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最後の三日間
「取り敢えず落ち着け」
「だって……可哀想じゃないですか」
「……その猫の目が覚めたら見てやる。まずは私たちも食事にしよう」
「……分かりました」
ユイは膝に猫を乗せたまま、今度はセルヴィスの世話をする。さっきは口元まで持って行かなければ食べなかったのに、目の前に差し出すと、それを手で掴んで自分で口に入れた。
「凄いですセルヴィス。そのうち喋れるようになりますね」
「……まあ少しずつな」
ユイは嬉しそうにスープを飲んでいる。そんな彼を、クレイドは複雑な顔で見つめた。
食事が終わり部屋に戻ると、早速ユイはクレイドに猫を差し出して、話を聞けと迫る。……いや、待て。猫と話せるわけではないんだが?と思うが、ユイの目が本気なので取り敢えずその猫を受け取った。
「にゃう」
クレイドの冷たい手にも嫌な顔をせず、顔をすり寄せて来る猫は、酷く愛情に飢えていた。主人が亡くなってからずっと一人だったのだろう。
「——残映、開示」
クレイドが一言呪《しじゅ》を詠唱すると、猫からゆらゆらと陽炎のような物が立ち昇る。そして猫と主人の幸せな思い出が次々と現れた。
「……いい人だったんですね。碌な飼い主じゃないなんて悪かったです。でもどうして残された猫に呪いを?」
「……いや、これは呪いじゃない。誓縛だ」
「せいばく?」
「この猫が自分で自分にかけた呪い。主人の元に行くために、何も食えないように自ら魂を縛ったんだ」
「……自分で?」
「……ユイ、私たちに出来ることはない。せめてこの村にいる間はこの猫の側にいてやれ」
「……そんなの嫌だ。生きてて欲しい」
ユイはほろほろと涙を流して猫を抱きしめる。窮屈だったのか、猫は抗議するように「にゃっ」と小さく鳴いて、それでも暖かい腕の中に収まった。
……本当なら出来るだけ先は急ぎたい。だが、他者の生に執着するユイを見て、クレイドは酷く興味を惹かれた。
「……最後まで見送ってやりたいなら宿の主人にもうしばらく泊まると言っておけ」
「……いいんですか?」
「ああ。その間にアンデッドも、もう少し人間らしくなるだろう。その方が旅は楽になる」
「はい」
「延長は三日ほどでいい」
クレイドの言葉にユイは分かりやすく体を震わせた。つまりその三日が、痩せこけたこの猫の寿命なのだ。
「……分かりました」
ユイは、クレイドの膝に猫を置いて部屋を出た。しょんぼりとした足音が遠ざかっていく。
「生きてるものはいつか死ぬ。そしてその死を自分で選べるなら存外幸せではないかと思うんだが?」
クレイドの独り言に、セルヴィスは首を傾げる。ミシリと音がしたが、今回は皮膚は裂けなかった。
「死は救済だ。ユイは何が悲しいんだろうな?」
「……みゃう」
「悪いが、もう少し付き合ってやってくれ。あいつは最後までお前のことを大切にするだろう」
「……みゃ」
猫はクレイドの膝の上で静かにドアを見つめていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
それからユイは、片時も猫を離さなかった。
無駄と知りつつも、何かにつけて食べ物を与えようとする。そのたびに猫は悲しそうな顔でユイを見た。
そのうちセルヴィスまでもが、たどたどしい手つきで猫を撫でるようになった。だが、抱っこだけは猫から断固拒否されている。
動物は敏感だ。いくら保存魔法をかけていると言っても死の匂いを感じるのかもしれない。
「おいで!おいも!」
「……おいも?」
「茶色いから!」
「……そうか」
おいもと名付けられた猫は、差し出されたユイの手を目指して、ヨタヨタ歩く。そろそろ限界なのだろう、時折つらそうにその場で倒れ込むこともあるが、ユイの言うことはよく聞いていた。
二人が遊んでいる間、時間を持て余したクレイドは村を見て回る事にした。真っ黒な服装からクレイドがアンダーテイカーだと気付いているはずだが、思ったより拒否感は感じない。
それどころか、最近亡くなった家族の墓で祈って欲しいと依頼されることもある。
面倒だが、どうせ暇だからとクレイドはそんな頼みに付き合ってやっていた。
そうやって瞬く間に三日が過ぎた。
「だって……可哀想じゃないですか」
「……その猫の目が覚めたら見てやる。まずは私たちも食事にしよう」
「……分かりました」
ユイは膝に猫を乗せたまま、今度はセルヴィスの世話をする。さっきは口元まで持って行かなければ食べなかったのに、目の前に差し出すと、それを手で掴んで自分で口に入れた。
「凄いですセルヴィス。そのうち喋れるようになりますね」
「……まあ少しずつな」
ユイは嬉しそうにスープを飲んでいる。そんな彼を、クレイドは複雑な顔で見つめた。
食事が終わり部屋に戻ると、早速ユイはクレイドに猫を差し出して、話を聞けと迫る。……いや、待て。猫と話せるわけではないんだが?と思うが、ユイの目が本気なので取り敢えずその猫を受け取った。
「にゃう」
クレイドの冷たい手にも嫌な顔をせず、顔をすり寄せて来る猫は、酷く愛情に飢えていた。主人が亡くなってからずっと一人だったのだろう。
「——残映、開示」
クレイドが一言呪《しじゅ》を詠唱すると、猫からゆらゆらと陽炎のような物が立ち昇る。そして猫と主人の幸せな思い出が次々と現れた。
「……いい人だったんですね。碌な飼い主じゃないなんて悪かったです。でもどうして残された猫に呪いを?」
「……いや、これは呪いじゃない。誓縛だ」
「せいばく?」
「この猫が自分で自分にかけた呪い。主人の元に行くために、何も食えないように自ら魂を縛ったんだ」
「……自分で?」
「……ユイ、私たちに出来ることはない。せめてこの村にいる間はこの猫の側にいてやれ」
「……そんなの嫌だ。生きてて欲しい」
ユイはほろほろと涙を流して猫を抱きしめる。窮屈だったのか、猫は抗議するように「にゃっ」と小さく鳴いて、それでも暖かい腕の中に収まった。
……本当なら出来るだけ先は急ぎたい。だが、他者の生に執着するユイを見て、クレイドは酷く興味を惹かれた。
「……最後まで見送ってやりたいなら宿の主人にもうしばらく泊まると言っておけ」
「……いいんですか?」
「ああ。その間にアンデッドも、もう少し人間らしくなるだろう。その方が旅は楽になる」
「はい」
「延長は三日ほどでいい」
クレイドの言葉にユイは分かりやすく体を震わせた。つまりその三日が、痩せこけたこの猫の寿命なのだ。
「……分かりました」
ユイは、クレイドの膝に猫を置いて部屋を出た。しょんぼりとした足音が遠ざかっていく。
「生きてるものはいつか死ぬ。そしてその死を自分で選べるなら存外幸せではないかと思うんだが?」
クレイドの独り言に、セルヴィスは首を傾げる。ミシリと音がしたが、今回は皮膚は裂けなかった。
「死は救済だ。ユイは何が悲しいんだろうな?」
「……みゃう」
「悪いが、もう少し付き合ってやってくれ。あいつは最後までお前のことを大切にするだろう」
「……みゃ」
猫はクレイドの膝の上で静かにドアを見つめていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
それからユイは、片時も猫を離さなかった。
無駄と知りつつも、何かにつけて食べ物を与えようとする。そのたびに猫は悲しそうな顔でユイを見た。
そのうちセルヴィスまでもが、たどたどしい手つきで猫を撫でるようになった。だが、抱っこだけは猫から断固拒否されている。
動物は敏感だ。いくら保存魔法をかけていると言っても死の匂いを感じるのかもしれない。
「おいで!おいも!」
「……おいも?」
「茶色いから!」
「……そうか」
おいもと名付けられた猫は、差し出されたユイの手を目指して、ヨタヨタ歩く。そろそろ限界なのだろう、時折つらそうにその場で倒れ込むこともあるが、ユイの言うことはよく聞いていた。
二人が遊んでいる間、時間を持て余したクレイドは村を見て回る事にした。真っ黒な服装からクレイドがアンダーテイカーだと気付いているはずだが、思ったより拒否感は感じない。
それどころか、最近亡くなった家族の墓で祈って欲しいと依頼されることもある。
面倒だが、どうせ暇だからとクレイドはそんな頼みに付き合ってやっていた。
そうやって瞬く間に三日が過ぎた。
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