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第1章 変わる日常

プロローグ

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 創造世界マジエイト。多種多様な魔法と剣術があふれるこの世界ははるか昔強大な力を持った5人の魔術師によって造られた世界だと語り継がれている。

 この世界では5歳になるとその時に持ち合わせている潜在能力と伸び代をふまえて選定される職業の中から、一生を決める職業を決めることとなる。

 各都市、どんな小さな村でも必ず存在する選定の部屋。
 そこで執り行われる『選定の儀』
 5歳になった直後のたった数分で、自分の一生が決まる。

 それがこの世界のだ。

 選定職業でその人間の価値が決まる。どんな一生を過ごすのか想像がついてしまう。
 高い魔法能力を持ち合わせているにもかかわらず『書き師』を選んだ私の人生など振り返るだけでも胃液がこみ上げる。

 いつの日からかそんな人生が、自分が、世界がたまらなく嫌いになってしまっていた。

 無意味に毎日を過ごす。ここに自分がいる価値とは何なんだろう。
 自問自答を繰り返し、笑顔を貼り付けて街を歩いていた。

 そんな時だった。彼に出会ったのは。

 食料品を買いに街に出る人でごった返している市場に、彼はぽつんと立っていた。
 小さな体にもかかわらず、周りの人にかき消されない存在感が確かにあった。

 真っ白な髪に目を引かれたのかもしれない。
 気づけば私は彼に近づいていた。

「こんなところでひとりでなにしているんだい?」

 彼の視界に入るように身をかがめて話しかける。

「さあ何をしているんでしょうね」

 返ってきた言葉は冷たく何も感情が込められていないように感じ取れた。
 それに合わせるように私の目を見つめ返してくる彼の目は、ひどく底冷えしていてやけに大人びている。

「お母さんとかはどこにいったんだい?」
「さあ?もういないんじゃないでしょうか」

 親に捨てられる子供は別に珍しくはない。一見平和そうに見えるこの街でさえ、路地裏に行けば今日を生きるために目をぎらつかせている子供がたむろしている。

 親が子供を捨てる理由は様々だが、大半はやはり『職業』のせいだ。将来に期待を持てないから捨てる。
 捨てられた子供は生きる術を自分で身につけるか、そのままのたれ死ぬかの選択肢しか残っていない。

 私はもう一度目の前の彼をよく見る。
 遠くからでも分かるような真っ白な髪に、幼いながらも整った顔。彼の目は青い色をしていて、覗き込めば吸い込まれそうなほどに美しかった。

 こんな町のど真ん中に一人でいることといい、身なりはどう見ても路地裏で暮らしているようには見えない。
 むしろ高級街の住人だといわれても違和感がないほどだ。

「あなた名前と職業は?」
「ドラフォノス・グラフォス。『書き師』です」

 青い目にドラフォノスという苗字。聞き覚えはあったが、それよりも職業の方に意識がいった。

「書き師かい。他に選択はなかったのかい?」
「ありましたよ。でも僕は好きでこの職業を選びました。それははっきり覚えている。この世界は知識であふれている。僕はそれを知りたい。残したい。だからこれを選んだんです。まあ気づいたらこんなところにいたんですけど」

 少年ははっきりと書き師という職業を自分の意思で選んだといった。そこに迷いはなかった。

「行くあてはあるのかい?」
「ないでしょうね」

 私は気付けば彼の手を握っていた。少年は訝しげに私の顔を見てくる。

「うちに来るかい?」
「いいんですか?」
「まあ一晩二晩くらいなら平気さ」
「…………」

 どうするべきか悩んでいるのか今後の自分の身がどうなるのか案じているのか少年は不安げに私を見上げていた顔をうつむいてしまう。

 そこで私は初めてその子の年相応な表情を見た。
 ずっと無表情だったその顔をくしゃくしゃにゆがめて、何もわからない現状に、こうなってしまった不条理に押しつぶされそうな表情を浮かべていた。

 そんな顔を見てしまったからだろうか。気づくと私は彼の握っていた手をそのまま引いて歩きはじめていた。
 
 どうして彼の手を引いて自分の家に連れて行こうと思ったのか、それは10年たった今でも分からない。
 彼の白髪に惹かれるように話しかけたからかもしれないし、同じ書き師という境遇に同情したからかもしれない。

 もしくは話しかけてからというもの、ずっと静かに少年はその大きな瞳から静かに涙を流していたからもしれない。

「……ありがとう」

 手を引いた小さな背後の気配から聞こえてきた小さくか細い声。

 お礼なんて言われる筋合いはない。
 これは私の勝手で、書き師という職業に絶望していない少年の目を見て、彼といればこの世界をまた少しは好きになれるかもしれないと、結局はそんな身勝手で引き連れているのかもしれないのだから。

 こうして私は一人の少年を自宅に招き入れた。それから二晩、一週間、半年と……気づけば10年も彼と一緒に生活を共にしていた。

 気づけば私は一見不愛想にも見える無表情が板につく子供を育てる一人の親になっていた。
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