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第3章 それはいずれ語られる英雄譚

第37節 落ちこぼれと自信過剰

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「ほらこれ持っていきな!」

 翌日、森に行くための準備を終えたアカネとグラフォスが一階に降りると、ミンネがにこの弁当箱をもって待ち構えていた。

「ミン姉、僕たち別にピクニックに行くわけじゃないんですから」

「ミンネさんありがとうございます!」

 グラフォスはあきれたように、そしていつもの口調でからかいながら、アカネはあまりに嬉しかったのか頬を染めながらそれぞれ差し出された弁当箱を受け取る。
 ミンネはアカネには普通に手渡していたが、グラフォスにはその手に持った弁当箱で頭をはたいてから渡していた。

「いっつー……中身がぐしゃぐしゃになったらどうするんですか」

「なんだい、文句言いながらも楽しみにしてるんじゃないか」

「そういうわけじゃないです。行ってきます」

 ミンネからの仕返しのようなからかいに不貞腐れながら、それでもしっかりと弁当箱を受け取ってからグラフォスは店の外へと向かった。

「行ってきます!」

「あいよ、いってらっしゃい。帰ったらご飯も用意してるからね。寄り道せずにまっすぐ帰ってくるんだよ」

 アカネもグラフォスの後を追いかけて、そしてグラフォスが扉を開けると同時に一緒に店の外に出るのだった。



 外はまだ陽が昇り始めたばかりの朝早い時間だった。グラフォスにとって陽が真上に上る前に外にいるというのは新鮮すぎることだ。
 顔を出し始めた陽の光を浴びてグラフォスは一度立ち止まると、伸びをして大きく欠伸をする。

「グラフォス君緊張してないの?」

「そうですね。あまり緊張はしてないです。まあ自分が討伐依頼に参加できるっていう実感がないだけかもしれないですけどね」

「おーい、準備できてるか―!」

 グラフォスとアカネが他愛のない話をしていると、遠くの方から大声で叫びながら土ぼこりをあげながら近づいてくる人影があった。

「おはようございます!」

「もう少し落ち着いて、周りに目立たないように来ることはできないんですか。トキトさん」

 二人の目の前で急停止したトキトは満面の笑みで片手をあげて挨拶を返す。
 そして少し遅れて、こちらはのんびりと歩きながらシャルが現れた。

「グラフォス君もっと言って聞かせて。私が言ってもちっとも効果ないから」
「ほんとに嫌ってんなら考えるけど、二人ともそんな感じじゃないだろ? だから俺は俺のままで行かせてもらうぜ!」

 グラフォスとシャルの嫌味を大笑いで返すトキト。彼女の心には少したりとも響いておらず、反省する気はさらさらないようだ。

「それじゃ行くか!」

「もうすぐに森に行くんでしたっけ」

「あれ? ギルドにまずいかないといけないじゃなかったっけ」

「アカネちゃんが正解ね。まずギルドに行って受注処理をしないとね。それと今日の討伐パーティでレイドを組むかもしれないから、その打ち合わせもあるかもしれないわね」

「まあ俺はこの4人で挑みたいけどな!」

 トキトはそういいながら早速ギルドに向かって歩き出していた。
 そんなせっかちなトキトを見て三人は顔を見合わせて同時に苦笑いを浮かべると、トキトについていく形でギルドへと向かうのだった。



 朝一のギルドはまさに街の中の戦場だった。
 依頼掲示板の前では冒険者が押し合いへし合いしており、カウンターも回っていないのか数人のギルド嬢が走り回っている状態である。
 いつもギルドに来ると話しかけてくるドリアも今日はてんてこ舞いの状態でグラフォスたちが来ていることすら気づいてなさそうだった。

「これはすごいね……」

「なんだ? ギルドに来るのは初めてか?」

「いえ、いつも来るときは昼過ぎとかでしたから比較的落ち着いている時間帯しか着たことがなかったんですよ」

「そうなのね、それならこのバタバタも新鮮かもしれないわね」

 周りをきょろきょろと見まわしているグラフォスとアカネとは対照的に、トキトとシャルはやはり慣れているのか特にギルド内の様子を気にすることもなく受付へと真っすぐ足を運んでいた。

「あれ、僕たちは掲示板で依頼紙を取らなくていいんですか?」

「ええ、私たちが受ける緊急討伐依頼は複数パーティ合同、つまりレイド推奨の依頼。そういう場合は受付で言えば依頼紙をもっていかなくても受理してくれるのよ」

「そういうこったな」

 シャルが丁寧にグラフォスたちに説明しているかたわら、トキトはそれを聞いているのか聞いていないのかあいまいな返事をしながらカウンターへと進む。

「この四人でギルド指定討伐依頼を受けたい」

「グラフォス君!」

 たまたまカウンターでせわしなく近寄ってきて対応をしてくれたのはドリアだった。

 ドリアはトキトとシャルを見た後、グラフォスが目に入ったのか目を見開いてあからさまに驚いていた。

「どうも、ドリアさん」

「あのトキトさん、彼に戦闘は……」

「ん? ああ坊主か? まあ身長は小さいけど、こいつは強いから安心していいぞ」

 何か言いたげなドリアをよそにトキトはあっけらかんとそう言い放つ。

「グラフォス君が強い……? そうなの?」

「いいえ、まったく」

 ドリアの当然の質問にグラフォスは特に表情を変えることなくトキトの言葉を否定する。

「……トキトさん、シャルさん。二人を守ってくださいね。依頼は受けられますけど正直グラフォス君とアカネちゃんには荷が重いと思うけど……」

「それは俺とシャルが決めることだな」

「そうね。私たちが連れて行って問題ないと判断したから連れて行くのよ」

「そうですよね。すいません、出過ぎたことを言いました。依頼を受ける人はすでに何名かあちらのテーブルに集まっています。できれば皆さんで合流して森に行ってほしいんですが……」

 ドリアは頭を下げた後、説明をしギルドは地にあるテーブルを指さすのだが何かその言い方には含みがあるように聞こえた。

 グラフォスたちがそちらに目を向けると、6名ほどの人が一つのテーブルでたむろしていた。
 その中で特に目立つのは純白の鎧を付けたきざ風な見た目をした男だった。
 ギルド内では必要ないだろうにその手にはすでに抜刀された槍を構えている。

「なんかすごい人がいるね……」

「槍が自慢なんですかね。今回のトレントキングにはあまり有効だとは思えませんが……」

「まああれだけ自信ありそうなんだしすげえ槍の使い手なのかもな。戦ってみたいな!」

「そうだといいけどね……」

 四人中シャルだけが不安そうにそう呟き、それぞれが目立つその人の印象を話すとそのままカウンターを離れてそのテーブルへと近づく。

 近づいてくるグラフォスたちに気づいた6人は話を中断し、こちらを向くと真っ先に槍を持った男がグラフォスたちの方に歩み寄ってきた。

「もしかして君たちも依頼に参加するのかい?」

「ああ、よろしく頼むぜ」

 トキトは快活に笑いながら握手を求めて片手を出したが、男はそれを握ることなく品定めするような視線でグラフォスたちを嘗め回すように見つめていた。

「ふうん、そこの赤い鎧の彼女は使えそうだけど、ほかの君たち三人は……うーん、職業は何なんだい?」

「剣闘士だ」

「呪術士よ」

「か、回復士です?」

「書き師です」

「書き師だって!? それに剣闘士と呪術士のコンビって……まさか『万年岩等級』の二人かい? 君たち本気で森に入るつもりなのかい?」

「ええ、トキトさんたちに頼まれましたし、僕自身少しは役に立てるかなと」

「もちろん、森に入るためにこの依頼を受けたんだしな」

 それを聞いた槍の男は頭を抱えわざとらしくその場でよろけて見せる。
 それを見たグラフォスの反応は皆無だったが、隣のアカネが突然のオーバーリアクションにびっくりしたのか体をびくっと震わせていた。

「高難度の依頼を受けているというのに子供のお守りはごめんだよ」

「ああ? お前グラフォスの実力何一つ見てねえのに、なんでお守りだって決めつけるんだよ」

 男の言葉に反応したのはグラフォスではなくトキトだった。さっきまでの笑顔はその顔にはなくイラついているのか、にらみつけるように男を見ていた。

「トキト、落ち着いて。グラフォス君の強さは周りに見せびらかすようなものではないわ」

「君たち内輪だけで彼を持ち上げているだけじゃないのかい? 子どもだからってあまり甘やかしていると後々公開するのはそこの白髪の彼だよ」

「グラフォス君はそんなこと!」

「アカネちゃんも落ち着いて。あなたの言い分はよくわかったわ。それなら私たちはあなたたちのレイドには参加しない。別行動するわ。それでいい?」

 アカネもさすがに怒ったのか一歩出て声をあげた瞬間、それを制するようにトキトたちと男の間にシャルが割って入ってそう言い放った。

「ああ、僕としてもそうして欲しいものだね。この依頼はこのモブザック率いる『ドラゴンスピア』の晴れ舞台になる重要なものだからね。子供のお守りなんてしていられないんだよ」  

 彼、モブザックと名乗る槍の男の行動を後ろの人間がだれ一人止めないと思ったら、どうやら6人で一つのパーティだったようだ。
 今まで彼ばかり目に入っていてあまり目に入らなかったが、後ろの5人を見ると彼と同じような顔でばかにしたようににやつきながらこちらを見ていた。

「そうなるといいわね。じゃあ私たちは反対側のテーブルで待たせてもらうことにするわ」

 シャルは言い終わるや否や、モブザックに背を向けて彼らがいるテーブルとは反対側のテーブル目指して歩いていく。

 やはり彼の言い方に思うところがあったのかシャルの足取りはどこか怒っているようにも見えた。
 そして残りの三人も彼らを一瞥するとシャルに続いて彼から踵を返す。

「ほかのパーティが参加してくれるといいけどね! 精々頑張って生き残ることだね」
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