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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
216、 皆の誕生日 20(訪問者その1とその2)
しおりを挟む第三王子様の誕生会を終え、早速その日の晩に自室へ送られてきた第五王子様からの使いに、ウォーフは「へぇ」と感嘆交じりの呟きを零す。
(予想以上に早えな。密偵でもいたのか……? 準備周到な)
「俺は変わらずで良いと伝えろ。あとこれ、王子さんに渡してくれ」
赤髪の同級。第五王子様の護衛である騎士様から渡された手紙に目を通し、ウォーフは口頭でその返事を述べる。
渡せと小さな箱を放り投げるようにジーンに寄越すと、彼は「ばたん」と扉を閉じた。「わかった」と答えたジーンの言葉が扉の音に掻き消される。
「っか……」
ウォーフ蹲り、扉に腕を付き、体内に起きた灼熱の痛みに堪えた。
全身がこわばり、彼は歯が割れてしまうのかと言うくらい歯を食い縛る。
「ウォーフ様?!」
「ウォーフ様! やはりどこかお悪いのですか?!」
部屋に居た二人の使用人がパタパタと彼へ駆けよった。
収まると分かってる痛みだ。
放っておいてくれて良かったのだが、「ほっとけの」一言も出すことが出来ない。
やがて、熱はじわじわと収まりウォーフは深く息をついた。
すぐに体制を整えるのが辛いほどの疲労感。
「っくそ……日に四回は……流石に酷だな……」
彼は顔色青くその場に腰を下ろす。
自分の様子を見てタオルを濡らしたり水を注いだりとする使用人たちに彼は「何でもねぇ。放っとけ」とようやく声をかける。
アルベラを送り、ウォーフが自室に戻ってきてすぐのことだ。
彼はさっそくあの綿を両親へと送っていた。第三王子から貰った誕生日パーティーの招待状と共に。
鳥を呼ぶまでは良かったが、いざ鳥に預ける際に全身が焼けるような痛みに包まれた。
手元が狂い、箱を落としてしまいそうだったので「親父に送れ」と告げ続きは使用人に任せた。
使用人に任せた時点で追いうちのように痛みが増した。それは「本当にコレ死なないんだろうな」と第三王子の執事の言葉を疑いたくなる苦痛だった。
どうやらこの魔術は、本人が「バラす」「情報を漏らす」という意識を抱き行動を起こすとアウトらしい。
「なるほど……」と呟き、ウォーフは床に座り込むのを止め、重そうな動きでソファーへ移る。
どさりと仰向けに倒れ込み、彼は口端を持ち上げた。
(ま、もう渡しちまったし後はあちらさん方次第だ。解けなくても関わらないか従順でいればいい。それが嫌になったら痛み覚悟で逆らうまでだ)
(なんだ?)
ジーンは突然閉められた扉を不思議そうに見つめる。
扉の向こうに人の気配はあるが、防音の魔術に防がれ中の音は聞こえない。
よく分からないが、もう話は終わりだと言われたには違いないだろう。
ジーンはカプセルともとれる小さな箱をポケットに納め、もう一つの手紙を手にその場を立ち去った。
ドレスを脱ぎ、シャワーを浴び、寝る準備も万全でアルベラは就寝前の時間をのんびりと過ごしていた。
シャワールームから上がると、ドレスは綺麗にクローゼットの中にしまわれていた。
エリーは、アルベラがシャワーを浴びる前に少々席を外すと出ていったのだが、まだ戻ってきていない。
(もう寝るだけだし、あのまま上がってもらえば良かったな)
アルベラは暇つぶしにと、「冒険の手引き」という本をぺらぺらとまくりながら眺める。
廊下からは、たまに声を潜めた楽しそうな話声が聞こえていた。
各部屋に施された防音の魔術は、室内の音が外に出るのを抑えている。だから隣接した部屋同士の音は、各部屋が防音されているのでお互いに音は聞こえない。それに対し廊下と部屋だが、こちらは室内にしか防音が施されていないため、廊下から室内の音は聞こえないが、室内から廊下の音は聞こえるのだ。
普段の生活的にはそれで良いのだが、扉については中と外とで声のやり取りが出来なくては不便だ。
だから扉には引き戸型の小さな小窓が施されている。
小窓を開くと黒く目の細かい網が張られており、中から外の様子が見えるようになっている。外からは中は見えない仕様だ。
―――こんこん、とノックの音が聞こえ、ベットに横たわっていたアルベラは身を起こす。
一瞬どちら様かが、また飲みなおしのお誘いにでも来たのかと思った。先ほどもお嬢様方のお上品なお声がけが何度かあったのだが、アルベラは「今日はもう休みたいから」とそれらを断っていた。
(だれだ?)
アルベラが小窓を覗くと赤い髪が目に入った。
(ジーン。なんで?)
そのまま扉を空けそうになり、自分が寝巻のワンピース姿だったことを思い出してアルベラは慌てて上にはをるものを探す。
(よし。お嬢様としてはしたなすぎない程度のはず)
鏡で確認し、彼女は扉を開く。
このまま扉越しのやり取りは逆に人の目を引く。
一先ずアルベラは自室にジーンを招き入れた。
上にカーディガンを羽織っていることもありそこまで薄着ではないのだが、アルベラの楽な格好にジーンは一瞬分かりやすくぎょっとした。
彼はバツが悪そうに視線をそらし、ため息をつく。
「悪い」
「いいえ。おきにせず」と答えながら、アルベラは部屋に常備している水を二つのコップに注いだ。
ジーンから受け取った手紙に目を通し、アルベラの頭の中は疑問符に覆われた。
手紙に書かれていたのは明日の茶会についての出欠の取り直しについてだった。
堅苦しさのない、ラツィラスの普段の話し口調で書かれた手紙の一文とにらみ合い、アルベラは「密偵でもいたのか?」と息をつく。
(あの参加人数ならスタッフ側でも生徒側でもいたっておかしくないけど……)
―――パーティー閉会時の件について報告は受けてるよ。
それに続いて「二人の気が乗らないようなら、明日の茶会は無しにしよう」と書かれていた。
(返事は手紙でも口頭でも可、か。……どうなのこれ。第三王子様側の仕込み全部把握済み? 何なの怖い)
どうしようか悩み、アルベラは返答に行き詰まる。
手紙を見たまま反応のないアルベラに、ジーンが「何かあったか?」と尋ねた。
「ジーンは手紙の内容は知ってるの?」
「いや。あとで聞くことになってる」
「そう……」
よし、ここは試し。とアルベラは思いついた言葉を発してみる。
「第三王子様から、ちょっとした洗礼を受けたの」
痛みはない。
「良し、セーフ」と彼女は心の中で拳を握る。
(この分なら茶会の方も、王子様側が変な命令をしてこなければ問題ないのでは)
(洗礼か……)
ジーンは、ここに来る前にラツィラスが口にした「嫌がらせ」と言う言葉を思い出した。
(大方、功績組がその嫌がらせに巻き込まれたって所か)
はた迷惑な兄弟げんかだな、とジーンは内心ぼやく。
「もうウォーフの方には行って?」
「ああ」
「そこで彼とどんなやり取りをしたか聞いてもいいかしら?」
アルベラはジーンから、「茶会は変わらず」という返答を受けた事と、箱を渡すとともに扉が閉められた事をきいた。箱の中身も確認させてもらったが、予想通りあの綿が入っていた。
(箱は渡したけど、すぐに扉を……。わからないなぁ。けど痛みに襲われなかったなら扉を閉めた意味は? 他の都合があったってのもあり得る)
アルベラは暫し考え、痛みが出る事に備え自分もハンカチを託すなら去り際かなと考えた。
ハンカチは家に持っていくように半分に切ればいい。渡す際は扉の隙間から。それであれば自分がみっともなく痛みに悶える事があっても彼に見られる心配はない。
(もう知ってるなら必要ないかもだけど。まだ知らないなら……。王家に伝わる盟約の魔術の一つっていってたし、あの王子様か、それかギャッジさんがそれを突き止めてくれるよね。ウォーフが渡してる綿で魔術の種類を定めるには十分だろうけど、解くために元の液体があった方が良いとかってなったら、私とウォーフ其々から血を取ったのを考えると、それぞれ用に作っている可能性もある。渡しといたほうが無難か。………………………………で、これってあの子が術を解いてくれることに期待して良いのか?)
ジーンを見て、あの王子様を思い出し、「何となく解く術を探してくれてそうな気もする」とアルベラは思った。
「あ、そうね。お返事だけど、私も『予定通りで構わない』と伝えて」
「分かった」
「あと、もう少し待ってもらえる?」
「ああ」
席から立ち、アルベラはクローゼット中、今日来ていたドレスをまさぐる。
(盟約の魔術を解けなかったとして、王子様方とのコミュニケーションに不便さはあるけど死にはしないなら問題ない………………ああ。そうか。あるのか。この先いきなりあの子相手の指示クエストが無いとも限らない。その時にこの魔術が働いて期間以内にお仕事達成出来なかったら私『死』ぬんだよな……)
ならば余計に、いざという時のため解いておく手だては必要だ。
アルベラはハンカチを入れたはずの場所にそれらしいものが見当たらず、ハンガーごとドレスを取り出してバサバサと揺らしてみた。
その様子をジーンは不思議そうに眺める。
「探し物か?」
「ええ。……けど……うーん……?」
もう一度ポケットに手を突っ込み、反対側のポケットにも手を突っ込み、腰の後ろに作った隠しポケットにも手を突っ込むがやはりなかった。出てきたのは香水の類のみだ。
ドレスから出てきた香水を見て、ジーンは「王族のパーティーに危険物持ち込んだのか」と心底呆れた言葉を零す。
「毒物じゃないし自衛の品」とアルベラは答えつつ、ハンカチがどこかに引っかかってないかドレスをぐるりと見まわす。
そして一通り見終え、「……え」と低く呟いた。
(ない)
ハンカチが無い。
なぜ。どこに。と考えるアルベラの脳裏、あのオカマの華やかな笑みが浮かぶ。
「エリー、あいつ」
この場に居ない彼女の名を小さく呼ぶと同時、がたりと窓が空いて夜風が室内に入り込んだ。
「あの変態なら、さっき気持ち悪い笑みを浮かべてハンカチに頬ずりしてたぞ」
窓から当然と登場したガルカをアルベラは気にも留めず、彼の言葉に「やっぱり……あの変態……!」と怒りの言葉を零した。
アルベラはジーンに向き直る。
「ごめんなさい。やっぱなんでもないわ。殿下にはさっきの通りにお願い」
「分かった」
ジーンは頷き、席を立ち。どうしても気になる様子で視線を窓に向けた。視線の先ではガルカが当然と窓に腰かけ足を組んでいる。
「あれ、いいのか?」
「良いわけないじゃない……。ノックもしてくれないんだから。ノックの一つさえあれば私だってドアか窓かなんて気にしないのに」
「出入口はどこでも良いんだな」
ジーンは言葉に、それもどうなんだ、というニュアンスを込める。
「何度かエリーと私で対魔族用の魔術を張ったんだけど、こいつにどれも破られて。スカートンにも前に試しでかけてもらったんだけど、それが今のところ一番長持ちしたかしら。結局破られたんだけど」
スカートンに施してもらった魔術は長持ちをしたものの、聖職者の力なのか日々のお祈りによる物なのか、防壁の魔術に聖なる力のような物が付与されてしまったらしく、何となくアルベラにとって禍々しい出来となってしまった。
コントンも窓に向けて唸り声を上げる始末で、ガルカが破ってくれたことでアルベラは実のところほっとしたのだ。
「へぇ」とジーンは頷く。
ガルカは彼の視線にニヤリと口端を吊り上げた。
「いつ主人の部屋を訪れようが俺の勝手だ。ほら。もう用は済んだんだろ。貴様はさっさと帰れ」
彼はジーンへ向け、なぜか勝ち誇ったような顔でしっしと手を払う。
「……」
ジーンの目が僅かに据わる。
「……俺もその魔術試して良いか」
「強烈なのお願い」
アルベラは即答する。
机の上の本立てから一冊の本を取り出し、彼女は付箋を挟んだページを幾つかジーンに見せた。
「立ち入りを防ぐ系のはこれとこれとこれらしいんだけど、私やスカートンが出来たのはこれだったの。エリーも印なら一通り行けるんだけど、陣となると苦手みたいで試せたのはこれだけ」
「そうか。これは俺もできそうだ。あとこっちだな。これは難しいな。できても時間がかかりそうだ。時間をかけても成功するか分からない」
「そう。じゃあこれお願い」
「ふん。ガキの未熟な術等秒で破ってくれる」
売り言葉に買い言葉。
ジーンは本を頼りに十分ほどかけて窓に陣を描き魔術を施す。
それをガルカは余裕の表情で眺め、客人に窓辺を奪われたスーはベッドの天蓋に移動し、たまに身を揺らしながら人間達の様子を不思議そうに観察していた。
ジーンは魔術を施し終え、アルベラの部屋を後にする。
実はずっと頭の片隅にはあった「例の噂話」に彼は軽くかぶりを振る。あそこを訪れたのはラツィラスの使いだからだ。優先すべきはそちらの都合である。
(俺が気にしてどうする)
ジーンは雑念を取り払うように片手でわしゃわしゃと頭を掻いた。
アルベラの部屋では、ジーンが張った魔術を破るべく、ガルカが律儀に部屋の外に出て窓側に回り込んでいた。
術を破るのに苦戦している魔族の様子にアルベラは手ごたえを感じる。
「結構いい線いけてない?」
スーに向け呟くと、スーは首を傾げながら『線いけてない?』と声を反射した。
***
第三王子様の誕生日パーティーのあったその夜中。
アルベラの元には、更にまた訪問客があった。
寝る前暫くの間窓の外でガルカが粘っていたのだが、飽きたのかその時にはもう彼の姿は無かった。
「夜遅くに申し訳ありません。アルベラ・ディオール様」
部屋に招かれ、シンイェ・メイリー・アラドラグは礼儀正しく頭を下げた。
隣国のお姫様であり、スチュートの婚約者である彼女がなぜ自分の元に訪れたのか。アルベラは部屋に招いた物の内心警戒しながら彼女と対面していた。
今は深夜の二時過ぎだ。
深い眠りについていたアルベラは、頬や額が来ずかれる感覚に目を覚ました。
目を覚ますとこちらを覗き込む光の小鳥がドアップで目に入った。
魔力で作られたのだろう小鳥はアルベラの額の上本物の鳥のようにきょろきょろと首を動かし、既に目を空けているアルベラの眉や頬をつついた。
「な に……」
上体を起こすと、小鳥が扉へと移動しドアノブにとまる。
そしてドアに向かい飛び発ち、光の粒子となって散った。
『ヒト イル』
コントンがのそりと頭を突き出し、ベットの上に顎を乗せた。
『タベ』
「食べない。……確認してからね」
コントンの鼻を撫で、アルベラが扉の小窓を開くと怪しげなローブ姿の人物が立っていたのだ。
一瞬何かの刺客かとも思えたが、「どなた」と言う問いに「シンイェです。ディオール様とお話をしたく、人目を忍んでまいりました」と言う返事が返ってきた。
念のためにコントンにあのお姫様であることを確認し、アルベラは彼女を部屋に招いたのだ。
流石にお姫様に水だけはまずいか、とアルベラは部屋に常備しているポットとカップ、湯沸かし用の印を使用し紅茶を注いだ。
「ありがとうございます」
お姫様は紅茶を受け取り、口をつける前に先ずは一言とゆるりと頭を下げた。
「その後、ご加減はいかがでしょうか」
「……」
アルベラはスチュートに飲まされた赤い液体の事を言われたのかと思い口を噤んだ。
言葉を返さず静かに見つめ返してくるお嬢様に、シンイェも黙って見詰め返す。
「お加減、とは。説明をしていただいてもよろしいでしょうか?」
アルベラの問いに、シンイェは長い袖を口に当て、思案するように目を細める。
彼女は視線を紅茶に落とし鈴を転がしたような可愛らしい声で物騒な一言を放った。
「スチュート様の誕生日の際、ディオール様に一服、毒を盛らせて頂きました」
アルベラは内心で絶句しつつ、表面では無意識に満面の微笑みを湛え「あらあら……そうでしたか」と返していた。
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