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ハミルトン伯1
しおりを挟むすこし、時はさかのぼる。
なんだか外が騒がしい。
そう思ったら、使いに出ていた下級官吏のイアン・バークレーが息せき切って飛びこんできた。
財務部の部屋である。ハミルトン伯は、先月の収支報告書のチェックをしていたところだった。
「なにごとだ?」
バークレーはよほど急いで走って来たのか、しばらくの間ぜいぜいと肩で息をしていた。
「た、た、た」
「落ち着け」
「たいへんです」
たいへんなのは理解した。
「お、お、王太子殿下が暗殺されました」
「はあっ!?」
ハミルトン伯はがたっとイスを倒して立ちあがった。ほかの官吏たちもいっせいに立ちあがった。
「まさか! いつ! どこで!」
「さ、さっきです。レディカーソンが持ちこんだお菓子に毒が仕込まれていたと」
レディカーソン。ルイーズ嬢が?
まさか、そんなはずはない。
「殿下のご容態は!」
「あ、暗殺されたとしか……」
「まさか、亡くなったのか?」
ハミルトン伯も官吏たちも呆然と立ち尽くした。
「そこまでは……。暗殺されたとしか……。ただルーク殿下も拘束されたようです」
ルーク殿下が……?
なんということだ。
この、イアン・バークレーという男、年は二十歳そこそこだが情報収集能力がすごい。
バークレー男爵家の三男で官吏としては下っ端なのだが、使いとしてあちこちに顔を出すせいか、いろんな情報を集めてくる。
一見無駄なようでも、それが経理の不正の発覚に繋がったことも一度や二度ではない。
財務部ではなくて諜報になったほうがいいのでは?
ハミルトン伯はそう思っている。
ルーク殿下までもが拘束されたとなると、あの噂が俄然真実味を帯びてくるのだ。
例の、ルーク殿下とルイーズ嬢に関する噂のことだ。
いや、そんなはずはない。
あの噂はガセネタだ。カミラ・ブライス公爵令嬢が広めているのだ、とアメリアが言っていたではないか。
そういえば、きょうはアメリアが来ているはずだ。シャーロット嬢とルイーズ嬢といっしょにいるはずだが、どうしただろう。まさかいっしょに拘束されてはいないよな。
心配になってきた。
「カーソン公はどうされている」
「執務室に軟禁されています」
なぜ、そこまで知っているのだ、イアン・バークレー。
「どうもブライス公が怪しいんですよね」
バークレーは声を潜めた。
「なに? ブライス公が?」
「ええ。そもそもあの噂の出どころはカミラ嬢でしょう?」
うん、たしかにそうだな。
「二階の応接室に、ブライス公とカミラ嬢、それにジェームズ殿下もいるんですよ」
ハミルトン伯はぎょっとした。
「ジェームズ殿下もか」
「はい」
「以前からブライス公はジェームズ殿下、それにイザベラ側妃に接触していたんですよね。グレイ伯が仲立ちをしているんですが」
そんなことまで知っているのか。ほんとうはこいつ、諜報なんじゃないのか?
「あっ、そういえば、シャーロット・エバンス嬢とアメリア嬢がグレイ伯に連れられて応接室に入っていきましたよ」
「なにい! 早くそれを言え!」
思いっきり巻き込まれているじゃないか。なぜ、シャーロット嬢とアメリアが巻き込まれるのだ。ルーク殿下の婚約者とはいえ、いまは被害者の立場のはず。
「エバンス侯はどこに?」
「そこまではわかりません」
なんだ、わからないこともあるのか。
なにが起きている。
ルーク殿下とルイーズ嬢が冤罪であるのはまちがいない。
どう動くべきだろう。
ハミルトン伯は考える。
「まずはカーソン公か」
「そうでしょうね」
えらそうだな、こいつ。
ひとまず、カーソン公に接触を試みるためにハミルトン伯は部屋を出ようとした。
「後を頼む」
「ヘンリー・パウエル卿がすでに動いていますよ」
後ろでバークレーが言った。
そうか。でも二手で動いた方がいいな。
ハミルトン伯は王宮内の喧騒の中、階段を駆けのぼった。
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