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プロローグ

内なる鬼

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鬼の血を引く一族。歴史には、それも英雄や英傑の類にはそのような出自の者がいる。
そしてどういった訳か、西洋にも似たような血筋はあるのかもしれないが・・・我が家もそうだった。

かつて伊吹山にて御殿を築き、暴虐の限りを尽くした鬼の棟梁。酒呑童子が兄弟分である茨木童子が祖であるという。一族の祖である茨木童子、その第一子はなんと鬼同士の純血であったとかなんとか。その後は人間との混血が続き、血も次第に薄まっていったとかなんとか言われている。
しかしながら混ざった人の血がもたらす業というのは侮れないもので我が一族には細々とその血を薄めまいと、もしくは継いだ血を濃くしようと様々な研究をしていたようだ。そのなかにある古いお祭り・・・というか村に伝わる儀式がある。

それが『呼び水の儀式』

呪文を唱える村の老人たちの輪の中心で目を閉じる。そしてその中心に座る子供の額に血を垂らす。そうする事で鬼としての本能を呼び起こし、血を濃くする。本当にできるかどうかなんて定かではないがそうしたお祭りが、風習として俺の一族のいる村では残っていた。今では村長の一族から代表を一人選んで行うらしいが昔は子供全員参加だったらしい。儀式に使われる血は昔は獣の血、人間の血を使っていたなんて恐ろしい話もあったらしいが今は赤いだけの液体を使っているのだという。

「あー、怠いな・・・どうして俺がこんな事に参加しなくちゃいけないのか」

俺は大江 伊吹、今年で16歳。運がいいのか悪いのか儀式の御子に選ばれてしまった。本来はもっと幼い子供のはずなんだけど・・・当代に限って適当な子が居らず、本家筋で歳が一番若い俺がやり玉に挙げられてしまったようだ。
過疎ってのはつらいね。

「よー、男女!儀式に呼ばれたんか!」

そして噂は田舎では簡単に広まる。俺を昔からからかっている奴らが俺をそう呼んだ。

「うるさいな、ほっといてくれよ」

喧嘩して負けたことはないがそれでも俺にはどうしても苦手なものがあって、奴らはそれを面白がってからかってくるのだ。

「血が苦手なのに御子がつとまるんかー」
「ホントやで、目をまわしちゃうんちゃうかー?」

そう、俺は血が苦手だった。どういうわけか血を見ると動悸がして、あっという間に意識をなくしてしまう。
まるでお酒に酔った?ような感覚だろうか。意識があっさりと途切れてしまうのだ。

「ッ!」
「怒った怒った!」

睨みつけるとさすがに腕力では敵わないと知っているのか彼らは散り散りに逃げていく。いつもこんな感じだ。
村の老人たちは俺を随分とかわいがってくれたが、それがやっかみにも繋がっていたのかもしれない。

「ああもう・・・、そろそろ行かないとな」

億劫だ。儀式には血ではなくとも赤い液体が使われるのだろう。そうなると目を回さずに済むか心配だ。

「おお、来たんか、伊吹」
「うん、呼ばれたからにはね」

心配は尽きないが俺は無心で儀式に集中する事にする。着物に着替え、普段よりも豪勢な食事をとって、後は離れで肩まで伸ばした髪を結って本番を待つ。




「おい、儀式の準備は済んだか?」

儀式の準備の最中、村の男性たちがあれこれと本番に向けて動いていた。

「うぅむ、今日のんは果物で作った汁やけど・・・伊吹ちゃんはだいじょうぶかねぇ」
「わからんわな、血がダメなんていうんは・・・まあ、最近の子やしな」
「そや、最近まで街におったんやから言うてもしょうがないやろ、この為だけに戻って来てくれたんやから我儘いうたらあかんで」

男性たちはそれぞれで言葉をいくつか交わすと今度は祭りの舞台を整えに移動していく。それを見届けた後に悪ガキ達がひょっこりと顔を出した。

「果物の汁か、そないなしょうもないもんやったんか」
「血を使っとるとか言うてたんは迷信やったんや」

悪ガキ達は指を突っ込んで恐る恐る舐めるなどしてみたがやっぱり果物、イチゴや赤い果汁の果物を煮て作ったジャムのようだった。甘味に慣れていない彼らはつまみ食いを試しつつ儀式の流れをあれこれと相談する。

「けど、果物で作っとる言うからには食べるんかな」
「そうなると・・・あの男女の為にあるんかこれ」

当然と言えば当然か、御子の為に用意されたものなのだから当然、このジャムは彼のものになる。そう考えると彼らは面白くなかった。

「都会から来たかなにか知らんけど他所モン同然のアイツばっかりなんでエコヒイキされとるんや」
「ほんまやな、けど・・・そう思うてな」

そう言うと悪ガキのリーダーがポケットから小瓶を取り出した。彼は猟師の家系で、動物の解体などにも参加した経験があり、それで得た度胸などで子供たちから一目を置かれる存在だった。

「その瓶の中身なんなん?」
「これか、蛇の血や」
「そういえばこないだ蛇を仕留めた言うとったな」
「しらんと舐めたあの男女がどんな顔するか見物やで」

悪ガキ達は互いに顔を見合わせて笑いながら瓶の中身を注ぎ入れ、かき混ぜてわからないようにするとそそくさと逃げていった。
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