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異世界は愉しい

降り立ってすることは?

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裂け目に迷いなく飛び込む。一体何が私を出迎えてくれるのだろう。緑豊かな自然は実家でも嫌と言うほど体験したが・・・。

「よっと・・・此処はどこかな」

鬱蒼とした森の中。破れた着物を纏い私は首をかしげる。後ろで微かに聞こえた見送りの声は消え、代わりに手に握られた巻物があった。

「一応の説明があるのか・・・」

れろれろと広げてみることに。こういう時にチュートリアルは大切だ。普段のゲームなんかではこう言ったものは飛ばしがちだがこれは実践であり、実戦だ。負ければ死ぬ。しくじっても、失敗しても。
ひとならぬ我が身を救う神など居るはずもなし。血がそう教えてくれる。

「なになに・・・『これより記されしものはいずれも外法、外道の扱う呪術なり。扱えるのは人外たる我らが子孫のみなれば何人たりとてこれを見るべからず』、ふむふむ・・・」

よく見ると巻物の表紙には呪術らしきものの呪文が大量に書かれてあり、見ることはおろか持っているだけで呪われそうな見た目をしている。人間の感性からすれば恐ろしい呪物かもしれないが、視点を変えて・・・というか鬼の目で見てみるとどうにもしっくりくるというか、親戚の寄せ書きのような親しみを感じるものだから不思議だ。

「人であり、鬼である、私はまだ・・・どちらにも慣れていないのかな」

その昔、人でありながら生きながらにして鬼に変化する者が居たという。恨みつらみ、呪物や呪術によるもの、様々な理由はあれどもそれは決して幸運とはいいがたいだろうか。

「えっと、まずは・・・口寄せ?『禁忌の章』・・・さっそくか、っていうかこんな感じの呪術しかないじゃん」

呪術、禁術の類ばかりだが・・・。どれも生き物を死に至らしめるものであったり、不幸を招いたりとダークなものばかりだ。霧を起こすとかそういうライトな呪術もあるけど。

「軽いものにすれば使い道はいくらでもあるかな・・・で、最後らへんがこれか」

呪術、というかまるでゲームのスキルかなにかのように身に備わった外法の類、その使い方が書いてあった。

「なになに・・・まず、『鬼一口』・・・生き物を丸呑みにする能力、サイズ無視で人間からなにまで自分以下の能力の生き物を喰らう力・・・」

鬼一口、文字通り鬼が一口で人間を喰らってしまう様子からついた言葉であるがこれは言葉の由来よりもさらにヤバイものだ。しかも喰らったら喰らっただけ力を取り込んでため込む事ができるという。

「次に・・・『化生転生』?呪術で取り込んだ生命を無理矢理自分のモノとして生まれ変わらせる術・・・」

呪術で、というからには鬼一口で取り込んだものという事だろうか。自分のモノとして生まれ変わらせる・・・とは一体何なんだろうか。そう思いつつ最期のページを見ると・・・。

「最後に『血沼叫喚魂喰』胃に直結する沼を召喚する最大の大技・・・対象を石に封じ込める『封石術』?これもすごそうだ」

どれもこれもやばそうなモノばかり、禁術というからには周到な準備や回数制限があるのだろうか。

「注意書きは・・っと」

大技に準備やリスクが伴うのは当然の事だろう。古今東西の魔術や呪術にはそれなりのリスクや知識が必要だ。
祈祷や供物、捧げものをし、霊脈などを探して祭壇を作る、依り代を作るなどなど。初心者が手を出していい物かどうか、そう考えるのは当然だろう。

「なになに・・・『人間が使うと負荷に耐え切れず死ぬ。鬼が使い過ぎると胃もたれするので一度に食べる量には注意』・・・?え、これだけ?」

まさしくのチート、これを使って異世界を生き抜けという事か。そしてこの世界に巣食う数多の英傑を己が力に変えよと。片端から人間や魔物を喰らい、世界を蹂躙することすら神も許すと。

「くふっ・・・ふふふふ、あははははははは!」

気が付けば私は狂ったように笑っていた。勇者でもなく、魔王でもなく、無差別に人すら喰らう魔性として私はこの世界に降り立ったわけだ。

「私が・・・鬼!悪の権化か!」

いつだったかに聞いた、ある高名な俳優の言葉がよぎった。演じるに当たって悪役と正義のヒーロー、どちらがいいですか?と。その問いかけにその俳優はこう答えたと思う。

『悪役がいいね、だって彼らは何をやってもいいんだ。笑顔で相手を撃ち殺しても、建物を吹っ飛ばしてもかまわないんだから。正義の味方に比べて表現の幅が広いよね』と。

それが、振ってわいた幸運として、私の元へと舞い込んだのだ。昂る!どうしようもなく!この体に流れる血のせいか、はたまた私は私が気づかぬうちに外道の素養を身に着けていたのか。

私は体と心の赴くままに得た知識の実践と欲望を満たす為に獲物を探すことにした。
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