転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ

文字の大きさ
16 / 49

再開の鐘は不穏な音

しおりを挟む

「シャーロット嬢、ご機嫌はいかがですか」

 そう声をかけてきたのは、ジェームズ殿下である。



 四人でのお茶会の翌々日。王妃教育が再開した日、お城からのお迎えの馬車に乗って、車寄せから衛兵に囲まれて移動中。

 この状況で、よく声をかけられたな。



 声をかけたのが殿下であるならば、衛兵たちは囲いを解く。



 ウィリアム、ルーク両殿下の腹違いの弟、ジェームズ殿下。十六才。母親はただひとりの側妃である。

 あんまり好きじゃない。

 卑屈なくせに傲慢。人を見下す。



 よくないよ、そういうの。誰に対しても敬意は必要。偉くなればなるほどね。

 偉そうにしたって、誰も認めてくれやしない。むしろ嫌われる。会社だってやたらと威張る上司は嫌われたもの。

 信頼できる人ほど腰が低いのだよ。



 権力の何たるかを理解できない子どもって厄介だ。「パパに言いつけてやる」とか言いそう。スネ夫か!

 兄弟三人同じ教育を受けたはずなのに、なぜこうも違ってしまったのか。



 いじけてひねくれるほど、兄ふたりと差別されていないって聞いていますけど。なんならルーク殿下がとくに気を配っていると聞いていますけれど。



「ありがとうございます。ジェームズ殿下もご機嫌麗しく」

 シャーロットお嬢さまは平然と答えるけれど、やはり彼があまり好きではない。口に出したりはしない。それでも、彼の前ではちょっとだけ口元がきゅっとなる。無駄に力が入るのだ。

 あまり好きじゃないんだなぁ、って思う。身近にいる者の勘だ。

 おくびにも出さないところはさすがである。



「きょうも王妃教育なんだろう?」

「はい」

「浮気相手といっしょにか。かわいそうにな」



 ……なんだって?

 お嬢さまはかたまってしまった。



「そんなのやめれば?」



 おいおいおい。マジかよ。



「……いいえ、ルーク殿下もルイーズさまも信用しておりますから」

 お嬢さまは精一杯胸をはる。

 えらいです。よくがんばりました。

 それを聞くと、ジェームズ殿下はなにを思ったかくすくすと笑い出した。嫌な笑い方だ。

「おれきのう見たよ。ルーク兄上とルイーズ嬢」

 やめろ、そのニヤニヤ顔。

「ふたりでさあ、執務室に入って行ったよ。仲よくね」

 嘘をつくな。この、クソガキが!

 なんのためにそんな噓をつくんだ。



 それでもお嬢さまは、平然とした顔でジェームズを見ている。動揺なんか悟らせない。

 衛兵たちも眉間にしわをよせている。ジェームズ、衛兵にも評判よろしくないな。

 さすがに、もうダメだ。我慢の限界を超えている。



「お嬢さま、王妃さまがお待ちです」

 声をかけた。

 嘘です。王妃さまがいらっしゃるのは授業が終わった後です。王妃さまごめんなさい。

 でもこうでも言わないと、この王子を撃退できないから。



 お嬢さまは「そうね」と返事をした。ちゃんと察してくれてよかった。

 ジェームズはチッと舌打ちをした。

「侍女のくせに生意気だな」

 ローズみたいなことを言う。いじめるやつの思考回路って同じなんだな。



 お嬢さまはジェームズにむかって言った。

「失礼いたします」

 それからつんっとあごを上に向けると、返事を聞かずに背を向けた。衛兵たちはすばやくフォーメーションを組みなおして歩き出した。



「あんな浮気者に義理立てすることないぜ」

 背中にジェームズの捨て台詞が投げつけられた。

 うるさいわ。ルーク殿下は浮気者じゃないし、あんたにそんなこと言われたくないわ。

 いったい、なんのつもりだ。



 お嬢さまの背中がぷるぷると震えている。おいたわしい。

 嘘だとわかっていても、こんなことばを投げつけられるのはつらい。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...