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第1章 変わる日常
第22節 わからない言葉と信頼
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本の表紙にに描かれていたのは真っ赤に染められて先が糸のように伸びて広がっている一輪の花の刺繍だった。
「アカネはこの花が何かわかるんですか?」
顔を見上げたグラフォスと思いがけず至近距離で見つめあうアカネ。
彼女は一瞬戸惑った様子を見せると顔を真っ赤にしながら、一歩後ろに下がりながら口を開いた。
「これ私の住んでたところに咲いてた===に似てる……」
「……ん? ドラ坊、この子はいったい今何を言ったんじゃ?」
アカネは普通にしゃべっていたがそれを聞いていたシン婆が首をかしげてグラフォスの方を見る。
「あー……またですか。アカネ、ゆっくりとしゃべってもらえます?」
「え、はい。=・=・=・=・=。あの、河川敷とかによく咲いている花で、私好きだから学校帰りとかよく眺めてて……その……あの、グラフォス君近いです……」
「あ、すいません。口元を見れば口の動きでわかるかなと思ったんですけど。『ブレインライト』」
グラフォスはアカネの口元を注視しようと近づけていた顔を離し、中腰をやめる。
そしてリュックから本を取り出すと黄金色の羽ペンを顕出し、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「もしかしてまた伝わってない?」
「すまんな。とうとうわしの耳が遠くなったのかと思ったがドラ坊の様子を見る限り、そうでもないらしい」
「そもそも普通にしゃべっているときから口元の動きはまるっきり違う動きをしている。どれだけ近づいて聞きとろうとしてもノイズが走って途端に聞こえなくなる。何か別の言語を使用していて、それを無理やりこちらの言語に変換している? それができない独自単語のみがノイズになってしまう……? そんなことができる魔法があるのなら魔物とも意思疎通を図れるのでは……」
「ドラ坊、これドラ坊」
「……はい?」
グラフォスは完全に自分の世界に入り込み、今見た事象と推測を本に書き写していた。
しかしそれを止めるようにシン婆がグラフォスの肩をゆすり、ようやくグラフォスは周りを見る。
「お嬢ちゃんが困っておるだろうが。それと、まさかわしに魔法を使わせるだけ使わせておいて、何も買わないということはないじゃろうな」
わからないことを追求しすぎるな。か……。
確かにこれ以上いくら考察を重ねても真実など実際に使った人に聞かなければわからないだろう。
そう判断したグラフォスは羽ペンを消しながら本を閉じてリュックにしまった。
「すいません。シン婆、アカネ」
「ううん、私は別に……」
「シン婆、その本買います。いくらですか?」
「別に誰も買わんからの。いつも通り5ラで構わんよ」
「在庫がないっていうから値上げしてくるかと思いましたよ」
「そうしたいのはやまやまじゃが、お嬢ちゃんにもこの店に慣れてほしいしの。特別サービスじゃ」
グラフォスはそれを聞いて苦笑いを浮かべながらポケットからポーチを出すと、その中から銀貨5枚をとり出し、シン婆へと渡した。
「すいません! 私怖がっちゃって、その、失礼ですよね」
「構わんよ。当然の反応じゃしな。最初から怖がらなかったのはドラ坊ぐらいじゃよ」
「まあそんな危険な雰囲気もしないですしね。売ってるものはたまにまずいものがありますけど」
「ドラ坊は本当に失礼な奴じゃの」
グラフォスの軽口に軽快な笑い声をあげながら答えるシン婆。
その二人の間にはまたミンネとは違った信頼があった。
「お二人は長い付き合いなんですか?」
「そうじゃの……ミンネに連れられて来てからじゃから彼これ7.8年は経つかの?」
「そうですね。白紙の本を探していた時でしたからそのくらいですかね。どこにもそんなものなくて最後ってことでダメもとで入った店が大当たりでしたからね」
「ダメもととはどういうことじゃ」
「ミンネさんも忘れてて最後に思い出したくらいなんですから、ダメ元って言葉は何も間違えてないと思いますよ?」
「でもそれで本を見つけてからはグラフォス君はここに通ってるんだ……」
「そういうことです」
その後三人は他愛のない会話を重ねながら店の中の怪しげな雑貨を物色していた。
そして数十分が経つ頃にはアカネも雰囲気に怖がることはなく、見た目と反して明るいシン婆へと心を開いていた。
「それじゃ、そろそろ帰ります」
「いろいろとありがとうございました。あのお体に気を付けてくださいね」
「大丈夫じゃ、まだぴんぴんしておるわい。まだまだくたばる気はないぞ」
「今のは変な雑貨を仕入れて呪いにかからないでくださいねっていう皮肉ですよ」
「グラフォス君!」
全く思ってもいないフォローを入れられたアカネが少し怒った様子で声を大きくして否定の意を込めて、グラフォスの名前を呼ぶ。
「すいません」
「ほっほっほっ、ドラ坊の委縮している姿などミンネといるときしか見たことなかったが、これは珍しいもんを見たわい! いい子を見つけたのドラ坊……」
「そんなんじゃないですし、別に委縮してもないですよ。ちょっとびっくりしただけです。僕らはもう帰りますから。シン婆、次来る時までには僕の呼び方変えてくださいね」
「考えておくわい」
グラフォスは少しすねたようにまくしたてて別れの挨拶をするとそのまま店の外に出ていく。
アカネもグラフォスとのやり取りを指摘され少し照れながらもシン婆に一礼して、グラフォスの後を追いかけようとした。
しかし背中をつつかれるのを感じ足を止めて振り返るとそこには優しい笑みを浮かべたシン婆が立っていた。
「ドラ坊は、あの子は口も悪いし性格もひねくれておるが根はやさしい子なんじゃ。このわしが保証するから間違いない。きっとあの子は優しさと知的探求心でこれからも無茶をするだろうが、愛想をつかさずあの子のそばにおってくれると助かる」
「は、はい! グラフォス君は私を助けてくれたし優しいのは今日一日感じました。私じゃ力不足かもしれないけど、そばにはいたいと思ってます」
「ほっほっ、そうかそうか。ほんとにドラ坊にはもったいないの。気を付けて帰るんじゃぞ」
「はい」
アカネは再び深く頭を下げると、今度こそ扉を開けて店の外へと出た。
その足取りは心なしかどこか重いようにも見えた。
「アカネはこの花が何かわかるんですか?」
顔を見上げたグラフォスと思いがけず至近距離で見つめあうアカネ。
彼女は一瞬戸惑った様子を見せると顔を真っ赤にしながら、一歩後ろに下がりながら口を開いた。
「これ私の住んでたところに咲いてた===に似てる……」
「……ん? ドラ坊、この子はいったい今何を言ったんじゃ?」
アカネは普通にしゃべっていたがそれを聞いていたシン婆が首をかしげてグラフォスの方を見る。
「あー……またですか。アカネ、ゆっくりとしゃべってもらえます?」
「え、はい。=・=・=・=・=。あの、河川敷とかによく咲いている花で、私好きだから学校帰りとかよく眺めてて……その……あの、グラフォス君近いです……」
「あ、すいません。口元を見れば口の動きでわかるかなと思ったんですけど。『ブレインライト』」
グラフォスはアカネの口元を注視しようと近づけていた顔を離し、中腰をやめる。
そしてリュックから本を取り出すと黄金色の羽ペンを顕出し、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「もしかしてまた伝わってない?」
「すまんな。とうとうわしの耳が遠くなったのかと思ったがドラ坊の様子を見る限り、そうでもないらしい」
「そもそも普通にしゃべっているときから口元の動きはまるっきり違う動きをしている。どれだけ近づいて聞きとろうとしてもノイズが走って途端に聞こえなくなる。何か別の言語を使用していて、それを無理やりこちらの言語に変換している? それができない独自単語のみがノイズになってしまう……? そんなことができる魔法があるのなら魔物とも意思疎通を図れるのでは……」
「ドラ坊、これドラ坊」
「……はい?」
グラフォスは完全に自分の世界に入り込み、今見た事象と推測を本に書き写していた。
しかしそれを止めるようにシン婆がグラフォスの肩をゆすり、ようやくグラフォスは周りを見る。
「お嬢ちゃんが困っておるだろうが。それと、まさかわしに魔法を使わせるだけ使わせておいて、何も買わないということはないじゃろうな」
わからないことを追求しすぎるな。か……。
確かにこれ以上いくら考察を重ねても真実など実際に使った人に聞かなければわからないだろう。
そう判断したグラフォスは羽ペンを消しながら本を閉じてリュックにしまった。
「すいません。シン婆、アカネ」
「ううん、私は別に……」
「シン婆、その本買います。いくらですか?」
「別に誰も買わんからの。いつも通り5ラで構わんよ」
「在庫がないっていうから値上げしてくるかと思いましたよ」
「そうしたいのはやまやまじゃが、お嬢ちゃんにもこの店に慣れてほしいしの。特別サービスじゃ」
グラフォスはそれを聞いて苦笑いを浮かべながらポケットからポーチを出すと、その中から銀貨5枚をとり出し、シン婆へと渡した。
「すいません! 私怖がっちゃって、その、失礼ですよね」
「構わんよ。当然の反応じゃしな。最初から怖がらなかったのはドラ坊ぐらいじゃよ」
「まあそんな危険な雰囲気もしないですしね。売ってるものはたまにまずいものがありますけど」
「ドラ坊は本当に失礼な奴じゃの」
グラフォスの軽口に軽快な笑い声をあげながら答えるシン婆。
その二人の間にはまたミンネとは違った信頼があった。
「お二人は長い付き合いなんですか?」
「そうじゃの……ミンネに連れられて来てからじゃから彼これ7.8年は経つかの?」
「そうですね。白紙の本を探していた時でしたからそのくらいですかね。どこにもそんなものなくて最後ってことでダメもとで入った店が大当たりでしたからね」
「ダメもととはどういうことじゃ」
「ミンネさんも忘れてて最後に思い出したくらいなんですから、ダメ元って言葉は何も間違えてないと思いますよ?」
「でもそれで本を見つけてからはグラフォス君はここに通ってるんだ……」
「そういうことです」
その後三人は他愛のない会話を重ねながら店の中の怪しげな雑貨を物色していた。
そして数十分が経つ頃にはアカネも雰囲気に怖がることはなく、見た目と反して明るいシン婆へと心を開いていた。
「それじゃ、そろそろ帰ります」
「いろいろとありがとうございました。あのお体に気を付けてくださいね」
「大丈夫じゃ、まだぴんぴんしておるわい。まだまだくたばる気はないぞ」
「今のは変な雑貨を仕入れて呪いにかからないでくださいねっていう皮肉ですよ」
「グラフォス君!」
全く思ってもいないフォローを入れられたアカネが少し怒った様子で声を大きくして否定の意を込めて、グラフォスの名前を呼ぶ。
「すいません」
「ほっほっほっ、ドラ坊の委縮している姿などミンネといるときしか見たことなかったが、これは珍しいもんを見たわい! いい子を見つけたのドラ坊……」
「そんなんじゃないですし、別に委縮してもないですよ。ちょっとびっくりしただけです。僕らはもう帰りますから。シン婆、次来る時までには僕の呼び方変えてくださいね」
「考えておくわい」
グラフォスは少しすねたようにまくしたてて別れの挨拶をするとそのまま店の外に出ていく。
アカネもグラフォスとのやり取りを指摘され少し照れながらもシン婆に一礼して、グラフォスの後を追いかけようとした。
しかし背中をつつかれるのを感じ足を止めて振り返るとそこには優しい笑みを浮かべたシン婆が立っていた。
「ドラ坊は、あの子は口も悪いし性格もひねくれておるが根はやさしい子なんじゃ。このわしが保証するから間違いない。きっとあの子は優しさと知的探求心でこれからも無茶をするだろうが、愛想をつかさずあの子のそばにおってくれると助かる」
「は、はい! グラフォス君は私を助けてくれたし優しいのは今日一日感じました。私じゃ力不足かもしれないけど、そばにはいたいと思ってます」
「ほっほっ、そうかそうか。ほんとにドラ坊にはもったいないの。気を付けて帰るんじゃぞ」
「はい」
アカネは再び深く頭を下げると、今度こそ扉を開けて店の外へと出た。
その足取りは心なしかどこか重いようにも見えた。
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