゃんのような感想にアルベラは苦笑する。そして小さく、「意地悪だなぁ」と例の少年へ向けてぼやいた。
寮長の案内と説明が済み、アルベラは自室に一度戻り、また外へ出てきていた。丁度エリーもガルカも留守にしていたため、一人で寮周りの回廊を散歩中だ。
他にもぽろぽろと寮生たちの姿はあったが、わざわざ先ほど案内されたばかりの敷地内を、改めてふらつく者は少ないようだ。お嬢様もお坊ちゃまも、室内で時間を潰しているか、馬車で街に出ている者が大半だろう。
(中等部のもそうだったけど、きれいに手入れされてるなぁ。流石由緒正しき、な学園。………そういえば、バルコニー、まだ出られるんだっけ)
頭上にせり出たそこを見上げ、何となく足を向ける。中庭とバルコニーは、緩く大きめなカーブを描いた階段で直結していた。
階段を上りきりバルコニーを眺める。
友人とテーブルに座り会話をしているもの。一人で紅茶を飲んでるもの。目をつむり、魔術具で音楽を嗜んでるもの。人はまばらにいた。
(どうせ後でまた来る場所だけど………。へえ、寒くないのか。平日は混みそうね)
屋外だが、魔術を張って適温に保たれているようだ。
食堂とも繋がるこのバルコニーは、今夜の宴でも使用する場所だ。
アルベラは柵の方へと歩き、これまた魔術のおかげで雪の積もってないそれに肘を乗せる。
(家の外で付き人無しで歩くの、初めてな気がする。今まで気にしてなかったど良いもんだなー。何か身軽。………あら。別に探してなかったんだけど。偶然)
雪が積もった様も美しくなるよう設計されたかのような庭園。そこをぼんやり眺めていたら、あのオレンジ頭が目に付いた。白い雪の中だと随分目立つものだ。
ユリはベンチに座り、学園から配られた冊子を眺めているようだった。暇を持て余しているのだろうか?
そこから少し離れた場所では、二人の生徒達がガゼボの中で談笑していた。テーブルの上に魔術印の描かれたスクロールを広げている。
何となく、彼等の視線が気になった。気のせいだろうか。彼等はユリを見ながら笑ってるように見える。
(平民の陰口? うわさ話や注目も、私のとはまた質が違うから苦労するわね)
今、自分の背に感じる視線と噂話に気を向け、直ぐに庭の景色へと意識を戻す。
(あの子達、何を―――)
「………!」
アルベラは反射的に、片手をふわりと払っていた。
(ちっ。暇だな。晩餐会の出席は自由。明日の入学式は午前で、その後もまた暇するんだよな。夜まで街をぶらつくか、どっかで肩慣らしでもするか。………こんなのほほんとした場所でじっとしてたら体も頭も鈍りそうだ………)
公爵家のご令息ウォーフ・ベルルッティは、馬屋に向かい回廊を歩いていた。他生徒達が、その長身と肩幅にドキマギしながら彼とすれ違う。
『あれ、さっき説明会に居た人よね』
『大きいわね。先輩かと思ってたのだけど、こちらに居るって事は同学年かしら』
(ったく。魔力も実年齢もガキばっか―――)
「ーーー!?」
バサリ、と分厚い外套が音を上げて翻る。
魔力に反応して、彼は咄嗟に片手を振り上げていた。その口端は好戦的に吊り上がる。
始めに目に入ったのは暴走したような加減の火球。そして次に目に入ったのは、その進行方向、ベンチに腰かけた少女。
彼は「ハッ」と楽しげに、短く小さな笑い声をあげた。
ウォーフの放った火球が、誰かの放った、コントロールされているのかも謎な火球へと猛スピードで駆け抜ける。
そして衝突する、かと思われた瞬間、第三の炎が現れた。横から現れたその炎は、二つの火球を飲み込むと、その場でぐるりと空中前転し消滅した。
炎が消えさった真下には「水溜まり」。そこに高熱を帯びた石ころが落ちて「ジュウウウ………」と沸騰の音を上げる。
石ころはウォーフの放った火の中から落ちたものだ。そしてあの炎と、あの水は―――
(俺の弾を消したのは………あいつか)
二つの火球を飲み込んだ炎。それを放った人物を先に見つけ、ウォーフは不敵な笑みを浮かべる。
(あともう一人、防壁張ったのは………あいつ)
訓練に向かうべく、馬屋へと歩いていたジーンは魔力に反応し咄嗟に炎を払っていた。
目に入ったのは、先ほどあったオレンジ髪の少女だ。そして火球が二つと、少女の前に今水の防壁が張られた。
考えるのは後だ。
ジーンは炎を放った手を自身の方へ引き、拳を握る。
放った炎の手綱が自分の手の中にあるようなイメージだ。それを押さえつけるように、力ずくで自身の方へ引き寄せ、拳の中に押さえ込み、消し去るようなイメージをする。
二つの火球は自身の放った炎に飲まれ、上手く消火できた。役目を失った水の壁は、その場に溶けるように地面へ崩れ落ちた。その上に、時間差でぼとぼとと真っ黒な石くれが落ちて蒸気を上げていた。
(火の中に土くれ。放った奴は随分と好戦的だな)
殺傷性重視の魔法だ。軍人が好みそうだなと考えていたら、鋭い視線を感じた。
(あいつか………あと、)
覚えのある魔力を辿り、寮のバルコニーに目をやる。すると丁度、ラベンダー色の髪の毛が風に揺れながら去っていくところだった。
(あいついつの間に。魔法、結構使えるようになったんだな。………魔力の共有もいつの間にか出来るようになってたし)
意外と努力を積み重ねているお嬢様を想像し、「やっぱ似合わないな」とつい苦笑してしまう。
(と、………先ずはあっちか)
ジーンはまだ知り合って時間の浅い、「ユリ」という少女の元へ、身の安全の確認をしに駆ける。
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