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第1章 変わる日常

第17節 お願いと誤解

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 ギルドに着いた二人が向かった先は受付のドリアのところだった。

「あらグラフォス君じゃない。ミンネさんにはしっかりと怒られた?」

 受付嬢であるドリアはグラフォスの姿を見つけるや否やカウンターから出てきて、ほかの冒険者の邪魔にならないように二人をギルドの端のテーブルへと案内する。

「ええ、誰かさんのおかげできっちりと怒られましたよ」

「子供の無茶な暴走を保護者に報告するのは大人の義務ですから」

 ドリアはなぜか誇らしげにその大きな胸を張りながら言い切る。
 グラフォスはそんな調子のいい受付嬢の様子と彼女の強調された胸を見て鼻の下を伸ばしている冒険者に冷たい視線を向ける。

「それで? 今日はどうしたの? 君が私に話しかけるっていうのも珍しいけど、誰かと一緒にここに来るなんて初めてじゃない? それにこんなかわいい子を。何、自慢しに来たの?」

 ドリアはそういいながらあたふたと視線をうろうろとさせているアカネの方に顔を向け、優しく微笑みかける。

 その優しさに触れたアカネはより一層動揺してしまい、顔を赤くしてうつむいてしまう始末だった。

「あら、ほんとにかわいいお嬢ちゃんね」

「アカネをあなたの毒牙にかけるのはやめてもらっていいですか。それに別に自慢しに来たわけでもないので、真面目に話を聞いてください」

「毒牙って私そんなひどい女じゃないわよ! はあ、私は困っている子を安心させてあげようとしてただけじゃないの」

「そのほほえみで何人の冒険者が騙されたと思ってるんですか」

 グラフォスはあきれたようにため息をこぼしながら、魔性の受付嬢の視線を向けさせまいとアカネを守るように場所を移動する。

「私グラフォス君に何かひどいことした!? むしろ感謝してくれてもいいと思うんだけどなあ?」

「だからミンネさんに報告しなければもっと感謝するって言ってるじゃないですか」

「それは、無理ね」

「あのグラフォス君、私は大丈夫だから……このお姉さんに倒されないように頑張るから」

「ほらぁ! グラフォス君のせいでその子にわけわかんない誤解与えてるじゃん! 別に倒したりしないからね? 私は純真なただのギルドの受付嬢ですからね?」

 アカネの思わぬ解釈と弁明するかのようなドリアのやり取りにグラフォスは苦笑いを浮かべつつ、一つ咳払いをして二人の会話を止める。

「まったくドリアさんと話しているといつも本題に入れないです」

「私だけのせいじゃないと思うけど……まあいいや。ここは大人の余裕で受け流してあげます。それで今日は何をしに来たの? まさか二人で外に出ようってわけじゃないでしょうね?」

「それはまだ早いです。今日はただお願いがあってきたんですよ」

「へえ、グラフォス君が私にお願いってホントに珍しいじゃない。何々、お姉さんに言ってごらんなさい?」

「じゃあ遠慮なく。白金貨を見せてくれませんか?」

「……ん? なんて?」

 あまりの直球なお願いにドリアは自分の聞き間違いを疑いグラフォスへと耳を傾けて聞き直す。

「白金貨を見せてもらえませんか?」

 しかしグラフォスは再度同じことをはっきりと言葉にする。そこに悪びれる様子は一切なかった。

 あまりのストレートさに後ろにいたアカネですら緊張を忘れてぽかんとした表情でグラフォスを見つめていた。

「う~……グラフォス君はまともな思考の持ち主だと思ってたのに……」

 ドリアは言葉の意味を理解して思わず額にしわを寄せながら頭を抱える。

「いや、白金貨を見たいなって話をしてまして。ギルドって魔石の交換もやってますよね? だから白金貨くらいあるかなって」

「グラフォス君、それはさすがに厳しいんじゃないかな……?」

「そうよ、あったとしてもはいこれが白金貨です。てみせるわけがないでしょう!」

「ドリアさんなら見せてくれるかなって思ったんですけど」

「たとえ私がポケットマネーで持っていたとしても白金貨なんて見せないわよ! ギルドのお金なんてなおさら見せるはずがないでしょう」

 ドリアも少なからず自分の仕事に誇りを持っているはずで、それを軽視された発言に気を悪くしたのか頬を膨らませてグラフォスからそっぽを向いてしまう。

「まあ、やっぱりそうですよね。すいません、ドリアさんを信頼しているからこその頼みだったんですけど」

「うっ、それは嬉しいし私も別にグラフォス君を信用していないわけではないけど……それとこれとは話が別です」

 グラフォスに面と向かって真っすぐな意見を言われてしまい、ドリアはバツが悪そうに彼らの方に向き直る。

「もしかしてそれだけのためにギルドに足を運んだの?」

「そうですね。大半の目的はそんなところです。もちろんアカネにここを紹介するっていうのもありましたけどね」

「紹介って?」

 グラフォスの後ろを覗き込むように体を倒したドリアとアカネの目が合う。
 アカネは若干気まずそうにぐらフォスの隣に立つと軽くお辞儀をした。

「私この街にきたばかりで、それでグラフォス君に街を案内してもらってるんです」

「へえ、グラフォス君に悪いことされてない? 大丈夫?」

「大丈夫です! 突然手を引かれたり口を押さえられたりびっくりすることはあるけど、優しくしてもらってます」

「ちょっとアカネその言い方は……」

 誤解を招きかねないアカネのいい方にいやな汗をかいているのを感じながら目の前の受付嬢を見ると、案の定彼女は誤解をしたようで冷たい笑みをこちらに向けていた。

「グラフォス君、君はアカネちゃんにいったい何をしているの? 手を引いて口を押えて優しくって、それはまさか……」

「何を勘違いしているのかわからないし想像もしたくないし、僕はまだ僕は子供でそう言ったことは一切わからないので、とりあえず今日は失礼しますね!」

 グラフォスは一気に言い訳をまくしたてるとアカネの手をつかみギルドの入り口へと回れ右をする。

「グラフォス君どうしたの?」

「アカネ、あっちに確かおいしい屋台の店がたくさんあった気がするんだよね! こんな酒臭いところからは離れておいしいものを食べに行きましょう!」

 グラフォスは背中を刺すような鋭い視線から逃れるようにアカネの手を引いたまま早歩きでギルドの扉に向かって歩を進める。

「待ちなさい! アカネちゃんに変なことしたらだめなんだからね!」

 後ろからドリアの怒鳴り声がかけられるころには二人は駆け足になりギルドを飛び出していた。

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