恋人以上の幼馴染と、特別な関係を築くまで

永戸望

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「この距離感は幼馴染ですか?」

幼馴染であるために

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 生きていくために必ず付きまとうものは何か。
 それは、対人関係だ。かの有名な心理学者も言っていた。「すべての悩みは対人関係にある」と。つまり、対人関係こそが人生の中心であり豊かにする秘訣だ。
 そして、他者との関係を示す言葉は沢山ある。他人、友人、家族、恋人、親戚、兄弟、姉妹など。
 そして、ひと際特別なものがあると思う。夫婦? 確かに特別だ。違うな。そう、それは幼馴染である。

 幼馴染。
 それは、昔から知り合いで仲が良いものにのみ与えられる名前。
 夫婦は婚姻届けを出せばいいし、なんなら出さないでも家族ということはできる。しかし、幼馴染は違う。
 別に書類的な取引はないし、だからって、高校生にもなってから知り合って幼馴染を名乗ることなんて許されないのだ。
 そう、そして俺に関しては、幼馴染と呼べる相手はただ一人、夏目紬《なつめつむぎ》。
 彼女とは幼馴染という切っても切れない特別な関係だ。いわゆる腐れ縁だ。だから、正直言わなくても大体理解し、適正な距離を取ってくれる。お互いが分かっているのでとても心地いい関係性だ。

 この、幼馴染という関係は、あの日から少し形を変えていたのかもしれない。
 2年ほど前。あれは、俺が紬の家に居候し始めた頃のことだった。
 俺は、リビングで紬にある紙を見せられていた。

「幼馴染関係確認書……?」

 俺はその紙の上を読み上げる。何だこの書類みたいなやつは。

「結人。ここにサインして」

 紬は本人署名と書かれた場所を指さしてペンを渡してくる。

「いや、まずこれが何か教えろ」

「仕方ないわね……これは、その名も幼馴染関係確認書。あたしたちの関係を明確に線引きするために作ったのよ」

 ほう、線引きか。

「幼馴染の定義ってなんだと思う?」

「知らん。そんなの気にしてない」

「じゃあ、ここを読んで」

 俺は指示通りその紙の上の方にある赤く囲まれた部分を読む。

「えっと。幼馴染の定義。幼い頃から親しくしている友人のこと。一般的には小学校低学年までに親しくしている特定の人物を指す」

「よくできました。その通り。つまり、あたしたちは幼馴染です」

 そうだな。というか、わざわざこんなもの読ませる必要ないだろ。

「だからなんだよ。この書類の意味を教えろ」

 紬は「せっかちね」と呆れるようにため息をつく。

「結人。これはね、あたしたちの関係性をしっかり定義するためのものなの。幼馴染。今までそういう言葉で濁してきたけど、しっかり関係性を整理したいの。これから、一緒に生活するし、線引きは必要でしょ?」

「なるほど。全然分からん」

「簡単に言うとね? 婚姻届ってあるじゃない。それみたいなものよ。この書類でしっかり幼馴染としての距離感を決めたいの」

 紬はその紙を持ちながら熱く語ってくる。……つまり、幼馴染としてルールを決めたいってことか。めんどくさいことやろうとしてるな。この家で居候するためのルールは既に決めただろ。仕事分担とか。

「それで、それに署名したらどうなるんだ?」

「あたしたちは晴れて正式な幼馴染に。そして、この紙にかかれた条件に従ってもらうことになるわ」

 元々幼馴染だろ。誰が正式に認定するんだよ。

 俺はいろいろ突っ込みたいことがあったが、それより先に条件というのを読む。

「一条。 私たちは幼馴染であり、それ以上でもそれ以下でもない。他人に説明するときは、必ず幼馴染と紹介しなければならない。
 二条。 幼馴染なため、相手に恋人が出来たとしても一切邪魔しないこと。
 三条。 お互い、悩みがあるときは打ち明けること。
 四条。 幼馴染としての距離感と発言をすること。
 五条。 勝手にいなくなったりしないこと。
 六条。 その他、この条件は日々更新されるので確認すること。
 以下の条件を破った場合、必ずジュースをおごること。それが嫌なら守ること」

 ……なんだこの条件は。なんというか、めんどくさい。普段通りなんだけど、守らなかったらジュースおごるとか意味わからん。なんだこれ。

「あたしもこの条件守るから安心して」

「いや。なにこれめんどくさい……」

「署名して」

「何故だ。というか、こんなのやって何の意味がある」

「あたしたちの関係を明確にするためって言ってるでしょ。最近、幼馴染としての距離じゃない気がするのよ。だから、しっかり線引きしたいの」

 紬はしゅんとしてしまう。確かに、家で一緒に住むのだ。しっかり関係性を確認したいのだろう。こいつが何故そこまで幼馴染にこだわるのか分からないが、距離感について思うところがあったのだろう。

 この契約。意外といいかもしれない。紬と幼馴染でそれ以外ないとお互い認識するための契約。これで距離感を正せば、こいつも男が寄ってくるかもしれないな。

「なるほど。意図は理解した。いいだろう、署名してやる」

「分かってるじゃない。話が早くて助かるわ」

 紬からペンを受け取り、署名欄を見る。お前、ハンコなどなどのスペースがあり、しっかりした作りになっていた。手書きだけど。

「石川結人っと……」

 俺はしっかり全てに目を通した後、署名する。隣の署名欄には、すでに紬の名前が入っている。俺は書類の形式を見てふと思う。

「なんか、婚姻届っぽい……」

「幼馴染としての発言ではないからジュース一本ね」

「条件厳しくないか!?」

 それだったらいつもの会話がすべて制限されてしまうぞ。

「冗談よ。でも、そういう発言。……控えてほしいかも」

「あー、分かったよ」

 紬はその紙で顔を隠し言ってくる。なんだその反応。

「それじゃあ、これで正式に幼馴染となりました。それにふさわしい行動を期待しています」

 紬は敬礼をしてすぐ自分の部屋に戻っていく。
 幼馴染関係の明確化ねぇ。同じ家で生活してる時点で、普通の幼馴染ではない気がするんだけどなぁ。
 

    ◆

 あたしは結人に署名してもらったらすぐ部屋に戻り金庫に紙をしまう。これで、あたしと結人は正式に、完全な幼馴染になった。元々そうだけど。
 結人がこの家にきてからというもの、結人の行動は目に余る。幼馴染の範疇を超えてしまっていた。そういう、勘違いする行動や言動を抑えるためにも署名は必要だった。
 だから、結人のためにもしっかり線引きしておかないと。


 あたしたちは、幼馴染なのだから。それ以上でもそれ以下でもない。


 こうやって、俺たちの関係性は明確に決定されたのだった。
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