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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

167、お爺様の試験 7(立て続けに不運)

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 アルベラは数メートル先にぶら下がるラツィラスへ声を投げ掛ける。

「なんか漫画みたいなぶら下がり方してますねー。大丈夫ですかー?」

 自分の声が谷に反響した。

「返事がない。きっと屍だ」

『イキテルヨ?』

 影の中からコントンの不思議そうな声が返ってきた。

「分かってる。じょーだんよ」

 アルベラはトントンと自分の影を片手で撫でる。

「ねえ、彼意識はあるの?」

『ウン オキテル。ケド ウゴケナイ』

「そう……」

(意識があるならコントンを見せたくない……けど、そうも言ってられないか……)

「コントン、あの子持ってこれない? 咥えちゃっていいから」

『イイヨ ケド アイツクサイ ガマンデキナイ カモ』

「我慢?」

『クワエタラ カミコロシソウ イイ?』

「……駄目」

 クーン、とコントンから残念そうな鳴き声があがる。

(神様のお気に入りに手を出したら私もただじゃ済まないんだって……)

 アルベラはどうしたものかと辺りを見回す。

(ロープはある。けどあの赤い布を巻いた場所)

「コントン、私の荷物持ってきてくれる? 騎士や兵に見つからずに行ける?」

『ウン』

「じゃあ急ぎでお願い」

 「バウ」という鳴き声を残し、コントンの気配が遠ざかるのを感じた。

 アルベラは雪の中にキラリと輝く氷柱つららのようなものを見つけて、それのもとに駆ける。

 手に取ったそれは、一見細い氷柱にも見えたが氷ではなかった。根元が不透明に茶色く、先に向かうにつれて透明になっている。先端は鋭利に尖っていた。

 アルベラは見覚えのあるこの氷柱もどきの正体に直ぐに思い当たる。

(これ……ユキアラシ。そうか)

 コユキンボに続き、こちらも今週魔獣学の授業で紹介していた魔獣だ。

「魔獣学様様ね。ザッヘルマお兄様ナイスチョイス」

 そうと分かれば素材回収、と腰の鞄から口の広い瓶を取り出し、ユキアラシの針をポキポキと折ってその中にしまう。

(ユキアラシの刺。麻痺と魔力の流れを止める毒だっけ。……麻痺なら解けるかな)

 魔力の方は自分にはどうしようもない。

 アルベラは針を入れた瓶をしまい、麻痺止めと、念のため毒消しを取り出す。

『モッテキタ』

「はや。ありがとう」

 自分の影の上、「とさり」とバックパックが出現する。その横に「撫でろ」と言わんばかりにコントンの鼻先がつき出されていた。アルベラは小さく笑いを零し、それに手を乗せる。

(さて、)

 しゃがみ込み、バックパックからロープと、祖父から渡された救援灯を引っ張り出す。説明を受けた通り、筒を空に向け、筒から伸びた紐を引っ張り抜いた。筒の先から空に向けて赤い閃光が駆ける。このまま狼煙として数分は輝いているはずだ。

(よし。薬薬)

 アルベラは手に持った瓶の蓋を開け、霧の魔法を使用する。





「ほう……誰か落ちたか……」

 ブルガリーは映像を見てつぶやく。

 護衛役のあの二人の騎士を使い、望遠の魔術の目標点をアルベラのいる場所へ直し終えたのだ。

 もともと彼女の周辺にあの二人をはらせていた。その片方が彼女のベース地点へと、望遠の魔術の目標点となっている魔術具を取りに行き、戻ってきたところだった。

 一定の距離を保って映し出される空からの視点、谷へ向かって伸びる雪の跡とアルベラの様子から、人が落ちた事は明らかだ。

「シリアダル殿。騎士達に先ほどの救援灯への反応は無用だとお伝えください。あそこにはすでに私の騎士もいますし、あの魔族も飛んで様子を見てるらしい。孫に不手際があったとしても、人命救助には十分間に合うでしょう」

「申し訳ありません、伯爵。質問なんですが」

「なんですかな?」

「彼らは、あの場所からの救援の術をお持ちですか?」

 アルベラを見守る騎士達がいるのは山側の木の陰。対してアルベラと、崖に落ちた者はもちろん崖側。彼等との間にはそれなりの距離があった。

 アルベラが手を滑らせたとして、その後ろにいる彼らに、彼女らを助けることが可能なのだろうかと、シリアダルは疑問に思ったのだ。

 まして、熟練者ならまだわかるも、彼らはまだ騎士になって浅いと聞いた。

「大丈夫ですよ。あの者等、魔力や魔法の技術は並みかそれ以下ですが、得意分野は魔術でして。どちらもサポートや救助の類に優れております。多分ですが、今頃魔術印を描き終わって、あの場から落ちそうな者を受け止める準備はしている事でしょう」

「なるほど。承知いたしました。余計な心配でしたね」

「いやいや」

 騎士団副長のシリアダルが、騎士全員へ繋がる通信機を起動する。

「先ほどの救援灯については対応済みだ。皆訓練に集中せよ」

 山を降りていたウォーフが、伯爵の横から映像を覗き見て笑った。

「お? アルベラ嬢、ようやく動いたんだな」

(お嬢様、ファイトよ)

 彼らの後ろから伯爵の映像を眺め、エリーは心の中声援を送る。





 数分するとラツィラスから小さく咳き込む音が聞こえた。自分の引っ掛かってる木があまり揺れないように気を使っているのかおさえ気味だ。

「殿下。お加減はいかがです?」

「あんまりよくないね……。手がまだ痺れてる。ロープは掴めないかな」

 その声はまだしびれが残っているせいで小さく弱弱しい。

「じゃあもう少し待てば行けそうですか?」

「だね。多分数分もすれば。この木の方も充分持つよ。頑丈なのに引っかかって助かったな」

 アルベラのもとからは顔は見えないが、どうやら笑っているようだ。

(あんな状況で図太いなぁ)

「分かりました。では気長に待ちます」

 アルベラはそう言い、使用済みの救援灯へ目をやった。そして空を見回し、何か飛んでないかを確かめる。例えばガルカとかガルカとかガルカとか……。

 だがそれらしい者はどこにも見当たらない。騎獣に乗って騎士や兵が飛んできていい物とも思うが、それらも来てないようだ。

(誰も来ないとかある……?)

「コントン」

『ン?』

「周りに誰かいる? 兵士とか騎士とか」

『ウン。ズットイルヨ』

 「へぇ。そう」と言ってアルベラからイラっとした空気がにじみ出る。

「ガルカも?」

『ウン。ミテル タノシソウ』

(くそ……あいつ……)

 祖父の思考がなんとなく読めた気がして、アルベラはイライラした空気を漂わせたまま目を据わらせた。

(この場をどう乗り切るか見てやろうって寸法か? もう少しで計五十五年になる私の人生経験数と鍛えられた精神舐めるなよ……)

 手元に視線を戻し、カバンに取り付けてあるラッチ付きのフックを外し、ロープの先に取り付ける。固く結んだ後、仕上げで固定の魔術をかければ完成だ。だが魔術印を覚えきれていないアルベラは、一般的に生活でよく使用される魔術のポケット図鑑を腰のカバンから取り出してそのページを探す。

「ねえアルベラ。手紙見たかな?」

「手紙? 見てないですが、いつの手紙でしょう?」

「フィンス金の日に君の部屋に置いてきたんだ。もしかして気付かなかった?」

「え、と。フィンスは授業が終わってすぐに学園を出て、そのまま家に帰ってしまったので。私の留守中に殿下がいらっしゃったんだとしたら、手紙自体まだ受け取れてないですね」

「そっか。まあいいか」

「結構大事な用ですか?」

 アルベラは魔術のポケット図鑑をめくりながら尋ねる。

「ほどほどにね。……ほら、カザリット達と食事したとき、僕が兄弟について話したの覚えてる?」

「ええ。ご兄弟と仲はよろしくないけど、気にせず仲良くどうぞってやつですよね」

「そうそう。アレさやっぱなしにできないかな」

「あの言葉自体を無しにするのはお好きにどうぞ。けど、私にその必要がある時は、勝手にお付き合いさせていただきます。スチュート様もルーディン様も、殿下に似て随分素敵でいらっしゃいますし、いつ心が奪われてしまうとも限りませんもの」

「棘がある言い方だなぁ。君と言いジーンと言い……」

 ラツィラスは小さく笑う。

 ―――パチッ

 魔術印の生成に失敗し、アルベラの指先が静電気のような衝撃にはじかれた。これで二回目だ。

(気が散ってるのかな。集中集中……)

 アルベラは気を改めて図鑑を手に魔術印を書き直し始める。

「……けど、そうだな。関わらるなら気を付けて。彼らも・君を利用しかねない」

 そんな彼女の姿は見えていないので、ラツィラスはお構いなしに話を続ける。アルベラのもとへ、崖の下からそれほど聞かせるつもりでも無いような声量の言葉が、つらつらと聞こえていた。

「彼ら、僕の事恨んでるから。第二のお兄様や、スチュートなんかは特に。ルーディンも……僕と同じ学園に、何の用もなく来たとは思えないんだよね」

(どうしよう! なんか凄い気になる話始まった!! 集中! 集中したいのに!)

 アルベラは描きかけの印の手を止め、自分を落ち着かせるように息をつく。魔力は印に込めたまま、次描き出す線が間違えないように、図鑑をよく確認する。

「彼らにとって僕は第一妃の『仇』だからね。僕のお母様や屋敷の皆を殺したのは彼女だっていうのに。倒れたくらいで騒いじゃって」

 相変わらずの真っ白な景色。ぶら下がった正面に見える岩肌と山。頬を撫でつける冷たい風。

 ラツィラスは足元の岸や川を見て、「……本当可笑しいの」と小さく呟いた。真っ白な息が目の前で揺れて消えていく。

「殿下!!」

 上からパラパラと雪が落ちてきて、ラツィラスはあまり大きく動かないように気を付けながら崖の上を見た。アルベラが「まったくもう」と言いたげな、呆れた表情で見下ろしていた。

「もう動けますよね? 声もしっかりしてきましたし。魔法は使えますか?」

「あ」

 ラツィラスは自分の手を持ち上げ、閉じたり握ったりを試した。動作の際に僅かなピリつきを感じるものの、ほとんど回復したように思えた。

 だが、魔法の方はまだだめらしい。風か植物か土か。いずれかを操作できればこんな場所は簡単に上がれるのだが、魔力の発揮ができないのでは仕方ない。

「魔法はだめだねぇ」

 困ったような笑い交じりの返答。彼の様子だけでも、アルベラにはそれが十分理解できた。

(普通の毒消しも散布したんだけど意味ないのか……。ユキアラシ凄いな)

「ではこちらを」

 言葉の後に、ラツィラスの横に縄がおろされる。

「フックをベルトにかけてください。後は縄をしっかり握って」

 ラツィラスは言われた通りにし、準備が終わると「いいよ」と言いながらロープをつんつんと引っ張った。

「コントン。見えないようにお願いね」

『ウン』

 ロープを握り、その先を自分の影の上に落とし、コントンに咥えて引っ張ってもらう。コートの裾が地面に擦るくらいまで腰をかがめ、ロープが影に沈み込んでる部分をその内に隠す。





「おお。嬢、結構力あるな」

 人一人吊っているであろうロープを引っ張るアルベラに、映像を見えていたウォーフが感心する。

 ブルガリーは「うむ……」と言い静かに映像を見続ける。 

 映像の中、引き上げられていくロープを眺め、皆同じようなことを思っていた。

「さてさて。谷に落ちた間抜けは一体どこのどいつだ?」

 皆が思っていたことはこれだ。口にしたのはウォーフだった。

 ずるり、と崖の淵に引き上げられた人物が映像の中に小さく映り込む。

「むむ?」

「……まっ」

「お?!」

 ブルガリー、シリアダル、ウォーフが、それぞれ全く別の反応を示す。

 それらの声と同じようなタイミングで、望遠の魔術の目標の中心点となっているであろう騎士の「え゛っ」という声が聞こえた。

 この魔術、映像は決まった視点からの図しか見えず、どこかにピンポイントでカメラを寄せることも叶わないのだが、目標の中心点となる魔術具周辺の音は僅かに拾うのだ。

 ウォーフは「かかっ」と楽しそうに笑った。

「王子様かよ!」





 ***





 谷に切り立った崖から数メートルほどしか離れていない場所で、アルベラとラツィラスはざくざくと雪を掘っていた。





 ラツィラスを引きあげた後、崖から離れた場所で一息つこうと二人は山側へと向かったのだ。

 だが、そこの道中。アルベラの背後でズボリと不穏な音がした。

「あ」

「え?」

 嫌な予感を感じながら振り返ると、片脚を深く雪に沈めて硬直しているラツィラスの姿があった。





「いや、僕だってさ……普段から注意はおこたってないはずなんだよ……。こんなにドジが重なる事、今まで全くなかったから、本当凹んでるというか。まさかこんなに人の手を煩わせる事があるなんて……。こんな事ばれたらまたジーンに『鍛錬が足りない』だなんだって叱られるな……。この間もさっきの話でちくちく怒られてたっていうのに。『友達』ってそういうのじゃないだろって……これでも僕、一人で部屋にいるときとか結構反省したんだよ。なのにジーンってば全然信じてくれないし……」

 ラツィラスはぶつぶつと言葉を並べ、絶望したように雪の上突っ伏す。その眼はすっかり意気消沈していた。

「手を止めないでくれますか?! ていうかなんなんです?! 谷から引きあげたと思ったら次は足が抜けなくなるって!! あなた神様から愛されてるんじゃないんですか?! ひねくれすぎて神様から見放されでもしたんですか?! ていうかもう面倒くさいので置いてっていいですかね?!!」

 アルベラも遠慮が無かった。

(ア、アルベラ様……殿下にそんな物の言いよう……)

 近くに身を潜める騎士が、彼女の発言に心臓を跳ね上がらせる。そしてその声は彼が持つ望遠の魔術具により、祖父のもとへと送られていた。

 まだ掘り始めて時間も浅く、脚は全く抜ける様子はない。

「……!!」

「……!!」

 落ち込んで伏せっているラツィラスと、文句を言いながら手を動かすアルベラだったが、同時に二入、弾かれたように顔を上げた。

(聞こえた。……気のせい、じゃないはず)

 アルベラはラツィラスを見る。

 ラツィラスは依然、その方向に顔を向けたまま、目を凝らしているようだ。

 そして再度、次ははっきりと、それは聞こえた。

 ―――グゥゥオォォォォォォォォ!!!!!

 山の裾のなだらかな斜面を、真っ白な巨体が猛スピードで駆けてる来る。先ほどまで離れていて見えなかったのだろうそれは、だんだんと距離を詰めてその全貌を明らかにしていた。

 アルベラは「なぁ?!」と声を上げ、ラツィラスは「な゛……」と声を詰まらせる。

「アイスベアーか……」

 木陰に潜む騎士がつぶやいた。

 見晴らしのいい木の枝に腰掛けていたガルカは腹を抱えて笑え転げる。

「クックック………! ハハハ……アハハハハ!!! た、たまらん!! たまらんな!!! ……なんでこんなに相次いで……!!! っ、っ、っ……くくくっ……くくくくく……」

 涙目になり肩を揺らし、彼は木の幹にしがみついた。





「……ザッヘルマ……兄様め……」

 彼は全く悪くないのだが、危険な魔獣三選が見事に全て自分の目の前に出てきてしまった。アルベラは怒りの向けどころが分からず彼の名前を呼ぶ。

(ユキアラシは針だけだけど……だけども……!!)

「アルベラ?」

 静かに立ち上がり前に出ようとした彼女の服を、ラツィラスが掴んだ。

「君、何しようと」

 その声は緊張していた。

 アルベラはチラリと振り返る。彼女の、暗く重いギラギラとした眼光。

 誰の目にも、彼女が兎に角頭にきている様子なのは明らかだ。

「殿下、まだ魔法使えませんよね」

 彼女の低い声に気圧されつつ、ラツィラスは手元に風を起こしてみる。小さく風が動いたのは感じたが、到底あの魔獣に対抗できる威力ではない。

 アルベラはすうっと目を細める。

「ポンコツはじっとしててください」

「ポンコツ……」

 遠慮のない言葉にラツィラスは一瞬本気で凹む。だがすぐに心を立て直し、「けど」とやはりアルベラの服を掴んだ。

「身を挺して庇う、とか馬鹿な事考えてないよね? 僕、そいうの嫌いだって知ってるでしょ?」

 ラツィラスも「絶対に譲れない」と強い視線を向ける。

 アルベラはソネミー伯爵との一件後の事を思い出す。

 ―――『アルベラ嬢、僕の事庇いましたよね。そいうの苦手なんです。次ああいうことがあっても、絶対にやめてくださいね』

 見上げるラツィラスに、困ったようなため息と、強気な笑みが返された。

「大丈夫です。身を挺すつもりなんてありませんよ。これ持っててください」

 アルベラはコートを握るラツィラスの手をほどき、バックパックを彼に預ける。

「私だって、今日のためにできるだけ準備したんです。……昨晩、必死で……」

 後半の言葉には祖父への怒りが込められていた。

「昨晩……?」

「いいから見ててください」

 前に出た彼女は、駆けてくるアイスベアーを正面に堂々と立ちはだかる。彼女はコートの中に手を突っ込み、背中側から何かを取り出した。

 アルベラの手の中で、がちゃり、と重く硬い音が上がる。

(肩にあてて、上の方をしっかり持つ。しっかり踏ん張る。……よし)

 彼女が構えたのは、八郎から借りた機関銃だった。

(見てろよ、お爺様)

 アルベラは不敵に笑う。

(そっか。ずっと気になってはいたけど)

 その後ろ姿を、ラツィラスはどこか遠い目をして眺めていた。

(この分だと今もまだ『彼等ファミリー』とは上手くやってるみたいだね……)





 アイスベアーはもう十数メートル先に迫ってきていた。

 氷の鎧をまとった真っ白な熊は、狂暴で人を食らうと授業で教わった。魔力の多い人間ほど襲われやすく、たぶんこの状況的に、ラツィラスを狙いに来たのだろうな、とアルベラは頭の片隅で予想する。

 彼女は落ち着いた様子で銃を構え、八郎に言われていた「栓」を抜く。魔力が銃へと流れていくのを感じた。彼女の足元に三メートル前後の魔方陣が浮かび上がる。

 使用者からある程度の魔力を吸い取った銃から、半透明な光状の弾帯がじゃらりと現れた。宙に浮いているのに、不思議と重みはある。

(よし、)

『弾の数が使用可能な魔力でござる。弾切れはつまり魔力切れ。少し疲れてきた辺りで、撃つのをやめるのがいいでござるよ。あとは、』

(……あとは兎に角、撃ちまくれ!)

「いざ、ハチの巣!!」

 ―――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ

 アイスベアーの周囲に雪煙が上がる。

 急な弾の雨にアイスベアーは「グゥゥオォォォォ」と唸り、脚を止めた。両手をぶんぶんと振る姿はまるで虫を払っているかのようだ。

 自分が疲れ始める前にトリガーから手を放す。銃に栓をはめると、弾帯がふわりと揺らめいて消え、足元の陣が消滅した。

 雪煙の奥、両腕に胴体を隠すようにして丸くなった熊の姿が見えた。鎧で身を守っているのだろうが、銃撃のかいはあり、その鎧はヒビだらけだ。

(貫通はなさそうね。けどよし)

(……まだ何か隠し持ってる)

 ラツィラスは後ろでにこにこと、耳に栓をしながらご令嬢の様子を眺める。もはやそこに心配の色など微塵もない。

(コユキンボ狩りに一切必要なかったこれを食らうがいい)

 アルベラは腰から手榴弾を取り、栓を抜く。それを見事なフォームでアイスベアーのもとへ放り投げた。

 爆発音。

(もう一個)

 更に爆発音。

 身の回りのものが爆風に煽られバサバサと音を上げる。白煙が漂う中。熊の魔獣が消え去った地を見上げ、アルベラは満ち足りた表情を浮かべていた。

(見たか)





「……」

 木々の影、様子を見ていた騎士は言葉を失い呆然としていた。

「ふん。うるさい玩具だ」

 ガルカは頬杖をつき、爆笑した名残の涙を指で拭う。

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