【完結】望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy

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第一章 兄の代役?望まれぬ結婚は誰も得しないのですが

1・またですか

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「──を、差し出せばいいだろう」

 アシュレイの冷たい声に、食堂の空気が凍りついた。

 ここは由緒正しきグランチェスター侯爵家。アシュレイはこの侯爵家の嫡子として将来を嘱望されている。
 戦略家である頭脳は元より、艶のある金糸の髪も、切れ長のブルーアイも、飛び抜けて美しい。
 そのせいでこっそり出回っている姿絵は市井でも飛ぶように売れているらしい。

「アシュレイ、そういうわけにも……」

「格下の男爵家など、俺には釣り合うわけがない。いくら──でもあちらがどうしてもグランチェスター家と縁を望むなら──で十分だ」

 途切れ途切れの声が聞こえるが、ライネルは気にすることなくせっせと食堂の窓を拭いていた。


 ──ライネル・グランチェスター。

 彼もこの侯爵家の一員だ。
 父譲りの茶色い髪に同じ色の目。アシュレイとは似ても似つかない平凡で地味な見た目だが、これでも侯爵家に二人しかいない息子のうちの一人なのだ。
 だが、生まれた腹が正妻のものではなかったという理由だけで、幼い頃からまともに食事さえ与えられることのない生活を余儀なくされている。

(あーお腹すいたな。今日のスープはカニだよね?いい匂いだなぁ。一度でいいから食べてみたい)

「……ル」

(でも、昨日のパンがまだあるんだよね。食堂からこっそり持ち出した白いパン!僕にとっては凄いご馳走……「ライネル!!」

「え?あ!はい?」

「何度呼ばせるんだ!このノロマめ!」

「本当に役に立たないんだから。耳は付いてるの?卑しい身分だから耳もないんじゃない?」

 正妻が下卑た笑みを浮かべ、悪態をつく。

(そんなわけあるかい。ちゃんと付いてるわ)

 そう思いながらライネルは黙って家族のいる方に顔を向けた。……実の父であるはずの男はこんな時も沈黙を貫き、ただ黙々と食事を続けている。
 この家に引き取られてこのかた、一度だって庇ってもらったことはないので、もう期待もしていないのだが。

(うわ!それよりプディングまである!いいなあ)

「聞いてるのか!」

「はい」

 そんなライネルの様子に苛立ったアシュレイは、テーブルから離れ、彼の前に立つ。そしてライネルを見下ろしながら「お前のいく先が決まった」と言い放った。

「……いく先……ですか?」

「ああ、どうしても俺を嫁に欲しいという奴がいる。だからお前が代わりに行くんだ」

「お兄さまを所望されているのに……?」

「黙れ!俺が男爵家になんか行くわけないだろう!だが、裕福な先だ。うちへの莫大な支援を約束してくれている。だからお前が行け」

「でも……」

「お前に拒否権はない。それとお兄様なんて呼ぶな。アシュレイ様と呼べと言ってるだろう!」

「すみません」

(あーまたアシュレイの無茶振りが始まった)

 けれど、今回はいつものワガママとは訳が違う。はいそうですかと先方に行ったところで叩き出されるのは目に見えているのだ。
 しかもアシュレイは社交界でも有名な美貌を誇っているのに。

(僕が行ったとて怒られるだけだろうに……)

 ライネルは自分の貧相な体を見下ろした。顔はまあ、可愛いと言われることはある。けれど痩せ細り、あかぎれだらけの手や、バサバサの髪、それに十五歳とはとうてい思えないほど成長の遅い自分にアシュレイの代わりが務まるとは思えない。

「いいか?行ってしまえば簡単に追い返されることはない。その間にさっさと既成事実を作って傷ものにしてもらえ。そうすれば正々堂々と男爵家に居座ることが出来る」

(え?そんな雑な計画で大丈夫?)

 酷い扱いだと思いながらも、ライネルは黙ってうなずいた。
 ……平気だった訳ではない。最初は泣いてばかりだった。けれど、あるきっかけから開き直ることを覚えたのだ。

「じゃあさっさと支度しろ。明日には行ってもらう」

「はい」

 バタンと目の前で閉まる食堂のドア。
 ライネルは物置のような自室に戻り、僅かな私物を鞄に詰め始めた。

「それにしても男爵様は後継なのになんで女性と結婚しないのかな。それほどにアシュレイが好きってことなのかな」

 ……この世界では同性婚は珍しいことではない。
 後継を残す必要がある長子は子を成すために女性と婚姻を結ぶ。だが、次男以降はたとえ王族でも継承権争いを避けるために同性婚が多い。

 女性と婚姻して子を成さない選択をする者もいるが、家門から出て自力で生きていかねばならない次男以降の者は「どうせなら力を合わせて領地を守れる男がいい」と思うようで、それも同性婚の増加に拍車を掛けていた。

「相手が女の子ならまだ諦めもついたかなあ……」

 ライネルはため息をつく。……実は彼にはニホンという国でサラリーマンをしていた前世の記憶が僅かながら残っている。
 だが、その時もずっと独り身で仕事ばかりの人生だった。……なんて虚しいのだろう。

 けれど、ライネルにとって、大人だった記憶は頼もしいもので、そのおかげでずいぶん気が楽になったのだ。
 昔はアシュレイや正妻の言葉一つにビクビクしていたが、今では「青二才が何を偉そうに」と鼻で笑っていられるのだから。
 だからと言って今世の自分に何ができるというわけではない。何しろこの世界で生まれ、そして育ってきたのだから。

「前世の記憶を取り戻したきっかけがアシュレイに2階のベランダから突き落とされたからってのは如何なものかと思うけどね」

 まあそれも結果オーライだ。
 明日にはこの家ともおさらば出来ると思えば自然と笑みも溢れる。

「もうここには戻れない。なんとか男爵家に置いてもらえるよう頑張ろう」

 下働きでも農作業でもいい。ここよりはマシだろう。

 ライネルはそう考えながらもう使うことのない部屋をきれいに掃除し始めた。








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