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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

192、冒険者と顔合わせ 3(フィブル・スタッフィングの自白)

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 ニコーラと別れ冒険者達の元へ行くと、アルベラは早速アンナに捕まり、頭を抑え込まれてぐりぐりと拳骨を食らう事となった。

「おい嬢ちゃん。おいおい嬢ちゃん。だれが酒浸りで酷いあばずれのどうしようもない底辺の人間だってぇ?」

 押さえられた頭部の片側、豊かな胸が押し付けられており「痛いし逆セクハラだし何なんだこれ」とアルベラの頭が混乱する。

「んま、……まって姐さん。どうしようもない人は私じゃない、私言ってない……い、いたい、いたいって……ごめんなさい……!」

 満足するまでアルベラの髪をかき乱すと、アンナはやっと彼女を開放した。

 疲れ果てたアルベラの後ろ、エリーが素早く髪を解いて結い直していく。

「んで……ほら。嬢ちゃんに良いもん聞かせてやるよ」

 アンナの後ろからフードを被った子供の背丈の人物が出てくる。

 その人物は「スー」とアルベラのペットの名を呼んだ。

 「キキッ」と彼女の鳴き声が聞こえ、アルベラは反射的に腕を出す。

 そこにばさりと、スーが四つん這いになってぶら下がった。





『ちっ! 追え!! ――― 失敗じゃないですか? 大人しく身を引いては?――― クソ! もう少しだ。あと少しもすればイチルも疲れて足を止めるだろう。――― そこを坊ちゃんがさっそうと現れ助けると。はぁ……なんてかわいらし……――― 煩い! やれと言ったのはお前だろう! 私も初めになんて馬鹿らしいと言ったではないか!!』





 口を開いたスーから、聞いたことのある声が聞こえた。

 アルベラは目を据わらせる。

「どんな偶然? 奇跡?」

 アンナがケラケラと笑った。

「さあ。ミミロウはもともと運が良かったり悪かったりするからな」

「それ運は良いの? 良くないの? どっち?」

「……ごめん」

 しゅんと項垂れたローブの小さい人物に、アルベラは「いえいえ、こちらこそごめんなさい」と慌てて頭を下げる。

 ミミロウはアンナのパーティーの一人だ。

 午前中に顔合わせをし、冒険者たちの紹介を受け、その後数人が今日受けたクエストをこなしに出かけていた。

 夕方前には戻って来るとの事で、そしたら食事でもしようという話になったのだ。

 もともと今日は一日開けていたので、アルベラは何の問題もないと、折角なら休日を楽しむことにした。

 今日はスーもつれ出し、彼女の散歩も兼ねていた所、ミミロウがスーを気に入り動物の扱いにも慣れているようだったので彼だか彼女だか分からないが、とりあえずそのミミロウに一時預けていたのだ。

 なのにその、本当に僅かな一時に奇跡が起きていた。

「ミミロウさん。これ、声の人たちの姿は見た?」

 ミミロウはコクリと頷く。

「銀と薄い青の縦縞。長髪」

「正解!」

 アルベラは空いてる方の片手で親指を立てる。

 表情の見えないミミロウは数秒沈黙し、アルベラへぐっと親指を立てて返した。





 ***





「な、なんだお前ら……」

 「縦縞」改め「フィブル・スタッフィング」は連れ込まれた薄暗い路地にて、粗暴な輩に囲まれていた。

 彼が睨みつける輩の中、深いフードから茶色の三つ編みを一本肩に乗せるようにして垂らす少女は、彼の名を口にし微笑んだ。

「ごきげんよう、スタッフィング様」

「……お前。これは私を知っての行いか。どういうつもりだ? 身代金でも要求する気か?」

「まぁまぁ、落ち着きなよ坊っちゃん」

 アンナがスタッフィングの隣に並び肩を抱いた。

 彼は一瞬、露出の多い彼女の胸元に目を止め、「下品な女だ」と吐き捨て顔を逸らした。

 アルベラの後ろにはスナクスとミミロウとゴヤ、更にその後ろにフードで顔を隠したエリーとガルカがいた。

 ゴヤは一人の従者を後ろ手に捉え、エリーとガルカの足元には眠りについた二人の護衛が転がっている。護衛が騎士でなく傭兵ないのは今日の行いに対する後ろめたさの表れだろう。

 スタッフィングの近くで身を潜めていた彼らは、アンナの仲間により引っ張り出され、今はアルベラの睡眠薬とラベンの香水で眠りについていた。

 普通の睡眠薬も持っていたので、初めは「手っ取り早く」と思いそれを加減しながら使ってみたのだが、片方が耐性を持っているようで効かなかったのだ。そこで香水を試したところ、ぐっすりと眠りについてくれた。

 どうやら、この魔法の耐性と薬の耐性は別物らしい。これはアルベラにとって、少しお得な情報だった。

「大丈夫ですよ。ちょっとお話を聞きしたいだけですし……。先にこちらを聞いていただいていいかしら?」

 アルベラは自身の腰に手を触れる。

 そこにはコートの下、逆さまになったスーがアルベラの体にへばりついているのだ。

『ちっ! 追え!! ――― 失敗じゃないですか? 大人しく身を引いては?―――……』

 スーはコートの中から先ほど同様、アルベラ達に聞かせた内容を再生する。

(そろそろスーも忘れちゃうな)

 流せるのはこれが最後の一回かもしれない。

「……」

 スタッフィングは黙り込み、アルベラの後ろに捉えられていた彼の従者は「おや」と間が抜けた声を漏らした。

「私たち、先ほどあなたが少女を追い回してるのを目撃しましたの。それで、面白い光景でしたのでただその事情が知りたくなりまして」

「話せば開放すると? そんな言葉を信じられるか。本当の目的はなんだ?」

「まったくも~。余裕のない可愛い坊ちゃんだね。良いから答えなよ。なんであの子を追い回してたんだい? 自演で助けてヒーローになって……あんたこそどういうつもりだったのさ?」

 アンナが無色透明の小さな香水瓶をスタッフィングの顔に構え、それを「シュシュシュシュ……」としつこいくらいに吹きかける。

 五センチほどの細身の円柱の瓶はあっという間に空になった。

(姐さん……それ私の自白剤……。まだまだあるからいいけど遠慮ないな……)

 顔をびしゃびしゃにされたお坊ちゃんは不愉快そうに「これはなんだ?! 何をかけた!!」と声を荒げる。

「おうおう、滴ってんねぇ。良い男になったじゃん」

 アンナはケラケラ笑った。

 彼の頬をつんつん突き、様子を見るように顔をのぞき込む。

「顔と体が良いからと調子に乗るなよ、この下民!」

「おや。下品な女もお好みだったかい、坊ちゃん?」

 アンナがスタッフィングの顎を色っぽい手つきで撫でつける。彼は不快だと言わんばかりに顔をゆがめた。

「お前のような大人っぽくてセクシーな女は好きに決まってるだろう何を言う!」

 表情と発言がまるであべこべだ。

 本人は自分の発言に気付いていないような顔で堂々としていた。

「へぇ。可愛い坊やだね。事情を聴く前にお姉さんからご褒美を上げようか」

「ご褒美とは非常に気になる話だな!」

 そう言いながらスタッフィングの表情と体は「何をする気だ」と言ってるかのようにアンナの体を押し返していた。拒否の体制だが、口では喜んでいる。見ていて混乱する図だ。

 アンナは彼の顎を掴み、その唇に己の唇を近づける。

 薄く開いた唇から舌がのぞき、それが薄暗い路地の中で艶めかしく照らいだ。

「う、ぐぅ……」

 力で敵わないのを察し、スタッフィングは諦めたようにただ近づいてくる唇を凝視した。

「―――……っと、口付けたら私も自白しかねないもんな。って事でこっちだ。ありがたく思いな」

 アンナは彼の顎から手を離すと、代わりに頭を掴み、彼の顔面を豊かな谷間に押し付けた。

 アンナの胸部に埋まったスタッフィングの頭部、耳が真っ赤に染まった。

 青年の頭を自分の胸に押し付けて、アンナは「どんなもんだい」とでも言いたげに顔を上げる。

 両手で顔を覆いっているアルベラの姿が目に入り、アンナは「ぷっ」と拭き出した。

 アルベラの手は大きく開かれ、指の隙間から真ん丸の目がこちらを覗き見ていた。

(は……! ついガン見していた……)

 だが手を引っ込めることも、目を完全に覆い隠してしまう事もせず。アルベラはそのままアンナを見つめ返す。

 その視線は「どうぞお好きに続けてください」と言っていた。

(見たいのか見たくないのかどっちなんだろうね)

 アンナは年頃の少女にしては悠然としているお嬢様の姿に呆れる。

「や、やわらはい……はいほうか! ふほぉ!!」

「おっと、」

 アンナは思い出したようにスタッフィングの頭を自分の胸から引きはがした。

 彼は屈辱的な表情を浮かべ「くそお!!」と声を上げた。

「『くそ』とは何だい。嫌なのかい? 嬉しいのかい?」

 アンナがニヤニヤと尋ねれば、「嬉しい! 最高だ!!」と貴族の坊っちゃんはハッキリと答える。自分では「嬉しいわけが無いだろう! 何て下品な女だ!!」とでも文句を言っているような顔で。

 彼の有様がツボに入ったらしい。後ろでスナクスとゴヤの「ぶふっ!」と拭き出す声が聞こえた。

「良い趣味してんじゃねぇか嬢ちゃん……」と、薬の効果を聞いていたゴヤが、くつくつと笑い肩を揺らす。

「こっりゃあ想像よりえげつねぇ!!」と、スナクスは遠慮無くゲラゲラと声を上げ笑っていた。

(ああ、もう。ここまでくるといたたまれない……)

 アルベラは両手を下ろし、学園の先輩である彼へ憐みの目を向けた。そんな彼女の視界はがくがくと揺れる。

 アルベラの後ろの二人が、彼女の肩や背中をバンバンと叩いているのだ。

 顔を合わせたのは今日が二回目だというのに、随分と砕けたものである。

 なされるがまま、「わ、私『お嬢様』なんだが」とアルベラは心の中呟いた。





 スタッフィングは絶望した表情で地べたに手をつきうなだれていた。

 アンナのサービスが嬉しかったのも確かだが、それが屈辱的だったのも確かなのだろう。

「なんで私がこんな侮辱を受けなければならない……」

 まだ薬が効いているのだから、項垂れる彼の口から洩れる悲壮感漂う言葉の数々も紛うことなき本心だ。

(可哀そう………………ではあるけど、そもそも自業自得だったな。そういえば)

 彼にはこの後、部屋でゆっくり落ち込む時間が必要だろう、と気を使いかけたアルベラは気にせず本題へ話を戻す。

「人を怖い目に会わせておいて、自分が受けたら理不尽だとお嘆きかしら、スタッフィング様」

「何だ貴様」

 スタッフィングは忌々しげな目をアルベラへ向ける。

「まさか私のあの行いを言ってるのか? だとしたら何様だ。私に罰でも下したつもりか?」

「話が早くて助かるわ。なぜあの女の子にあんな事を? 男たちをけしかけて、助けて、恩を着せて。目的は何かしら?」

「助ける所まで……」

 彼は目を見開く。

「おうおう、答えてみろぉ。そしたらアンナの姉さんがまたご褒美くれるぞぉー」

 スナクスが「キシシ」と笑いスタッフィングの脇を小突いた。

「そ、そんなこと……誰がお前らのような下民に話すか! 私を好きにさせたいからに決まっているだろう!」

「は?」

「はぁ?」

「おや」

「おん?」

「あらまぁ」

 声の主は順にスナクス、アルベラ、アンナ、ゴヤ、エリーだ。アンナとエリーは楽しげに、三人は予想外の返答に呆気にとられたようなトーンだ。

 ガルカから声はないが、楽しげに目を細めこの光景を楽しんでいた。

「好きに……って、好きにさせて手籠めにでも? あなたそんなに妾が欲しくて? あなたの言う『下民』からしてみたら、貴族様の気まぐれに振り回されて都合のいい遊び道具にされるなんていい迷惑だと思うのだけど。下民でなくたって、腹立って当然じゃない?」

 アルベラの言葉に、彼は身を乗り出して「違う! 私は本気だ!」と声を上げる。

 その勢いにアルベラは一歩後ずさった。

「私は彼女を本妻として迎えたいのだ!! 二人きりになってそう話したい!! なのに彼女が全く私に見向きもしない! だから私の素晴らしさに気付くきっかけを作ってやったのではないかっ!!」

「……いや、あんちゃん……『ではないかっ!!』って言われてもな……」

 ゴヤが呆れて頭をかいた。

「フーン。嬢ちゃん、話が違うね。話よりもこじらせてらっしゃるわ、このぼっちゃん」

 アンナはケラケラと笑いながらそう言う。

「そ、そうね……」

 予想外の彼の発言に、アルベラも混乱していた。

 自分がこんな事をした動機が軽いだけに、その返答の扱いに困った。

 アルベラは本当にただ知りたかっただけなのだ。

 だから「妾として落とし込む気だった」と彼が言ったとしても、「へ―そうだったの。すっきりした。じゃあね」で帰すつもりだったのだ。

 だというのに……。

「本妻……?」

 アルベラは首をかしぎ、彼の前に行きさらに質問を重ねる。

「あなた、普通に女性を部屋に連れ込んだりもしてるわよね」

「そうだ! 嗜み程度には当然だろう! なんで貴様がそんな事を知ってる?!」

「まあ嗜みに文句つけやしないけど……あの子が本気で好きだと? 妾にする気はないと? 平民なのに?? 平民は馬鹿にしてらっしゃるでしょう?」

「本当に好きだ! 当たり前だろう! 平民なのに本気で好きになってしまったからこまってるのではないか! 好きでなければなぜ私が平民など相手にしなければならない!! 私は彼女を守りたいのだ! そしてあの優秀さも、忍耐強さもかっている! 卒業後はぜひ我が領地で力になって欲しいのだ!!」

「けど、あの子には妾になれと言ったんでしょう?」

「そうだ!!!」

「なんでそんな堂々としてんよ……」

 アルベラは目を据わらせた。

 アルベラも、一通りの二コーラとスタッフィングの話は知っていた。彼に水をかけた翌日、エリーが使用人たちも知る彼らの話を聞かせてくれたのだ。

「ストーカーして怯えさせて、みみっちいこと言って脅しておいて本命……。まあ、本命だからみっともなく付け回したんだろうけど」

「だからなんで貴様がそんな事を知っている!! その通りだ!!」

「おいおい。あんたそりゃ色々おかしくねー? 本命なら本命って言ってやれよ。妾なんて言うからややこしくなったんじゃねーの? 男として情けねーわ」

 スナクスが呆れの言葉を投げかけた。ごもっともだと、アルベラとゴヤが頷く。アンナはただニヤニヤと口元を歪ませていた。

「仕方がないだろう! 他の貴族の目が合ったのだぞ! 平民相手に『私の本妻になれ』など口が裂けても言えるか!!」

「……はぁ。じゃあどうしたいのよ」

「本妻にしたい!」

「とっととプライド捨てろ!」

 勢いのまま声を上げ、アルベラはため息をついた。

 「もうこの人達には帰ってもらっていかなぁ」とアルベラが考える前、冒険者たちが楽し気に、彼の恋がどうしたら成就するかを面白おかしくアドバイスしていた。

「いいか。その子が好きならもう付け回すの止めとけ。距離取り直すのも大事だぞ」とスナクス。

「そうだぞ。ほら、手紙だ。手紙出せ。そんで顔見せんな。良いか、派手なのは駄目だ。シンプルで畏まった便せん使って先ずは謝罪だ。返事が来るようになったら少しずつ色味とか装飾とか、その子好みのに変えてったりして、時間をかけて面会の許しを得るんだ」と、ゴヤ。

「なんてじじ臭くみみっちいやり方だ! 好かん!!」

「てめぇぶん殴るぞ」

「ならさっさと押し倒しちゃいなよ。既成事実作って、子供さっさと生ませてその子人質に屋敷に閉じ込めちまいなって」とアンナ。

「素直、大事って教わった。素直に『好き』っていえば?」とミミロウ。

 皆好き勝手、スタッフィングを囲って言いたい放題だ。

(楽しんでるなぁ……)

 アルベラは目を据わらせる。

「もういいわ。エリー、適当に馬車を」

 と言って後ろを振り返れば、ゴヤからエリーへ預けられた、スタッフィングの従者と目があい会釈をされた。

 アルベラはついつられて会釈をし返していた。

「馬車の手配ですか。感謝いたします」

 三十歳前後と見える彼は緊張感もなく、マイペースに礼の言葉を述べる。

「は、はあ」

「まあ、ああいう感じでして。本当素直じゃなくてまいっちゃいますよ」

「は、はあ……」

(なんだろうこの人。気が抜けるな)





 ゴヤが馬車へ、爆睡した傭兵達と、その後弄りたいだけ弄られて眠らされたスタッフィングを運び込む。

 それが終わると、帰りの事を考えて、あえて眠らさずにおいた従者の彼へ、アンナが片手を上げにかっと笑った。

「んじゃ。後はあんた一人で大丈夫だな。気ぃ付けて帰んなよ」

「はい。お手数おかけしました」

「あんた年上なんだから、ちゃんとその坊ちゃんに道示してやれよ。ったく。拗れに拗れてあんな醜態晒すはめになって……哀れで仕方ねぇぜ」とスナクス。

「はぁ。まあ、頑張ってみます」

 従者は頭を掻きながらへらっと笑った。その場の誰もに、「ああ、こりゃ駄目だな」と思わせる気の抜けた返答だった。

 馬車が動き出し学園へ向かっていくと、エリーとガルカが「一仕事終えた」とばかりにフードを外す。

 ミミロウのみが唯一馬車に手を振ってしっかり見送っていた。

「で、あの男の弱みを何に使う? 平民の女にした情けない行いとその本心を、学園と領地中に知らしめて辱めるか?」

「鬼かよ……」

「やめてやれ」

 と、スナクスとゴヤが零す。

「何にも使わないわよ。あれは保留。本人たちで適当に決着付けるでしょ。……それでニコーラとの件を教訓に次の恋頑張れって感じ」

「お嬢様、実らないこと前提なのね」

「うん。二コーラに良い感じの人ができて、スタッフィングが悲しみから激やせするとこまでは読めた」

 「あらあら」とエリーは頬に手を当ててほほ笑む。

「それだけか、つまらん。せっかくなら奴の恋心に更に拍車をかけてその相手に挑ませるくらいはしたい。……そうだ。学園に立派な泥沼を作り上げてやるか? 人を次々に飲み込んでいく巨大で深い泥沼だ。折角なら見えない方が良いな。運動場で突然人が消えたら面白いだろう」

「いらん。面白くない」

 アルベラは即答する。

(なんで恋路の泥沼からガチの泥沼に興味が移るかな……)

「なーなー、それより嬢ちゃ~ん。あの自白剤面白過ぎだろ。私にも分けてくれよ~、今日の奴五本ぶんくらいさぁ~。大事につかうからさぁ~あ」

 もうスタッフィングの件はどうでも良くなったのか、アンナの興味はあの自白剤へと向いていた。

 アルベラの首に腕を絡めてねだる彼女に、ゴヤがごく低い冷静な声で告げる。

「頼む嬢ちゃん。こいつにだけは絶対渡すな。頼む。 あっちファミリーの方でもきっと大変な事になるぞ」

「え、ええ。了解」

 アルべラのしっかりと頷きに、後ろでアンナが「けち~!」と拗ねるような声を上げた。

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