転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ

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対処するっていったよね

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「対処する」ということばとは裏腹に、じわりじわりと噂話は広がっていった。

 こんなゴシップは退屈しのぎにちょうどいい。

 瞬く間に広がらなかったのは対処の結果なのだろうけど、その対処はむなしかったようだ。いつのまにか、王宮内の至るところで人々が額を集めるようにして、ひそひそ話をしていた。



 シャーロットお嬢さまはずいぶんと気を張ってはいるけれど、朝エバンス邸へ出勤すると目が赤くなっている。それがほぼ毎日。

 もうどうしよう。

 なんて言ったらいいのだろう。わたしのなぐさめなんて箸にも引っかからない。わたしはこぶしを握りしめるしかない。



「わたしはだいじょうぶよ。ちょっと不安になっただけ。ルークさまもルイーズさまも身に覚えがないのに、悪しざまに言われていらっしゃるのよ。わたしはだいじょうぶ」



 お嬢さまが「だいじょうぶ」と言うたびに、胸がズキズキする。

 ルーク殿下は、ヒマがあれば侯爵邸にたずねてくる。

「きみを裏切るようなことは断じてしていない」

「信じてほしい」

 もちろん、お嬢さまは信じている。わたしも信じている。

 それでもだよ。やっぱりそんな噂が耳に入れば心がざわつく。



 転生後のわたしは、婚約者の裏切りにだいぶ冷静になっていて傍観しているけれど、転生前のアメリアの心はほんとうにボロボロだった。

 その記憶はある。思い出すとかなりつらい。



 だから、王子はがんばれ。

 そのへんぬかるなよ。大事なところだからな!



「はあ」

 王宮へ向かう馬車の中でお嬢さまは小さくため息をついた。

「……ごめんなさい」

 思わずもれたため息に、これまた小さな声であやまる。

「いいんですよ。わたしの前では我慢なさらないでください」

 そう言えば、ほんのちょっとだけ笑う。

 もう抱きしめたい。

 王妃教育の日。王宮へ行けば好奇の目に晒される。

 お気の毒に。

 かわいそうに。

 それならばまだしも。



 みじめだ。

 みっともない。

 なさけない。

 結婚前から浮気されるなんて。



 うるさいだまれ。

 だいたい、なぜみんなこの噂を信じているのだ。こんなの嘘だ、というヤツはおらんのか。



 車寄せに着くと衛兵が十人も待っていた。お嬢さまは衛兵に囲まれて、教育係が待つ応接室へむかう。

 王妃さまのお気遣いだ。

 小柄なお嬢さまは、いかつい衛兵に囲まれると見えなくなってしまう。ある種、目隠しだ。

 わたしはその後ろをついていく。



 応接室に入ると、ルイーズさまがすでにすわっていた。

 いっしゅん微妙な空気が流れる。もちろん疑っているわけではない。でも心の中のもやもやが晴れるわけでもない。

 ルイーズさまにしたって、やましさはないのに、噂になっただけで引け目を感じてしまう。

 

「だいじょうぶでした?」

 そう言ったルイーズさまの目は赤く、ちょっと腫れている。

「はい、だいじょうぶです。ルイーズさまは?」

「ええ、だいじょうぶよ」



 もう、このふたりの「だいじょうぶ」はぜんぜんだいじょうぶじゃない。

 それなのに、わたしはなにもできなくて、手をこまねいているしかないのだ。

 なんて無力な小娘!



 きょうはジョージ・クラークに面会を申し込んである。

 お嬢さまが勉強中、ちょっと抜ける。外宮の廊下、人目はあるがむしろそのほうがいい。主が渦中の人である。その従者と侍女がふたりで会っていたとなったらさらなる燃料投下。大炎上まちがいなし。

 だから、あえて人目につくところで、偶然会ったふりをする。



「なんですか、この状況」

 ジョージ・クラークの顔を見るなり、わたしは食ってかかった。ちゃんと声は抑えている。

「いやあ、おじさんたちは真に受けていないんだけどねぇ」

 それはそうだろう。王宮の重鎮たちがこんな三流ゴシップなどに耳を貸すわけがない。



「どうもご令嬢たちのさえずりを抑えきれなくて……」

 それが夫人たちや使用人にまで波及しているわけか。

 舌打ちしたくなった。

「アナコンダめ」

 つい口からこぼれた。噂の出どころはカミラ一派だ。それはちゃんとルーク殿下にも伝えてもらっている。

 ただの嫌がらせにしては、ちょっとしつこい。

「アナコンダ?」

「あ、いえ。こちらの話です。なんとか収束できないのですか」



「してるよぉ」

 なさけないな! しっかりしろよ、将来の側近だろ。
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