転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ

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子どもの気持

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 ブライス公は不遜に笑った。

「それにちゃあんと、証言するものだっているんですよ。さあメアリ、真実を語りなさい」

 呼ばれたメアリは、びくりと跳ねあがった。

 顔色は青白いを通り越して、もはや土気色だ。

 だいじょうぶかな。

 立っているのがやっとのようだけど。



「ほら! さっさと来なさい!」

 ブライス公が怒鳴る。無慈悲に目を細めるさまは、ますますヘビのようだ。「ひっ」と短い悲鳴をあげて、よろよろとメアリは歩き出す。



「ええい! さっさと歩かんか!」

 いらついたブライス公は、メアリの腕を強くつかんでひっぱった。

 あっ。

 メアリはよろけて転んでしまった。



 とうとうメアリは泣きだしてしまった。ここまでされたら、もうかわいそう。

「メ、メアリ」

 お嬢さまが小さな声で呼びかける。

「泣くんじゃない! ちゃんと話しなさい! 毒を仕込んだのはだれの命令だ!」



 けれどメアリははげしく首を振り、口を開こうとはしなかった。



「言え! 言うんだ!」

 ブライス公はメアリの髪の毛をつかんで引き起こした。



 そのとき。



 あああああああああああ。



 とつぜん悲鳴をあげたのはカミラだった。ブライス公に気をとられていたみんながぎょっとして飛び上がった。

「どうした、カミラ!」

 ブライス公はメアリから手を放し、カミラに駆け寄った。が、まるで聞こえていないように頭を抱えて叫び続ける。



 あああああああああああ。



「カミラ!」

 差し伸ばしたブライス公の手を、カミラは跳ねのけた。

「いやああああ!」

 自分の父親を見る目は、幽霊でも見たように怯え切っていた。



 ヤバい。ぶちぎれた……。



「わたくしの! なにが悪いの! どうしてわたくしは受け入れてもらえないの! みんな! みんな! わたくしを拒絶する!」

「カミラ。どうしたんだ。しっかりしなさい、カミラ」

 ぶちぎれたカミラに、ブライス公ははげしく戸惑っていた。



「いいえ! いいえ! わたくしは役立たずだから! 役に立たない人間だから! だから選ばれなかった! みんなわたくしを見捨てた!」



「カミラ、そんなことはない。そんなことはないんだよ、カミラ」

 ブライス公があわてている。この子、いままで逆らったことなかったんだろうな。よほどびっくりしたんだろう。



「だって、おとうさまが言ったのよ」



 その場にいる全員が、凍りついたように動けなかった。

 どんな育て方をしたのだ、このヤローは!

 ムカムカしてきた。



 余計な口出しはしないほうがいい。わかっているよ。

「あんたねぇ」

 でもね、口が勝手に動くんだよ―――!

「子どもをなんだと思っているの?」



「子どもの人格は! 子どもはあんたの手駒じゃないのよ。生きてるの。感情があるの。わかってる?」

 ブライス公は相変わらず冷酷な顔でわたしを見つめる。



 わかってないな、たぶん。なにをどれだけ言っても、こいつにはなにも伝わらない。

 たしかに元の世界とは倫理観も常識もちがうけれど、それでも感情は同じでしょ。

 子どもの気持を無視しちゃダメなのよ。親の都合を押し付けちゃダメなのよ!



「親にとってはくだらないことだって、子どもにとっては大事なことだったりするのよ。どれだけわがままだと思っても、一度は聞いてあげなくちゃ」

 いまだから、そう思う。あのとき、そうしていれば。と後になって思う。



「子どもにとっては、たったひとりの親なんだから。父親はあんただけなのよ。代わりはいないのよ。そのあんたが、子どものいうことに耳を傾けないで、ほかのだれが聞いてあげるの!」

 無駄だと思いながらもわたしの口は止まらない。

 だれかがこの子のいうことを聞いてあげないと。だれかひとりでも味方がいるんだと知らせないと。

 もう遅いかもしれないけれど。



 なんか涙出てきた。なにを熱血してるんだろうね。でも子どもがつらい思いをしているのは、こっちもつらいんだよ。



「おまえだって子どもじゃないか。なにをわかったような口をきいているんだ」

 ブライス公がわたしを睨んだ。まあ、そうですよね。あんたから見たら子どもだもん。

 でもね、前の世界のわたしは、あんたよりも年上だったんだよ。この若造が!



 はあ。わたしはため息をついた。

 やっぱり、こいつには伝わらない。残念だよ。



「アンジェラはどこに行ったの?」

 カミラが言った。どうした、急に。

「アンジェラをおうちに呼ぶの。そうして、お庭でお花の蜜を吸うのよ」



 カミラは子どものような無邪気な顔で笑っていた。仮面を脱ぎ捨てたように。

「……カミラ?」



「おとうさま。わたくしね、アンジェラとイチゴのプチフールをいただくの。約束したのよ」

 カミラはふふっと笑うと、スキップするようにブライス公に近づいた。

「ねえ、おとうさま。アンジェラが来るときはブドウのジュースを用意してもいい? アンジェラが好きなのよ」

 態度も話し方もほんとうに子どものようだ。



 ああー。あかちゃん返りってやつかな。とうとう壊れてしまった。だれか、壊れたこの子の面倒をみてくれるのかな。

 カミラも犠牲者なんだ。

 

 アンジェラがだれなのかはわからない。たぶんいっしょに、イチゴのプチフールを食べたり、ブドウのジュースを飲んだり、花の蜜を吸ったりした幼いころの友だちなんだろうな。

 そのころにもどってやり直さないと、この子は壊れたままだ。



「カミラ! バカなことを言うんじゃない! ちゃんとしろ。おまえは公爵家の娘なんだぞ!」



 しんと静まりかえった部屋の中に、ブライス公のヒステリックな喚き声がひびいた。

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