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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
169、お爺様の試験 9(不運の元凶、祖父の判定)
しおりを挟むラツィラスが取り出したのは片手サイズの巾着だった。
昨日の山で冬に採れる木の実を採って、そのままカバンの中に入れっぱなしにして忘れていたそうだ。
足の裏をコントンに押され、アルベラは「これだ」と確信する。
「けどそれ、俺も今日持ちっぱなしだけど何ともないんだよな」
「だよねぇ。けど、気になってるのが一つあってさ。僕らが採った木のみの中で、開けなきゃわから無い奴ってあるでしょ?」
ジーンは「ん?」という顔をしたのち「ああ、なるほどな」と呟く。
ラツィラスは「ね?」と頷き、巾着の中身を掌に転がした。
直径一センチほどの透明な実がコロコロと出てくる。それに紛れて数個、サクランボサイズの丸い実や、銀色のかさが閉じ松ぼっくりのような物が出てきた。
「へえ。綺麗ですね。この小さいのは何ですか?」
「アイスベリーだよ」とラツィラスが答える。
「氷代わりに飲み物に入れると美味いんだ。液体に漬けると溶けてなくなる」とジーンが補足した。
「そうそう。実が少しずつ溶けて、シャンとかウイスに入れると特に美味しいよね」
アルベラはごくりと唾をのむ。なんだかわからないが美味しそうだ。
(気になる。私も採取したい)
「ではこれは」
アルベラはサクランボサイズの丸い実を指さす。なんだか見覚えのある質感だった。パステルカラー調で、表面に霜がついて白くぼやけている。
「これはアイスの実って呼ばれててね」
「あ、やっぱいいです……」
アルベラは食い気味に止めるが、ジーンが「いいのか?」と首を傾げた。
「多分お前、この実が一番気に入るんじゃないか?」
(私が気に入りそうな実?)
アルベラは渋々と「じゃあ念のため」と口を開く。
「この実は何なんです?」
あえて「アイスの実」という単語は伏せる。
「毒だよ」とラツィラス。
「はあ?!」
(毒なの?! 『アイスの実』なのに?!)
「この実の仁じんはね、食べると少し寒くなるんだ。といっても、毒の効果でじゃないよ。精霊が寄ってきて周囲の熱を下げるんだって。夏まで取っておくと便利かな。毒っていうのは、お腹を下す感じの毒。一つ二つなら問題ないけど、食べすぎ注意だね。あと、お腹の弱い人は一つでアウト」
「ああ。そういう毒ですか」
(人が死ぬ系じゃなくてよかった)
「ワズナーが『あれば採ってきて来てほしい』って言ってたから。彼用に沢山採取して、そっちの袋は昨日、ちゃんと城に置いてきたんだけど……。あ、ちなみにこっちの巾着は自分用」
「なるほど。確かに面白い。面白いです。……面白い、ですが……」
アルベラはじとりとジーンを睨む。
「ジーンは私が悪趣味な毒マニアやら収集家だとでも思ってるの?」
「そうだ」
「違う」
アルベラのカバン。先ほど採取したユキアラシの針が、瓶の中で揺れて音を立てる。
そして今、彼女の部屋のベッドの下には、八郎からもらった薬品類がぎっしりと隠し仕舞われているのだが、本人に毒物収集家としての自覚はまだない。
「ほら、ラツ。それ採ったの大分前半だったけど何ともなかっただろ。さっさと心当たりのあるやつ出せ」
「うん、それがさ」
「こらあ流すな!」
「はい、これ」とラツィラスが心当たりのある実を示した。
かさが閉じた松ぼっくりのような実だ。アルベラが前世でよく見た、平均的な松ぼっくりのサイズより一回り小さい。そして鉄のような質感をしている。
コントンに足の裏を押され、「これだ」とアルベラは確信する。
「タイミング的にこれな気がするんだよね」
「触っていいですか?」
「どうぞ」
一つを手に取り翳してみる。
頭の中であの入店音が聞こえ、とっさに自分の仕事を思い浮かべる。
『 ヒロインがもらったピアスを取り上げる、又は壊す 』
(二年生の前期か。……又は、ミーヴァがピアスにする工程があるから、その段階でも壊したり奪ったりできると……。これがピアス? 結構武骨ね)
実をじっと見つめるアルベラに、ジーンが説明する。
「ボクリの実だ。中心に一回り小さい種が入ってる。宝石みたいなやつ。外のその殻も硬いんだけど、その中の種はもっと硬くて、装飾品や工芸品、装備品なんかに加工して使えるんだ。あと魔術具にも使われるか。水や土の精霊が寄ってくるから魔法や魔術の補助効果が得られるんだ」
「へえ。凄いのね」
「そう。あと結構希少なんだ。種のサイズや質は開けてみないと分からないし、そもそも種が入ってるとも限らなくてね」
「何か真珠みたいだな」とアルベラは心の中で呟く。
ラツィラスは掌に出した他の実を袋に戻し、他のボクリの実を全て出した。
「だから見つけて、採れるだけ採ってこれたのがこの五つ。ジーンは別の木見つけて八つくらい採ってたっけ」
ラツィラスに笑いながら言われ、「まあな」とジーンが少し恥ずかしそうに顔をそむけた。
多分、ジーンが恥じたのであろう言葉を、アルベラは察して言い当てる。
「がめつい」
「偶然そいつより多く採れてたんだよ」
「へぇ……」
「なんだよ」
「いや別に」
アルベラは意地悪く目を細めた。
別に悪いとは思ってない。思ってないのだが、本人が居づらそうにしているのでなんとなく揶揄いたくなってしまう。
ラツィラスがくすくすと笑った。
「これ加工が難しいんだって。銀の殻割る時、注意しないと中の種が駄目になっちゃうんだ。枯れてしおしおになっちゃうんだって。だからそれを依頼しようかなってね。加工品の修行に良いって聞いたし」
「誰かに修行させたいんですか?」
「そう! ホークにね」
「あら」
ホークとはアルベラも知る養護施設の少年だ。ラツィラスやジーンほどの交友はないものの、過去に数回顔を合わせた知り合いである。
数年前に彼の周りでいろいろあり、その問題がアルベラの仕事と深くかかわっていたために、彼の事情はアルベラもよく知っていた。
(去年、行先も告げられずこの王子様に引っ張り出されて、着いてみたら彼の施設のある町だった、なんて事あったな。ただのピクニックとか言って、馬で予想以上の距離を移動して……)
「ちょっと付き合ってほしい」と、かなり軽いノリで誘われたその日。アルベラは王都から南に位置する町の、ごく一般的な食事処に案内された。
事前に用意されていた個室に入ると「少し待ってて」と言われ、「ピクニックとは……?」思いながら椅子に座り、部屋の外に出たラツィラスとジーンを待っていた。勿論護衛としてエリーも共に待機していた。
待っていると、すぐに部屋の外から彼らが戻ってくる足音。「足音も声も二人分より多いような……」と感じていた所、扉が開き「はあ?!」と少年の驚いた声が上がった。
聞き覚えのある声だなと思いながら見てみれば、茶髪にピンクのポニーテールの少年がいた。ホークだ。その瞳は、その日共にこのライラギの町に来た騎士見習い様と似た質感の赤。
『……ちょっ! お前ら!!』
彼は自分の後ろから続いて部屋に入ろうとしていたジーンとラツィラスを押し出し、アルベラを気遣うように扉をそっと閉じた。
そして、扉を丁寧に閉めたのも意味がなくなるような、賑やかな声が店の廊下から聞こえてくる。
『お前ら聞いてないぞ!! なんであの人がいるんだよ!?』
『ふふふ、だって言ってないもの。二人には』
『二人?!』
『うん! アルベラにも言ってない』
『言えよ!!!』
(あの再開から、早や半年以上……)
アルベラは呆れと懐かしさとで目を細める。
「あいつ、去年から見習いとして素材の加工師してるんだ。去年ずっと雑用だったって嘆いてた」
ジーンがくつりと笑う。
「工房に入った頃は、鍛冶師がよかったって駄々もこねてたんだよ」とラツィラスも笑い、「だからこれはホークにお土産。種がうまく出せたら、そのまま加工も頼もうかと思うんだ。完成度によるけど良い値で買い取るよって。友情価格ってやつ」と、言葉を続けた。
「それ値切るやつな」
二人の話に、アルベラは「ぐぅ……」と小さく後ろに身を引く。
(え、やだ。良い話? 良い話なの……? 日光で浄化される吸血鬼の気分になるからそういう不意打ちヤメテ)
***
『殿下。ではその実、置いてきましょう』
(そして置いて行ったその実をコントンに回収させていただきましょう)
『いや。中が気になってきた。まだこれって確定してないし、確定したとしたら尚更気になるし。……ねえ、ジーン、試しにこれ持って少し歩いてみてよ』
(ちっ……)
『わかった』
ジーンは受け取った実をそのままポケットに入れると、普段通りに歩き出した。炎で抉った雪の道から抜け、木々の中に入ってベースの方へと歩き出す。
すると彼は、何を察知してか今いた場所を数歩飛びのいた。その場所にどさどさと雪が落ちる。
アルベラとラツィラスは『おー』と言って拍手するも、ジーンが避けて着地した先で更に大量の雪が落ちる。
―――ドサッ
人一人が埋まる雪の塊を前に、二人はまた『おおー』と関心の声を上げた。
雪は一瞬で炎に包まれ蒸発する。
『くそ……。こういうことか……』
顔を渋らせながらジーンは服を叩いて立ち上がる。
その姿を見ながら、ラツィラスは嬉しそうに、ぽんと手を叩いた。
『確定だね』
(はい。その後私の魔術辞典の中にあった『効果封じの魔術 (応急処置版)』を殿下が試したところ、不幸の力を弱めるのに成功し、それを変わらずジーンが運ぶこととなりましたとさ……。『持ち帰って中を見てみたい』という王子様の心に変わりは無し……)
「ちぇっ」と心の中でこぼし、アルベラは少し距離を空けてジーンの後に続く。その後ろにはラツィラスが続いていた。
足元や頭上に警戒しているはずだが、コユキンボの姿が目に入ると、ジーンは魔法を放ってそれらを消滅させる。
(ベースに戻りながらもコユキンボを狩る精神……器用だなぁ)
そんな姿を見ていると、アルベラの胸にちょっとした好奇心が湧き上がる。それは彼女の後ろにいるラツィラスも同様だった。
ジーンは微妙に凹む雪面を見つけ、念のためにその凹みを避けて歩く。
「おい、ここ一応気を付け」
―――タンッ
―――タンッ
ジーンが後ろを振り向きかけた時、頭と背中に雪玉がぶつかり弾けた。視界にパラパラと雪の欠片が落ちる。
「あ、」と低く小さなアルベラの声が聞こえた気がした。
そのまま振り返ると、雪玉を投げたポーズでアルベラが固まり、雪玉をいくつか抱えたラツィラスが、片手に一つ持ってこれから投げようとしたところで止まっていた。
「お前ら」
ジーンは眉を寄せる。
「頭はアルベラだよ」とラツィラスはにこりと微笑む。
「どうだ」
アルベラは悪びれもせず胸を張った。
「当てた場所なんてどうでもいいんだよ。……どういうつもりだ?」
その声は苛立ちを抑えたように静かだ。
「いやぁ、つい。君が見事に色々とかわすものだから」
「今ならやれると思って。本当に当たると思わなかった。嬉しい」
「……は?」
ぎろりと睨みつけられ、ジーンに怒られ慣れているはずの二人も流石にぎくりと肩を揺らした。
「……次投げた奴、覚えてろ」
心底我慢しているようなどすの効いた声でそう言うと、彼はまた先に進み始めた。
「仕方ないね」
「そうですね」
二人は持っていた雪玉を地面に落とし、その後を追う。
***
ベースにて、休憩中の騎士や見習いや兵士が、各々好きな場所に腰掛け一息ついていた。
騎士や兵士がまばらにいる中、特に多いのは見習いだった。見習いは先輩と二人一組となって動いており、先輩がタイミングを見て細かに休憩を挟むよう、今日の訓練の方針で定められているのだ。
休憩所には簡易的なテントが張られ、救護班が温かい飲み物を準備している。
ローサは見習いの先輩と、空いている椅子に座り休憩をとっていた。
蜂蜜湯の入ったコップを両手で包み込み、ほっと息をつく。
(あと一時間もすれば終わりかな……。あーあ。結局……)
彼女は「もしかして、」という期待が叶わず視線を落とした。
(それもそうか。こんな下の方……腕のいい人たちはどんどん上に行っちゃうよね)
「あら、ローサはもうダウン?」
「アリアンヌ先輩。いいえ、まだやれますよ」
「そう? ならそろそろ行きましょうか? 次はせめて3匹は狩りたいわね。足場の悪い場所での動きにも大分慣れてきたことだし、最期の最期で中腹くらいまでは行ってみる? 私の風貸すわよ?」
「え、中腹! 行ってみたいです!」
(もしかしたら先輩とばったり会えたり……)
元気な後輩の返事に、アリアンヌはくすりと笑う。
「あら、殿下」
「え?」
先輩の華やいだ声に、ローサはその視線を追った。
視界に入った鮮やかな赤い髪に、胸が喜びに高鳴る。
(先輩! そっか、殿下と合流して……)
「降りていらっしゃったのね。……っは~、目の保養~」
先輩のうっとりとした声にくすりと笑いつつ、「自分も人の事いえないけど、」とローサは苦笑する。
丁度山から下りてきたばかりなのだろう二人は、何か立ち話をしているようだった。彼らとローサ達の間には、数人の騎士達がおり、その騎士達越しに垣間見えた二人は、いつものように楽し気に会話していた。
ラツィラスが何かを言い、ジーンが呆れたような表情で言葉を返している。相変わらず仲が良いな、と眺めていると、間に居た騎士達が去っていき、視界が開けた。
(あ……)
ローサの胸が小さく締め付けられる。
ジーンとラツィラス。二人で話していたと思っていたそこにもう一人いたのだ。
(……デイオールのご令嬢)
「あら、」
ペアとなっている先輩も小さく声を上げ、見上げたローサに悪戯っぽく笑う。
「公爵ご令嬢もご一緒だったのね。山で鉢合わせたのかしら? ……ん? いや待てよ。救援灯見た子が公爵御令嬢の狩り場辺りから登ってたって言ってたし、それに対応したのが殿下とジェイシだったってことじゃ……? ……何それ、うらやましい!!」
「せ、せんぱい……」とローサは苦笑する。
(いや。けど実際うらやましいけど)
「有力な婚約者候補ですものねぇ。あんなに親しげに……やっぱり特別待遇ってあるのかしら? ……ん? もしかして、今日の訓練、殿下が参加するから来たとか? 救援灯光らせたのも、殿下に心配して、気を引きたくてみたいな作戦だったりして。だとしたらあんな綺麗な顔で笑ってとんだ策士ね……けど、場所の指定があったり、私たちとは課題が違うみたいだし。伯爵の感じだと他に目的があるように思えなくもないけど、……どんなお気紛れからの参加かしらね?」
彼女の複雑な表情に、ローサは彼女の事情を思い出し「ああ、そうか」と心の中で呟く。
「ええと、アリアンヌ先輩も、婚約者候補でしたよね」
マリアンヌは微笑む。
「ええ……。けど、もう審査は始まっていて、少しずつ篩ふるいはかけられ始めてるの。……私はもう、あの土俵に居ないわ」
その声は明るく、少しわざとらしく感じた。
「別に、本気で期待していたわけじゃないんだけどね。そりゃ、中伯の次女なんかより、大伯や辺境伯、公爵家が残って当然だと思うし? お父様ったら、審査の経過なんて関係なしに縁談の話普通に持ってくるし」
ローサはこんな時、どう返したらいいのだろうと考える。
「……えと、先輩なら、きっと良い人と出会えます! きっと!」
後輩の気遣いに温かさを感じ、マリアンヌは表情を和らげる。
「ええ。殿下ほどじゃなくても、捕まえてやるわよ!」と、彼女は勇ましく拳を握って見せた。
「ふんす」と鼻で息を出して、冬着の下に埋まる力こぶを強調する。
「狩りですね!」と、ローサもこぶしを握り身を乗り出す。
「ええ、狩りよ! 一発で落とせるようにしっかり戦闘力上げておきましょう!」
「はい! 狙うは喉笛ですね!」
冗談に笑い合う二人に、近くで休憩していたマリアンヌの同期は目を据わらせていた。
(こらこら、お嬢様方。声が大きい……)
その横で休んでいた彼女のペアの見習い男子が、ごく冷静な声で呟く。
「喉笛を一発でどうする気なんでしょうね」
「殺るのよ。決まってるでしょ」
「えぇ……」
***
「生きて出られたー」
木々から抜けて視界が開ける。
ようやく着いたベース地点にラツィラスが嬉しそうに笑う。
その後ろからジーンが続く。
アルベラはその後に続き、木々から出ると「十四回」と藪から棒に告げる。
「違う、十二回だ」とジーン。
この数字はジーンが躱しきれなかった不幸の数だ。
アルベラは暫し考え「躓いたのと肩に雪落ちたのノーカンにしてない?」と尋ねる。
「肩の雪は別にいいと思ってあえて避けなかったんだよ。躓いたってのは記憶にない」
アルベラはじっとジーンを見据える。
「十四」
「十二だ」
その訂正は静かだが食い気味だった。
「はーい。じゃあ雪はあえて避けなかったけど躓いたって事で十三」
「……まあ、今回はそれで多めに見てやりましょう」
アルベラは腕を組んで渋々頷く。
「何目線だ。てかラツ、勝手に躓いたことにするな」
ジーンは納得できないようで、抗議の声を上げた。
「で、殿下。その実このまま城に持って帰る気ですか? 大丈夫です?」
「まあ、そこはジーンの腕の見せ所って事で」
「ふーん」と頷きつつ、ダメもとで聞いてみる。
「あの、もしよければ私の知り合いにそういう呪いの品に詳しい人がいるので、その人に頼みましょうか? 悪い物なら、そのまま処分してもらえますよ?」
勿論そんな人はいない。
「へぇ。じゃあ、紹介してよ。僕らが持ってくから」
緑の瞳と赤い瞳がにこやかに見つめ合い、その間に「ばちり」と火花が散る。
「もし私を気遣ってのことならお気になさらず。ガルカに持たせますし」
「じゃあ、もしそのまま彼が返してくれなかったら? もしちゃんと返してくれたとして、アルベラが何かの拍子に手にして、その時に何か恐ろしい事が起きたら? その場合ね、僕らはきっとラーゼンに殺されるよ? それはごめんだなぁ」
「父をなんだと思っておいでですか。……ていうか人の心配より自分の保身ですか」
「極度の親バカ」とラツィラスはにこりと答え、「誰だってわが身は可愛いよね。君の事も勿論心配してるよ」と付け足す。
「はあ……そうですか……」
肩を落とすアルベラに、ラツィラスは「僕の勝ち」と満足そうに笑う。
「じゃあジーン、そのままよろしく」
「はいよ」
ざくざくと雪を踏みつける足音が近づき、大柄な背が視界に入った。
ウォーフだ。
彼は三人へ「お疲れさん」と片手を上げる。
「さあて、王子さん、ニセ騎士」
「ニセ……」
ジーンの目が怒りで反射的に赤く輝いた。
「一番乗りは俺だ。なあ、勝負の賭け覚えてるよな。約束通り奢ってもらうぜ。今から」
「いいよ。気が済むまで」
ラツィラスは苦笑する。
「で? 王子さんらは何匹だ? ていうかなんであんなところにぶら下がってたんだ?」
「ははは……、色々あったんだよ」
「おい、ぶら下がってたって何だ」
三人の様子をアルベラは一歩下がって眺める。
(そうか。競争してたんだっけ。楽しんでるなぁ。……ていうかヒーロー同士って原作もこんなに仲いいのか? 本来ならヒロイン目線でストーリーは進むだろうし、もう大分原作の流れとは関係ない場所にいる気が……)
二人と言葉を交わしていたウォーフが「嬢もお疲れさん!」とアルベラへ笑いかける。
(『嬢』)
「見てたぜ? あの機関銃の魔術具。始めて触る感じじゃなかったな? ファーストタッチはどこでだ?」
「前にエリーにね」
(本当は八郎だけど)
「へぇ。あの使用人の姉さんもなかなかだな。美人で強いとか、側つきとしては最高じゃねぇか。……けど少しは守り応えもないとな。……俺のタイプは、セクシーでそれでいて俺より弱い女だ!」
どん! とウォーフは胸を張る。
「弱さで言ったら大半の女性がその範囲内にありそうね」
「ああ! だから残すはセクシーさだ! その点あの姉さんは満点なんだけどなぁ……なんか底が知れねーつうか。俺より強かったらちと考えちまうな……」
「ふーん」
(見ただけで分かるもんなのか?)
「でだ、嬢」
「うん?」
「あんたとも食事したいんだが、今日はお誘いできねぇんだわ。……これから行く店は男限定でな。すまねぇ!」
ウォーフがわざとらしく声を潜める。
「あら、それは残念」と、アルベラもわざとらしく艶やかに笑って返した。
「けど……私もきっと、この後色々お爺様からお説教とかあるでしょうし……。お気にせず」
先ほどから感じている、「立ち話などしおって」という祖父のぎらついた視線に顔を逸らし、艶やかな笑みは直ぐに強張る。
「安心しろって」
ウォーフはとんっとアルベラの背を叩いた。
「卿はご満悦だ。そんな長引く話もないだろうさ」
「……ご満悦」
(あの顔。全く表情の違いが判りませんが)
「ああ。言葉や空気はどうあれあれは喜んでる。きっとありゃ帰りは泣いてるな」
(言葉と空気はコミュニケーション上の大切な要素なので、それを『どうあれ』にしないでよお爺様。……ん? 泣く……?)
「じゃあ嬢、さっさと行ってやれって。待たせすぎたら機嫌を損ねかねないしな」
「ええ、そうね。皆さんお疲れ様。それと、」
アルベラは口元に手を当て意味深に微笑む。
「楽しんでらして」
「うん、お疲れ様。今日はありがとう」
ラツィラスはいつもの通り動じることなく微笑んでいた。ジーンはむすっとした顔で「じゃあな」と返し、ウォーフに何か言いたげに睨みつけている。
(十五の子供がキャバクラ……?)
今まで、そういう話はエリーやカザリット位からしか聞いたことがない。「まさか同級生の口からそれをほのめかす様な言葉を聞くようになるとは」とアルベラは複雑な心境で祖父のもとへ向かう。
***
エリーとガルカを背後に、アルベラは祖父の鋭い眼光を、脳みそを空っぽにしてニコニコ顔で受け止めていた。
「課題は失敗だな」
「ハイ」
「全く、あの頃から私の言葉を素直に受け止め鍛えておれば、今頃あれごときクリアできていたであろうに……」
「ハイ」
祖父の深いため息。だが、そんな物は気にしない。もう次のプランは決まっているのだ。
(お父様に縋る。それで駄目だった時は目も合わさず口もきかずで徹底的に避けて精神的ダメージを与えた上で諦めよう)
「……だが、いいだろう」
「ハイ……ハ、……え?」
「旅の方は認めてやる。しかし条件だ。私の鍛えた騎士を二人ほど同行させる。道中、そいつらにお前を鍛えさせる」
「……は」
(ああ、お嬢様。何とも言えない顔しちゃって……。嬉しいのね。けど騎士様二人からの指導は余計なお世話なのね。全部顔に出てるわよ、可愛い)
「なんだ、結局頭数が増えるのか。邪魔なら行きで殉職させて……っぐぐ」
エリーに後頭部を鷲掴みにし締め付けられ、ガルカの言葉は途切れる。
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