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世界が変わる鍵は

一本目の鍵

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場所は世界の大半を占める人間の大陸。

大陸の片隅にある【忍里しのびさと】。そこは、いくつかに別れており、互いを牽制し合っている状態だった。
そんな忍里で上位にいるのは【ほむらの里】。
忍里ができる前、それぞれの里の仕組みを考案したのがここ。最も人口が多く、総合的な強さで言ったら確実に一番だ。


とある1人の少女が、忍里の各国々を巡る旅を続けている。
名前は【扇華 彩壱せんか いろい】。
凛とした雰囲気を醸し出す、知的で美しい少女。頭には、顔の横にある耳とは別に猫のような獣耳が生えていた。
焔の里の奥地、薄暗い森の中を歩く彼女は、少し先に、倒れている人影を見つけた。その大きな目を細めて人影を見ると、それは自分と同じ年齢程の、目元だけの狐面をつけた少女だった。


急ぎ駆け寄り、倒れていた少女を起こさぬよう、ゆっくり大木の根元まで連れて行く。
木に少女の背中を凭れかけさせ、腰に着けていた水筒の水をゆっくりと少女に飲ませる。吐き出さないよう、ゆっくりと。
狐面をずらして自分と少女の額に手を添え、熱を測る。少女の方が少し熱い。持っていた手ぬぐいに水を少しかけて額にのせてやる。
改めて少女の体を少し触ると、かなりの痩身。数日間、何も食べていない様にも思えた。体を触っている時に気づいたが、そこかしこに傷痕があった。かなり前のものから、ごく最近のものまで。傷の種類も様々だった。

「一体、この子に何があったんだ…?」
「ぅぐ…」
「!大丈夫か?しっかりしろ」
「…っあ」
「?」

シュバッ!!

「なっ」
「グルルルル……」

目を覚ました少女は、彩壱から素早く離れ、喉を低く鳴らして威嚇した。
…見るからに人間では無い。
我々とは違い、獣耳が頭の上にあるだけ。さらには人間が出すことは無い、喉を震わせる事によってでる特有の威嚇の音。そして今、自分から離れた時の素早さから見た身体能力。
…何より、この距離でも感じる凄まじい程の魔力。


人間は、人外という存在を忘れかけていた。
もう何年も人間は人外の姿を見ていなかった。人外は、歴史が生み出した空想上の生き物だ、という人間は五万と居る。
それは彩壱にも当てはまることだった。彼女の故郷でも、人外は過去の空想上の生き物として扱われ、教えられてきた。


――

『いいか彩壱。かつてこの世界には、人外という人間とは違う生物が存在していた。人外の種類は多く、大まかに言えば4種に分けられる。

   モンスター

   獣人

   妖精

   妖怪

   の 4 種だ  』

『モンスターと獣人は何が違うのですか?』
『良い質問だ、彩壱。資料が少なく、差程分かってはいないが…モンスターは人間よりも恐ろしく強く、速く、そして醜い。それに対し獣人は人間と妖とのハーフのため人間そっくりだ』
『私達にそっくり?』
『あぁ。だが獣人は基本見た目が凶悪な者が多いと言われている。遭遇してもすぐに分かるだろう。そして、我々の先祖は獣人だったのだそう。私にも、お前の頭にもあるその獣耳は、まだ獣人の血が我々に残っているからだ、と言われている』
『私達にも……?』

――


架空の生き物として教えられてきた。
だから、知らなかった。
目覚めた少女の言葉に、目を見開くことしか出来なかった。

「ん?なンだ…我が同胞か。大陸にモ居たのダな」
「……は、?」


「(…同胞…だと?彼女は恐らく人外だろう?私は人間だ。人外では無い。……この子は何を、言っている?)」


「……僕を助けテくれたノか?」
「あ、あぁ…あの場所でお前が倒れていたんだ。だいぶ体が衰弱している様にも見えたから、とりあえず水を飲ませたが……。安心してくれ。水に毒など入っていない」
「何故僕を…ん?」
「?」
「獣人……?」
「は?」


獣人、拙い言葉で確かにそう言った少女は、威嚇の体勢を素早く直し、片膝をついて頭を下げた。

彩壱は何が何だか分からないままだった。

頭を下げている少女からは、すっかり敵意が無くなったようにも思える。訳が分からなかった。
生まれて初めて目にした、人外。
威嚇したかと思えば、今度は自分に対して頭を下げ始めた。自分より格上だと認識したのか?何故?
だが人外は、人間を殺す事など赤子の手をひねるよりも簡単だと聞く。
警戒を解かないまま、彼女にゆっくりと近づく。
依然として頭を下げた状態のまま動かない。
同胞?獣人?聞きたいことは山ほどある。
こちらに敵意が無いのならば好都合。


「す、すまない。聞きたいことがあるんだが」

「大変申し訳ござイません。シノニム一族の方とハ知らず、とんだゴ無礼を働いてしマいまシた。どのヨうなご用件でしょウか。なんナりト」
「え?あ、あぁ。まずその…シノニム一族?とは、何だ?」
「…失礼でスが、貴方様はシノニム一族のお方でハないノデすか?」


疑いの目を向ける少女。ここでまた敵認識されては埒が明かない。勝てるかも分からない。今は事実を述べるより、虚偽を貫いた方が身のためだろう。動揺こそしているものの何とかこの場を繋がなくては。


「あ、いや…初めて聞いたもので、私にも分からないな」

「……左様で。では僭越なガら、ご説明さセていただキまス。シノニム一族とは、今も尚、人間に見つかラず、大陸に残っている獣人一族の事でス。
僕はその話を聞いた時、本当にいらっシャるとは思っておリませんでシタ。実際、他の獣人達は我々と共にラヴァル島にいるものですカら。
本当に、お会いできて光栄でごザいまス」

「そう、か…」
「…はい。ですノで、自覚がないだけでは、ト」
「あぁ、そう…かもな」

シノニム一族、シノニム一族とは?
言い伝えにもないその謎の一族に、彩壱はただ困惑することしか出来なかった。


「…申し訳ございまセンが、貴女のお名前をお伺いしテも?」
「あ、あぁすまない。私の名前は 扇華彩壱せんか いろい だ。まぁ好きに呼んでくれ」
「扇華、でスカ。貴女にピッタリだ。宜しくお願い致しマす。扇華様」
「…良ければ下の名前で呼んでくれないか?お前と私は恐らく同い年だろう?あと、お前の名前も聞いても?」
「誠に申し訳ござイません。そこまで気が回らナかった僕をどウかお許しくだサい。改めまして、僕は…【ロゼ】と申しマす」
「気にするな。よろしく、ロゼ」
「こちラコそよろしくお願い致しマす。彩壱様」

「様、は取れないのか?」
「…取り外し不可でゴざイます」
「そうか…」


聞けばロゼも旅の途中らしく、彩壱は彼女が1人だったら、また倒れるまで何も食べない様な生活が続くのでは…と心配に思い、自分と共に行かないかと誘った。
ロゼも彩壱の厚意に有難く甘える事にした。
こうして、故郷から飛び出した少女二人が、大陸を旅をする事になったのだ。








「…ロゼ。聞きたい事が他にもあるのだが、早速聞いても良いか?」
「はイ。なんでショうか。僕が答えラれる事ならなんでモお話致しマす」


移動手段も無く、徒歩で森の中を歩いて行く2人。

凛とした美しい少女、扇華彩壱は黒髪が白い肌によく映える狐面の少女、ロゼに話しかける。
孤島に住んでおり、先日忍里に来たばかりだと話すロゼは、まだ見ぬ未開の忍里に興味を示し、辺りをキョロキョロと見渡していた。それでも呼ばれるとすぐに反応し、丁寧な口調で応える。
どこか話し方に違和感が残っているままだった。


「ありがとう。…自分がその、シノニム一族?なのかは私は知らない。獣人だということも知らなかった。まず、獣人は過去に居たとされる空想上の生き物だと思っていた。
……なぜ私が獣人だと気づいたんだ?」


ロゼは少し眉をひそめて静かに言った。
「…僕達は空想上の生き物、でスか」


「っ気を悪くさせたならすまない!悪気は無かったんだが…」
「いえ、大丈夫デス。何故気づいタか、ですカ。…貴女様のその獣耳もあリますが、シいて言うナらば…匂いですネ」


獣人は大陸では殆ど確認されていない。数百年前に大陸から追い出された"ことになっている"のだから。
だが、いてもいなくとも関係ない。獣人は、大陸では奴隷として働かされている。大人であれば体格が大きく、力もあり従順。人間よりも効率よく働いてくれる。彩壱も奴隷獣人を見たことがあった。


「匂い?私は獣臭かったか」
「…いイえ、そウいう訳ではごザイません。モンスターや獣人は五感が人間よりモ優れていルのです。彩壱様が臭いなどと、そンなことのハありマセん。僕が特殊な五感を持ってイた。そレダけでス。」

獣臭いと言った彩壱に少し間をあけ話し始めたロゼ。
従順。まさに目の前の彼女は従順だ。自分と違う長い獣耳。顔の横に人間の耳は無い。後ろを見れば黒く長い尾。彼女は間違いなく獣人。
そして、人間な自分。
人間かと思っていたが獣人だった、自分。
獣人は貪欲で汚らしい。
幼い頃、そう教えられた。自分が汚らしいと言われていたようなものだったのか。彩壱は手をきつく握り、小さく苛立ちを表した。


「そう、か。なるほどな…私は先祖が化け猫と人間のハーフで、獣人だったのは知っていたが、まさか私も獣人とは。…?どうかしたか」
「(化け猫?!)っいえ、なんデもございマせん。い、彩壱様、その…」


ロゼが話しかけようとした時だった。
カサっ…


「ん?何か音がしたな。森の動物か?」
「ど、どうナんでショう。辺りを見てきまスか?」
「頼めるか」
「おマカせを。こちラで待ってイテ下さい」
「あぁ。すまないな」

ズズズ…
「……何だ?、」


ザッザッザッ
ロゼは草の中に迷うことなく進んで行った。
ロゼの後ろ姿をみていた彩壱は、辺りが急に冷えた気がした。
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